ドデカヘドラン
識別情報
CAS登録番号
4493-23-6
PubChem
123218
ChemSpider
109833
ChEBI
C12C3C4C5C1C6C7C2C8C3C9C4C1C5C6C2C7C8C9C12
C31C%10C2C5C%11C6C8C(C1C9C4C7C(C2C34)C5C6C7C89)C%10%11
InChI=1S/C20H20/c1-2-5-7-3(1)9-10-4(1)8-6(2)12-11(5)17-13(7)15(9)19-16(10)14(8)18(12)20(17)19/h1-20H
Key: OOHPORRAEMMMCX-UHFFFAOYSA-N
InChI=1/C20H20/c1-2-5-7-3(1)9-10-4(1)8-6(2)12-11(5)17-13(7)15(9)19-16(10)14(8)18(12)20(17)19/h1-20H
Key: OOHPORRAEMMMCX-UHFFFAOYAM
特性
化学式
C20 H20
モル質量
260.37 g mol−1
外観
固体
密度
1434 g/cm3 [ 1]
融点
430 °C [ 1]
関連する物質
関連する炭化水素
キュバン テトラヘドラン (英語版 ) パゴダン (ドデカヘドランの異性体)プリズマン
特記なき場合、データは常温 (25 °C )・常圧 (100 kPa) におけるものである。
ドデカヘドラン (dodecahedrane、化学式 : C20 H20 )は、有機化合物 の1つで、1982年にオハイオ州立大学 のレオ・パケット (英語版 ) により、主に「十二面体 の対称性を審美的に探求した」結果として初めて合成された[ 2] [ 3] 。
この分子 では[ 4] 、各頂点が炭素 原子でそれぞれ3つの隣接する炭素原子と結合している。各正五角形 の角 108° は、理想的なsp3 混成軌道 の成す角 109.5° と近い。各炭素原子は水素 原子にも結合している。この分子はフラーレン とおなじIh 対称性 をもち、そのことは1 H -NMR ですべての水素原子が 3.38 ppm の化学シフト のみを示すことからもわかる。ドデカヘドランはキュバン やテトラヘドラン (英語版 ) などと同様にプラトン立体炭化水素 (英語版 ) の1つで、自然界には存在しない。
30年余りにわたって、いくつかの研究グループが活発にドデカヘドランの全合成 を追求した。1978年 に発表されたレビュー論文にはその時点で存在したいくつかの戦略について述べられている[ 5] 。最初の試みは1964年にウッドワード により、ドデカヘドランに単純に二量体化できると考えられていたトリキナセン 合成から始まった。初めてドデカヘドランを合成したのはパケットのグループだが、プリンツバッハ (英語版 ) のグループによりパゴダンを経由するより汎用的な合成経路(後述)が発見された。イートン やシュレーヤー (英語版 ) らなどの他のグループも競合していたが、頂点を極めたのはパケットとプリンツバッハのチームであった。
パケット (英語版 ) のグループは1981年 に1,16-ジメチルドデカヘドランの合成に成功し[ 6] 、翌1982年にシクロペンタジエン 2分子(10炭素原子)、 アセチレンジカルボン酸ジメチル (4炭素原子)、アリルトリメチルシラン 2分子(6炭素原子)を出発物質とする29段階の有機合成 により無置換のドデカヘドランを合成した。
合成の第一歩として[ 7] 、シクロペンタジエン 2分子1 をナトリウム (シクロペンタジエニル錯体 を形成する)とヨウ素 存在下でカップリング させ、ジヒドロフルバレン (英語版 ) 2 を得る。次にタンデム (英語版 ) ディールス・アルダー反応 によりアセチレンジカルボン酸ジメチル 3 ペンタジエン・アセチレン・ペンタジエンの順に反応させ、対称な付加体4 を得る。この反応時には等量のペンタジエン・ペンタジエン・アセチレンの順に反応した非対称な化合物 (4b ) も生じるのでこれを除去する。
ドデカヘドラン合成その1
ドデカヘドラン合成その2
次にヨードラクトン化反応 (英語版 ) により、ヨード基を一時的に導入するとともに二酸ジメチル4 をジラクトン 5 に転換する[ 8] 。その次に、ラクトン環のエステル 結合をメタノール により切断し、ハロヒドリン (英語版 ) 6 を得る。アルコール 部をジョーンズ酸化 によりケトン 化し7 が得られ、ヨード基を銅亜鉛偶 により還元し8 を得る。
ドデカヘドラン合成その3
ドデカヘドラン合成その4
最後の6つの炭素を、アリルトリメチルシラン 9 とn -ブチルリチウム から生じるカルバニオン 10 をケトン基に求核付加反応させることにより導入する。次に、ビニルシラン (英語版 ) 11 を酢酸 中の過酢酸 とラジカル置換 させてジラクトン12 を得て、五酸化二リン により分子内 フリーデル・クラフツ反応 でジケトン13 にする。この分子は必要な20の炭素原子を全て持っており、残り5つの炭素-炭素結合 の生成に有利な対称性を持っている。
化合物13 の二重結合 をパラジウム炭素 による水素化により還元し14 を得、ケト基を水素化ホウ素ナトリウム によりアルコール化して15 を得る。このとき生じたヒドロキシ基を、ジラクトン化16 したのち、塩化トシル を用いて求核置換反応 により塩素 に置換して17 を得る。最初のC-C結合生成反応はバーチ還元 の一種(リチウム 、アンモニア )で、生成物は即座にクロロメチルフェニルエーテル (英語版 ) に捕獲される[ 3] 。化合物17 の残りの塩素原子は単純に還元される。このように一時的に置換基を追加することで後のステップでエノール化 が起こることを防ぐ。新たに形成されたケト基 は、光化学 的ノリッシュ反応 によるさらなるC-C結合生成反応を受け19 となり、生じたヒドロキシ基はTsOH によって脱離 しアルケン 20 を得る。
ドデカヘドラン合成その5
ドデカヘドラン合成その6
二重結合をヒドラジン と水素化ジイソブチルアルミニウム により還元し21 、クロロクロム酸ピリジニウム で酸化してアルデヒド 22 を得る。2度目のノリッシュ反応によりもう1つのC-C結合を形成し、アルコール23 を得たのち、フェノキシ末端を次のような段階を踏んで取り除く。まず、バーチ還元 によりジオール24 を得たのち、クロロクロム酸ピリジニウムを用いた酸化によりケトアルデヒド25 を得る。さらに逆クライゼン縮合 によりケトン26 を得る。3回目のノリッシュ反応によりアルコール27 が得られ、2回目の脱水反応 により28 、さらに還元して29 を得る。この時点で、官能基 以外の合成は終了である。残りのC-C結合は、 250 °C 圧縮水素雰囲気およびパラジウム炭素 触媒下脱水素反応で生成し、ドデカヘドラン30 を得る。
1987年 、プリンツバッハ (英語版 ) らによりパゴダン 異性体を経由する新たな合成経路が発見された[ 9] [ 10] 。パゴダンは、イソドリン (英語版 ) を始物質として [6+6]光環化付加反応 などにより得ることができ、シュリーヤーのアダマンタン 合成と似たアプローチでドデカヘドランに異性化する候補物質として適していると考えられた。プリンツバッハらとシュリーヤーらの共同研究により、最高で8%の収率が達成された。後の10年でプリンツバッハらはパゴダン経由の合成経路について最適化を重ね、数グラム程度の合成に成功しただけでなく、選択的な置換と不飽和化合物 を達成した。パゴダンとドデカヘドランおよびその置換体の研究の中でも、σ-ビスホモ共役系 の発見[ 11] と多臭化ドデカヘドランからのフラーレンC20の合成[ 12] は特筆に値する。パゴダン経路の最適化など、プリンツバッハらの貢献の総まとめは2006年のC20クラスターに関する論文[ 13] に見ることができる。最適化されたドデカヘドラン合成経路においては、収率の低いパゴダンからドデカヘドランへの異性化は段数が多いものの収率の高い別の経路に置き換えられているが、パゴダン誘導体に強く依存していることは変わらない。下図を参照のこと。
母構造の特性を変化させることを狙い、また化学的構造およびダイナミクスに関する仮説を検証するため、小分子ケージ内に原子を包含する試みが行なわれている[要出典 ] 。ドデカヘドランでヘリウム イオン (He+ ) を包むことには、C20 H20 にヘリウムイオンビームを照射することで成功している。クロス、サンダース、プリンツバッハはマイクログラム 単位の極めて安定な "He@C20 H20 " (ヘリウム原子がドデカヘドラン分子内に捕捉されていることを示す記法)を得ることに成功している[ 14] 。この成果は、世界で最も小さなヘリウム風船 として言及されることがある[ 15] 。
様々なドデカヘドラン誘導体が合成され、論文に発表されている。20個の水素全てをフッ素 で置換して得られる比較的不安定なペルフルオロドデカヘドラン C20 F20 はWahlらによって2006年にミリグラム単位で合成された[ 16] 。C20 H20 を加圧した液体塩素 に溶かし、 140 °C にて強力な光を5日間あてることにより様々な部分塩化物に混じって痕跡量のペルクロロドデカヘドランC20 Cl20 が得られる。ハロゲン が重くなるにつれて、大きさが大きくなるために完全置換は難しくなる。半分以上の水素原子をヒドロキシ基 で置換したポリオール を得ることはできているが、2006年現在においては全置換体C20 (OH)20 は得られていない[ 16] 。また、フラーレンC20 およびその置換体を触媒を用いた無溶媒1,3-双極子 環化付加反応[ 17] [ 18] およびディールス・アルダー反応 [ 19] [ 20] により合成する可能性についての理論的研究が行われている。
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