カール・アントン・リッケンバッハー | |
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生誕 | 1940年5月20日 |
出身地 | スイス、バーゼル |
死没 | 2014年5月20日(74歳没) |
学歴 | ベルリン音楽院 |
ジャンル | クラシック音楽 |
職業 | 指揮者 |
カール・アントン・リッケンバッハー(Karl Anton Rickenbacher, 1940年5月20日[1] - 2014年2月28日[2])[3]は、スイス出身の指揮者。「カール・アントン・リッケンバッヒャー」と表記されることもある。[4]
1940年バーゼル生まれ。ベルリン音楽院でヘルベルト・アーレンドルフに師事し、ヘルベルト・フォン・カラヤンやピエール・ブーレーズのマスタークラスにも参加した。
1966年からチューリッヒ歌劇場の補助指揮者としてキャリアを始め、1969年からフライブルクのベーメン歌劇場の第一カペルマイスターとして転任した。1976年にはヴェストファーレン交響楽団の音楽監督に転出して1985年までその任にあった。1978年から1980年までBBCスコティッシュ交響楽団の首席指揮者を務め、1987年にはベルギーのBRTフィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者に任命されている。その後はフリーで活躍した。珍しいドイツ物のレパートリーを掘り起こすことに定評がある。
モントルーにてグスタフ・マーラーの《葬列》の研究中に心臓発作を起こして急逝した[5]。