アスィールッディーン・ムファッダル・ブン・ウマル・アブハリー (アラビア語 : أثير الدين مفضّل بن عمر الأبهري , ラテン文字転写 : Athīr al-Dīn Mufaḍḍal ibn ʿUmar al-Abharī [ 4] )
は、13世紀 のムスリム の哲学者 、数学者 、天文学者 である。2冊の有名な哲学書を含め、哲学 、天文学 、数学 の著作を著し、多くの優れた学者を教え、或いは交流を持ったことで知られる[ 5] [ 2] 。
アブハリーの生涯については、わかっていないことが多い[ 5] [ 6] 。出身は、ニスバが示すように、カズウィーン とザンジャーン の間にある小さな町アブハル (英語版 ) であろう考えられるが、モースル で生まれ育ったとする説を唱える者もいる[ 3] [ 1] [ 7] [ 2] 。学問遍歴についても詳しいことはわかっていないが、モースルでカマールッディーン・ブン・ユーヌス (アラビア語版 ) に師事し、モースルを拠点に活動していたことは確からしい[ 2] [ 1] [ 3] 。シリア の学者が解けなかった数学上の難問を、アイユーブ朝 のスルターン ・アル=カーミル がアブハリーに照会した記録があり、アル=カーミルの治世にはアブハリーがモースルで学者として名声を得ていたことがわかる[ 注 1] 。アブハリーは、学問のためにホラーサーン やバグダード 、アルビール などを旅したと考えられる[ 2] 。一説によれば、ビザンティウム やスィヴァス 、ハマー 、ダマスカス にも居たことがあるという[ 1] [ 2] [ 3] 。亡くなったのは、1262年から1265年までのどこかであると考えられ、最期となった場所も、イブン・ハッリカーン (英語版 ) の人名辞典によればモースルとされるが、アーザルバーイジャーン (恐らくはシャベスタル (英語版 ) )とする説もある[ 1] [ 2] 。
人物についてよくわかっていないながら、アブハリーがイスラーム世界の精神史 上において重要であるのは、その著作が強い影響を与えたことに加え、アブハリーの弟子や交流のあった人物に優れた学者が多くいたためでもある[ 2] 。アブハリーの弟子には、「論理学者」ナジュムッディーン・カーティビー 、伝記作者イブン・ハッリカーンなどがおり、アブハリーと議論を交わした学者には、博学者ナスィールッディーン・トゥースィー 、宇宙誌作者ザカリーヤー・カズウィーニー などがいる[ 3] [ 2] 。
アブハリーの『入門』の写本。
アブハリーはおよそ20冊の著作を残している。生前、数学者として知られ、天文学書の著者として名が通っており、いずれの分野でも複数の著作があるが、特に有名で後世に影響を与えたのは、2冊の哲学書による[ 8] [ 1] [ 5] 。
アブハリーの哲学書でまず重要なのは、哲学要綱『叡智への導き(Hidāyat al-ḥikma)』である。この要綱は、論理学 、自然哲学 、形而上学 の3部構成で、イスラーム哲学における後期逍遥学派 の代表的な書の一つとされ、14世紀から15世紀にかけ、ペルシア やインド で哲学の教科書として特に広く読まれたものである[ 1] [ 6] [ 5] [ 8] 。『叡智への導き』には数多くの注釈が書かれたが、フサイン・マユブディ (英語版 ) のものが有名である[ 5] [ 7] 。
もう一つ有名な哲学書は『入門(Īsāghūjī)』で、『アスィールッディーンの論考(al-Risāla al-Athīriyya)』とも題され、学問を始める者に向けて書かれた論理学の手引書である[ 5] [ 6] 。この書は、ポルフュリオス の『入門 』をアラビア語に翻案したものとされ、膨大な数の写本 や注釈、注釈の注釈が書かれた[ 7] [ 6] 。中でもよく知られているのが、シャムスッディーン・ファナーリー (英語版 ) やザカリーヤー・アンサーリー (英語版 ) による注釈である[ 7] 。1625年には、フランシスコ会 修道士 のトマス・オビキニ (英語版 ) によって初めてのラテン語 訳が出ローマ で版されている[ 6] 。また、アルジェリア の著述家 アブド・アッ=ラフマーン・アル=アフダリー (英語版 ) が、この『入門』を韻文 化した『美しき梯子(al-Sullam al-Murawnaq)』という作品を残している[ 9] [ 7] 。
天文学でアブハリーは、アストロラーベ についての論考や、先達のズィージュ(天文表) (英語版 ) への注釈、天文学の要約書などを著している[ 2] [ 7] 。その中でも知られているのは、Risāla fī al‐hayʾa (天文学についての論考)や Mukhtaṣar fī al‐hayʾa (天文学梗概)である[ 2] 。Risāla fī al‐hayʾa は、プトレマイオス の天文学の理論を要約したものである[ 10] 。Mukhtaṣar fī al‐hayʾa は、ジャービル・ブン・アフラフ などイスラーム世界 の天文学者達の成果を要約したものといわれ、豊富な図を用いている[ 2] 。
数学におけるアブハリーの著作の中には、ユークリッド原論 の「修正」に関するものがある。その中でアブハリーは、平行線公準 の証明に挑んでいるが、その証明は後代の学者から批判されている[ 2] 。
^ ちなみに、その問題はアブハリー自身にも解けず、師のカマールッディーンに教えを乞うて証明を組み立てたという[ 1] 。
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