サルメンエビネ | |||||||||||||||||||||
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サルメンエビネ Calanthe tricarinata
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分類(APG IV) | |||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||
Calanthe tricarinata Lindl. 1832[1][2] | |||||||||||||||||||||
シノニム | |||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||
サルメンエビネ | |||||||||||||||||||||
変種 | |||||||||||||||||||||
サルメンエビネ(猿面海老根、学名:Calanthe tricarinata Lindl. 1832[1])は、ラン科エビネ属の多年草。和名の「サルメン」は唇弁が赤みを帯びてしわが寄っているのをサルの顔に見立てたことに由来し[1][3]、「エビネ」は同属のエビネが偽球茎の形をエビの背中に見立てたことに由来する[4]。種小名のtricarinataは、「3背稜がある」を意味する[1][5]。
カシミール、ネパール(標高2,285-2,900 m)、インドのシッキム州、ブータン、中国西南部(標高1,000-3,500 m)、台湾(標高1,700-2,500 m)、日本に分布する[3][6]。
日本では北海道、本州(標高300-1,300 mに分布する[6]。千葉県[7]、愛知県[8]、大阪府[9]には自生していない。)、四国、九州まで広く分布し[10]、ブナ林などの深山の落葉樹林下に生育する[3][11]。田中澄江による『花の百名山』で、大千軒岳を代表する花の一つとして紹介されている[12]。
葉は2-4枚で、長さ15-25 cm、幅 6-8cmの倒披針形[3][11]。葉の裏面には、1 mm2あたり約14本の毛が生える[13]。球茎は長さ1.5-2.5 cm、直径1.5-2.5 cmの卵状球形で10数年の寿命[1]。根は直径0.2-0.3cm[1]、2月に長さ約7.5 cm、幅約2 cmの冬芽を形成する[14]。新芽が展開後花茎は、直径約0.5 cmで高さ30-50 cmまで成長する。
4-6月に上部に7-15個[3]の花を交互にまばらにつける[11]。花茎は直立し、1-2個の苞葉がある[1]。花は下から順に咲き、ほぼ横向きに平開する。黄緑色の3枚の幅が広い萼片と2個の側花弁がある[11]。赤褐色の唇弁は3裂し、垂れ下がる。その左右にある側裂片は小さく、下部の中裂片にはしわがありサルの顔に見立てられている。蕊柱は薄黄緑色で、長さ0.5-0.6 cm、幅0.4 cm[1]。距はない[15]。花粉塊は黄緑色で8個、長さ約0.3 cm[1]で、ハチにより持ち去られ他のエビネ類より早く受粉を行うことが多い[16]。花後に黒い蒴果ができる。
1900年代にエビネ属の染色体の研究が行われ、系統進化の分類がなされている[17]。
本種の染色体数は、2n=40、60[18]。2n=40個の中期染色体は漸変的に小さくなり、長さは2.6-5.2 μm[18]。染色体の対称性が高く、ナツエビネ群に最も近い種でこの群から進化したものと考えられている[19]。
本種は染色体の核型などにより、エビネ属Calanthe亜属のCalanthe節に分類されている[20]。
唇弁は分布域によって差異が見られ、以下の変種に分類される[6]。
日本では環境省により、レッドリストの絶滅危惧II類(VU)の指定を受けている[24][注釈 2][25]。
絶滅危惧II類 (VU)(環境省レッドリスト)
また以下の都道府県で、レッドリストの指定を受けている[26]。中部山岳国立公園[27]、阿蘇くじゅう国立公園[28]、氷ノ山後山那岐山国定公園[29]、耶馬日田英彦山国定公園[30]などの指定植物であり、採集は禁止されている。開発と植林地化による自然林の減少[注釈 3]、森林の管理放棄[28][31][32]、業者やマニアによる園芸目的の採集・盗掘[注釈 4]、1970年代後半のエビネブームに伴う乱獲[30][33]などにより、個体数は減少している[25][34][35]。既に絶滅して生育していないと見られている都府県もある。保護を行うためには、ブナ林などの生育環境の保全、自生地が特定できる情報を公開しない盗掘防止対策などが必要である[32][36]。
サルメンエビネは春咲きのエビネ類のなかでは最も大型の種であるが、東京都、大阪府などの市街地での栽培は困難で、東北地方北部などのより寒冷な地方が栽培に向いている[50]。風通しのよい、涼しい場所での管理が適する[51]。 日本全国で山野草として販売流通するが、関東以南の平低地では長期育成は困難で、ほぼ消耗品扱いとなる。
なお、市場価格が安いため、原種そのままの営利生産はほとんどおこなわれていない。流通個体は野生採集品、あるいは寒冷地において植栽下で増殖した個体で、無菌播種などによる種苗生産量はゼロに近い。
一方で、サルメンエビネを元親にした様々な種間交雑種は、生産量こそ多くないが園芸用として継続した種苗生産がおこなわれている。交雑種は耐暑性を有する場合が多く、花型や花色も交配世代が重なるごとに改良が進められ、市場価値が高くなってきている。したがって育種販売業が営利的に成立するためである。 人工交雑種の主なものを以下に示す[52][53]。
現在ではさらに複雑に交配が進んでおり、形状からサルメンエビネの関与が推定されても、交配記録がなく正確な起源のわからない個体のほうが多くなっている。
なお、日本産の春咲きエビネ類のうちジエビネ、キエビネ、キリシマエビネ、ニオイエビネはどの組合せでも交雑種に稔性があり、自生地でも相互に複雑な浸透交雑が認められる。しかしサルメンエビネとの交雑個体では稔性が低くなり、自然状態では交雑2世代目以降と推測される個体はほとんど見つかっていない。