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U-21オランダ代表時代(2008年) | ||||||
名前 | ||||||
ラテン文字 | Evander SNO | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 |
オランダ スリナム | |||||
生年月日 | 1987年4月9日(37歳) | |||||
出身地 | ドルトレヒト | |||||
身長 | 188cm | |||||
体重 | 72kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | MF (DMF) | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
-2004 | DWS | |||||
2004-2005 | アヤックス | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2005-2006 | フェイエノールト | 0 | (0) | |||
2005-2006 | → NAC (loan) | 14 | (0) | |||
2006-2008 | セルティック | 30 | (1) | |||
2008-2011 | アヤックス | 19 | (4) | |||
2009-2010 | → ブリストル・C (loan) | 24 | (3) | |||
2011-2012 | RKC | 25 | (4) | |||
2012-2013 | NEC | 7 | (2) | |||
2013-2014 | RKC | 23 | (4) | |||
2014 | ウェステルロー | 2 | (0) | |||
2017 | RKC | 18 | (1) | |||
2017-2018 | DHSC | |||||
代表歴 | ||||||
2007 | オランダ U-21 | 15 | (3) | |||
2008 | オランダ U-23 | 2 | (0) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
エファンデル・スノ(Evander Sno, 1987年4月9日 - )は、オランダ・南ホラント州ドルトレヒト出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはMF(センターハーフ)。
名前のエファンデルは、元ボクシングヘビー級統一世界王者イベンダー・ホリフィールドに因んでいる。
アヤックス・アカデミーの出身だが、当時のユース責任者であったダニー・ブリントと反りが合わず退団。その後自らライバルチームであるフェイエノールトの門を叩き、入団を果たした。NACブレダ在籍時には、ゴールキーパーを除く殆どのポジションで起用されユーティリティの高さを覗かせている。
セルティックFC時代の監督であったゴードン・ストラカンによってセンターハーフとしてポジションを固定されると、才能が開花。スコットランドでの活躍によりマルコ・ファン・バステンに注目され、A代表にも招集された。
2008年夏、古巣アヤックス・アムステルダムと3年契約を結ぶ。2009年8月31日、イングランドのブリストル・シティFCにレンタル移籍した。当時リザーブチームでプレーしていた2010年9月の試合中に心臓停止を起こしている。以降、体内除細動器を使用している。
アヤックスとの契約が満了後、イタリアのジェノアCFCへ移籍する予定だったが、メディカルチェックで引っ掛かり破談となった。最終的にRKCヴァールヴァイクと1年契約で移籍。
RKCでの活躍もあり、ローダJCも獲得に興味を示していたが、2012年6月6日、NECナイメヘンと2年契約で移籍。同年9月29日のフェイエノールト戦で、体内除細動器が作動したことによる胸の異常を訴え、途中退場した。
2012-13シーズンよりNECナイメヘンと1年契約を交わしたがアレックス・パストール監督と対立し、2013年4月1日にクラブとの契約を解除した[1]。同年10月よりRKCヴァールヴァイクでプレー。2014年6月4日、ジュピラー・プロ・リーグに昇格したKVCウェステルローに延長オプション付きの1年契約で移籍したが[2]、同年末にクラブとの双方合意に基づき退団した。
2015年2月にADOデン・ハーグと交渉したものの正式契約には至らず[3]、以降はフリーの状態が続いた。2016年12月12日、翌年よりRKCに1年半の契約で復帰することが発表された[4]。
2017-18シーズンより、エールステ・クラッセのDHSCユトレヒトへ移籍した[5]。ここではRKC時代のチームメイトであったロドニー・スナイデルと再会した。
2018年に現役引退を表明した[6]。