ある夏の記録 | |
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Chronique d'un été | |
監督 |
ジャン・ルーシュ エドガール・モラン |
脚本 |
ジャン・ルーシュ エドガール・モラン |
製作 |
アナトール・ドーマン フィリップ・リフシッツ |
出演者 |
マルセリーヌ・ロリダン・イヴェンス マリルー・パロリーニ レジス・ドゥブレ ジャン・ルーシュ エドガール・モラン |
音楽 | ピエール・バルボー |
撮影 |
ロジェ・モリエール ラウール・クタール ジャン=ジャック・タルベ ミシェル・ブロー |
編集 |
ジャン・ラヴェル ネナ・バラティエ フランソワーズ・コラン |
公開 | 1961年10月20日 |
上映時間 | 85分 |
製作国 | フランス |
言語 | フランス語 |
『ある夏の記録』(仏語Chronique d'un été)は、1960年夏に撮影され、1961年に公開された、フランスの長篇ドキュメンタリー映画。
哲学者・社会学者であるエドガール・モランと、文化人類学者・映画作家であるジャン・ルーシュが共同監督し、撮影監督ミシェル・ブローとの共同作業でつくられた[1]。
本作は、カメラの正面で誠実に演じることができるかという、ルーシュとモランの議論で始まる。
パリの人々に、人生をなんとか生きていく方法について尋ねる。そして、実生活を生きる人々がその都度紹介され、彼らにフランス社会や労働者階級の幸福について議論をしてもらう。
映画の最後には、映画作家たちが、登場人物たちに集積された場面を見せて、本作がどこまで生々しく描写した映画作品かを、「シネマ・ヴェリテ」(真実の映画)と「シネマ・マンソンジュ」(嘘の映画)に分けて議論させる。
この長篇映画は、フランスのパリとサントロペで撮影された。本作は実験的で、かつ斬新構造をもった作品である。そのため、「シネマ・ヴェリテ cinéma vérité」の例としてあげられることも多い。
ほか、パリで出会った人々
Il faut le dire, tout ce que nous avons fait en France dans le domaine du cinéma-vérité vient de l'ONF (Canada). C'est Brault qui a apporté une technique nouvelle de tournage que nous ne connaissions pas et que nous copions tous depuis. D'ailleurs, vraiment, on a la "brauchite", ça, c'est sûr; même les gens qui considèrent que Brault est un emmerdeur ou qui étaient jaloux sont forcés de le reconnaître. シネマ・ヴェリテの領域で、かつてフランスでなされたことのすべてがカナダから来る、と言われねばならない。それが(ミシェル・)ブローであり、彼は、われわれが知らなかった、そしてそれ以来ずっとコピーしていた映画撮影の新技術をもたらした。事実、ほんとうに、広がりつつある「brauchitis」が存在することは確かだ。ブローは迷惑である、あるいは嫉妬深かったら、と考える人々がいたとしても、それを認識することを強制する力がある。[2] — ジャン・ルーシュ、『カイエ・デュ・シネマ』、No.144、1963年6月