『フォーカス・プレイズ・フォーカス』 『イン・アンド・アウト・オブ・フォーカス』 | ||||
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フォーカス の スタジオ・アルバム | ||||
リリース | ||||
録音 | ロンドン Sound Technique Studios[1] | |||
ジャンル | プログレッシブ・ロック | |||
時間 | ||||
レーベル |
インペリアル・レコード ポリドール・レコード サイアー・レコード | |||
プロデュース | Hubert Terheggen | |||
専門評論家によるレビュー | ||||
チャート最高順位 | ||||
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フォーカス アルバム 年表 | ||||
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『イン・アンド・アウト・オブ・フォーカス』(In and Out of Focus)は、オランダのプログレッシブ・ロック・バンド、フォーカスが1970年に発表した初のスタジオ・アルバム。オランダ初回盤LPは『フォーカス・プレイズ・フォーカス』というタイトルだったが[3]、1971年に発表されたインターナショナル盤は改題され[4]、現行のCDのタイトルもインターナショナル盤に準じている。
オランダで1970年9月に発表された初回盤LPの『フォーカス・プレイズ・フォーカス』は7曲入りで、メンバー4人の写真がジャケットの全面にわたり掲載された[3]。一方、1971年に発表されたインターナショナル盤『イン・アンド・アウト・オブ・フォーカス』は、同年1月にシングルで発表された「ハウス・オブ・ザ・キング」を含む8曲入りで曲順も『フォーカス・プレイズ・フォーカス』とは大幅に異なり、ジャケットも『フォーカス・プレイズ・フォーカス』とは異なったメンバーの写真や青と赤の水玉模様のデザインが存在した[5]。
「アノニマス」の冒頭にトランペット、ベース・ギター、スネアドラムで演奏されるのは、15世紀のブルゴーニュ領の楽曲'Dit Le Bourguignon'[注釈 1]である[6]。
幾つかの収録曲の共作者に記されているエリック・クルフェール(Eric Cleuver)は、メンバーのハンス・クルフェールの父親で、作詞を担当した[7]。
本作の制作中に録音されたが収録されなかったタイス・ファン・レール作の「創造主は語る」[8]は、1976年に発表された未発表音源集『シップ・オブ・メモリーズ-美の魔術-』に収録された。
1988年にEMIからCD化された際には、1971年のインターナショナル盤『イン・アンド・アウト・オブ・フォーカス』と同じ曲数・曲順となった[9]。
Richie Unterbergerはオールミュージックにおいて5点満点中3点を付け「彼らの後の作品と比べて、穏やかで抑制的でボーカルの比重が高い」「ヤン・アッカーマンの火花散るテクニックのファンは、彼の存在感が割と限定的であることに失望するかもしれない」と評している[10]。
フォーカスがアメリカでも注目を集めるようになった1973年には、アメリカの総合アルバム・チャートBillboard 200で最高104位を記録した[2]。
『フォーカス・プレイズ・フォーカス』が発表された後、1971年1月にシングルで発表された「ハウス・オブ・ザ・キング」は、同年にオランダのシングル・チャートで最高10位を記録するヒットとなった[11]。
1970年代にポリドール株式会社から『イン・アンド・アウト・オブ・フォーカス』として日本で発売されたLPには、『フォーカス・プレイズ・フォーカス』に収録された7曲がオランダ盤LPの曲順に従って収録され、それらに加えて「ハウス・オブ・ザ・キング」が「フォーカス [インストゥルメンタル] 」と「ホワイ・ドリーム」の間に挿入された。つまり、日本盤『イン・アンド・アウト・オブ・フォーカス』には上記の8曲が異なる曲順で収録されたことになる。