バキュリテス / バクリテス (学名 :Baculites )は、バキュリテス科 (英語版 ) に属する異常巻きアンモナイト の属。約1億4020万年前から約6170万年前(中生代 白亜紀 初期(前期白亜紀 初期)ベリアシアン から新生代 古第三紀 暁新世 初頭ダニアン )にかけ、世界中の海域に棲息していた。
属名 "Baculites (ラテン語 音写 :バクリーテース 、長音 省略 :バクリテス )" は、ラテン語で[ baculītēs < bacul- + -ites (-ītēの複数 形を元にした固有名詞 作成用接尾辞 であり、様々な学術分野で様々な語意を持つトランスリンガルになっている。ここでは鉱物 系。)< baculum (バクルム、=walking stick , stasff 、ステッキ 、歩行用の杖 )[ 9] + -ītē (固有名詞作成用接尾辞)]という語構成になっており[ 5] 、ここでは、"walking stick rock[ 5] "「杖状石」などといった意味合いで造語 されている。日本ではバクルムを「棒 」と翻訳して本属の学名を「棒状の石」を解説する例[ 10] も多いが、上述したようにバクルムは主として歩行を補助するための杖(松葉杖 を含む)を指し、そこから転じて権威の象徴としての杖などをも指す。
なお、珪藻 の1種(キートケロス属 の1種)Chaetoceros baculites には種小名 "baculites" が使われている[ 11] [ 12] 。
化石 の産出数は、2022年時点で899件。国家・地域別では次のとおり。アメリカ合衆国 (474件)、カナダ (43件)、フランス (38件)、日本 (27件)、スウェーデン (20件)、南アフリカ共和国 (16件)、チリ (14件)、南極大陸 (11件)、ドイツ (11件)、ヨルダン (11件)、ニュージーランド (10件)、オランダ (8件)、アンゴラ (7件)、デンマーク (7件)、ベルギー (7件)、グリーンランド (6件)、メキシコ (6件)、スペイン (4件)。そのほか、アルゼンチン 、オーストリア 、エジプト 、モザンビーク 、ナイジェリア 、以上5か国が各3件、オーストラリア 、ハイチ 、ロシア 、タジキスタン 、トルコ 、イギリス 、ウズベキスタン 、以上7か国が各2件、ブラジル 、カメルーン 、インド 、ルーマニア 、チュニジア 、トルクメニスタン 、ベネズエラ 、以上7か国が各1件。
重複情報(未処理分):日本やアメリカ合衆国、南アフリカ共和国など世界中から化石が産出している[ 14] [ 15] 。
全長は10 - 20センチメートル [ 10] 。殻の形状ゆえに異常巻きアンモナイトにカテゴライズされるが、むしろ殻は巻いておらず、一直線の棒状に伸びているという大きな特徴がある[ 15] 。この殻の進化の過程には2つの仮説が提唱されており、そのうちの1つはエゾセラス のようなノストセラス科 の円錐形の巻きが解けてまっすぐになった説、もう1つはスカラリテス のようなディプロモセラス科 の平面的な螺旋の巻きが解けてまっすぐになった説である[ 16] 。なお、その殻の形状ゆえに破損しやすく、完全な状態で産出することは多くない[ 15] 。
棒状の形状ゆえに水の抵抗を受けにくく、他のアンモナイトと比較して高速遊泳が可能であったと推測されている。殻には他のアンモナイトと同様に気室があり、浮力を得ていたため、通常時は殻を斜めにして遊泳していたと考えられている[ 10] 。
旧分類における B. grandis /ユタ州 リーハイ にある北アメリカ古生物博物館 (cf. ) 収蔵。
B. ovatus のホロタイプ (英語版 ) 標本
バキュリテス属は数多くの種が記載 されている。日本や南アフリカ共和国からの報告によると、コニアシアン から後期カンパニアン にかけて徐々に殻の表面修飾が過大形成進化を遂げていた傾向が読み取れる[ 15] 。以下に主な種を示す。
B. gaudini
北海道・樺太中部軸白亜系で産出。同地域に適用するものとして1942年に松本達郎 が提唱した時代区分である宮古世(国際年代層序においては前期白亜紀 のアプチアン およびアルビアン )の後期に出現し、ギリヤーク世(後期白亜紀 のセノマニアン とチューロニアン )の途中で姿を消す[ 17] 。
なお、2008年にW・J・ケネディは本種をレチテス属(レキテス属)のタイプ 種 Lechites (Lechites) gaudini として再分類した[ 18] 。
B. ovatus
アメリカ合衆国で記載された最初の種。1820年にトーマス・セイ が[ 19] ニュージャージー州 のアトランティック・ハイランズ (英語版 ) に分布するネイヴシンク累層 (英語版 ) から産出した単一の標本に基づいて記載した。この標本は後にサミュエル・ジョージ・モートン が描画し、1828年にエッチング を発表した[ 20] 。標本の所有者であったキリスト友会 の科学者ルーベン・ヘインズ3世 (英語版 ) が1831年に死没した後にこの標本は紛失されてしまったが、約180年後の2017年にヘインズの自宅 (英語版 ) で再発見された[ 21] 。
B. pacificus
後期カンパニアン を示す。北海道では後述するB. rex 帯やB. subanceps 帯の下に化石帯をなしている[ 22] 。
B. regina
前期マーストリヒチアン を示す。大阪府 で確認されていたゴードリセラス・イズミエンゼ 帯に属しており、2015年から2016年の発掘調査で伊豆倉正隆が宗谷丘陵 に分布する蝦夷層群恵丹白累層 で B. regina を発見したことから、大阪府から北海道までゴードリセラス・イズミエンゼに代表される化石群集が分布していたことが明らかになった[ 23] [ 24] 。
B. rex
後期カンパニアン を示す。北海道里平地域で後述するB. subanceps 帯の直上に化石帯をなしていることが2019年に確かめられた[ 22] 。
B. schencki
コニアシアン を示す。北海道夕張市鳩の巣山に分布する上部蝦夷層群U1部層の転石などから報告されている[ 25] 。
B. subanceps
後期カンパニアン を示し、本種の名を冠した化石帯もある[ 22] [ 26] 。道外では香川県 の上部白亜系和泉層群 の中通頁岩層から産出しており[ 27] 、道内では浦河町 で2016年に初めて確認された[ 28] 。
B. tanakae
カンパニアン を示す。上部蝦夷層群の最上位層準であるUk部層から多産する。世界で初めて分類学的研究として初期殻が観察されたバキュリテスの種であり、成長初期から後期までほぼ一定の速度で成長し、成長に伴って殻修飾が変化していたことが判明している。また、他の種と比較して殻の修飾大型化を遂げている[ 15] 。
日本古生物学会 は徳島県立博物館 に所蔵されている北海道苫前町 産の標本KT2028b-PのCTデータをオンライン上で無料公開しており、同学会は他にも多くのアンモナイトのCTデータを扱っているが、バキュリテス科ではこの標本のみが公開されている[ 29] 。
B. undulatus
後期チューロニアン を示す。北海道夕張市 の士幌加別川で採集され、1983年に報告された上部チューロニアン階の中部化石群集の93%を占めるなど、日本で多産する種である[ 30] 。
B. vertebralis
約7060万年前 - 約6604.3万年前。マーストリヒチアン を示す。タイプ 種 。バキュリテス属の最後の種の一つと考えられてきた[ 31] 。
B.yezoensis
北海道宗谷地域のSphenoceramus schmidti 帯(中部カンパニアン )から産出。B. chicoensis の亜種とされていたが、2019年に有効な属として独立した[ 32] 。
B. yokoyamai
コニアシアン を示す。B.schencki と共産する[ 25] 。
注釈のない限り、化石 のデータベースである Fossilworks に基づく[ 33] 。現在の掲載内容は2021年1月時点の知見による。
Baculites ambatryensis
Baculites anceps
Baculites aquilaensis
Baculites asper
Baculites asperiformis
Baculites baculus
Baculites bailyi
Baculites boulei
Baculites brevicosta
Baculites buttensis
Baculites capensis
Baculites chicoensis
Baculites cobbani
Baculites codyensis
Baculites compressus
Baculites crickmayi
Baculites fairbanksi
Baculites fuchsi
Baculites haresi
Baculites huenickeni
Baculites incurvatus
Baculites inornatus
Baculites klingeri
Baculites knorrianus
Baculites lechitides
Baculites leopoliensis
Baculites lomaensis
Baculites mclearni
Baculites minerensis
Baculites obtusus
Baculites occidentalis
Baculites ovatus
Baculites pacificus [ 22]
Baculites pseudovatus
Baculites rectus
Baculites rex [ 22]
Baculites subanceps
Baculites subcircularis
Baculites tanakai
Baculites taylorensis
Baculites undatus
Baculites undulatus
Baculites vaalsensis
Baculites vertebralis
Baculites yezoensis [ 32]
Baculites yokoyamai
^ Lamarck, J. P. B. A. de M. de (1801): Systeme des Animaux sans vertebres . The author; Deterville, Paris, vii + 432 pp.
^ Meek, F. B. (1876): A report on the invertebrate Cretaceous and Tertiary fossils of the upper Missouri country. In Hayden,F. V. Report of the United States Geological Survey of the Territories , 9, lxiv + 629 pp., 45 pis
^ a b c “baculite ” (英語). Collins Dictionary . Terms & Conditions. 2022年10月20日 閲覧。
^ “baculite ” (英語). Dictionary.com . Dictionary.com, LLC. 2022年10月20日 閲覧。
^ “baculum ” (英語). WordSense . 2022年10月20日 閲覧。
^ a b c “生命の歴史 中生代白亜紀(2) ”. 広島空港 . 広島空港ビルディング株式会社 . 2021年1月22日 閲覧。
^ “Chaetoceros baculites Meunier ” (英語). ITIS . 2022年10月20日 閲覧。
^ “Chaetoceros baculites Meunier, 1910 ” (英語). World Register of Marine Species (WoRMS) . 2022年10月20日 閲覧。
^ “黄鉄鉱化したバキュリテス ”. 北九州市立いのちのたび博物館 . 2021年1月22日 閲覧。
^ a b c d e 辻野泰之「北海道上部白亜系から産出した異常巻アンモナイト・Baculites tanakaeの個体成長と種内変異(23. 中・古生代古生物,口頭発表,一般発表) 」『日本地質学会学術大会講演要旨』、日本地質学会 、2001年、doi :10.14863/geosocabst.2001.0_132_1 。
^ 棚部一成; 小畠郁生; 二上政夫 (1981). “後期白亜紀異常巻アンモナイト類の初期殻形態” . 日本古生物学會報告・紀事 新編 (日本地質学会 ) 1981 (124): 215-234. doi :10.14825/prpsj1951.1981.124_215 . https://doi.org/10.14825/prpsj1951.1981.124_215 .
^ 松本達郎「北海道・樺太中軸部白運堊系の層序學的分類に就いて : 日本白運堊系の層序の基礎的研究略報(其の 5) 」『地質学雑誌』第49巻第582号、日本地質学会、1942年、92-111頁、doi :10.5575/geosoc.49.92 。
^ “†Lechites (Lechites) gaudini Pictet and Campiche 1861 (ammonite) ” (英語). Fossilworks . Macquarie University . 2021年1月22日 閲覧。
^ Say, Thomas (1820). “Observations on some species of Zoophytes, Shells, &c. principally fossil (part 2).” . The American Journal of Science and Arts 2 : 34–45. https://www.biodiversitylibrary.org/item/51607#page/50/mode/1up .
^ Morton, Samuel George (1828). “Description of the fossil shells which characterize the Atlantic Secondary Formation of New Jersey and Delaware; including four new species.” . Journal of the Academy of Natural Sciences of Philadelphia 6 : 72–90. https://www.biodiversitylibrary.org/item/79409#page/351/mode/1up .
^ Halley, Matthew R. (2019). “Rediscovery of the holotype of the extinct cephalopod Baculites ovatus Say, 1820 after nearly two centuries” . Proceedings of the Academy of Natural Sciences of Philadelphia 167 (1): 1–9. doi :10.1635/053.167.0101 . ISSN 0097-3157 . https://bioone.org/journals/proceedings-of-the-academy-of-natural-sciences-of-philadelphia/volume-167/issue-1/053.167.0101/Rediscovery-of-the-holotype-of-the-extinct-cephalopod-Baculites-ovatus/10.1635/053.167.0101.full .
^ a b c d e 『北海道の新しい化石産地(里平地域)から3 新種を含むアンモナイト 37 種を発見 新種を含む多くの化石がむかわ町穂別博物館に寄贈 』(プレスリリース)穂別博物館 、2019年3月27日、3-4頁。http://www.town.mukawa.lg.jp/secure/5406/Ribira_ammonoid_Press_release_20190327.pdf 。2021年1月22日 閲覧 。
^ “ホッピーだより 第388号 ”. 穂別博物館 (2017年3月1日). 2021年1月22日 閲覧。
^ Yasunari Shigeta; Masataka Izukura; Yukiyasu Tsutsumi (2017). “An early Maastrichtian (latest Cretaceous) ammonoid fauna from the Soya Hill area, Hokkaido, northern Japan” . むかわ町穂別博物館研究報告 (32): 7-18. http://www.town.mukawa.lg.jp/secure/5408/Shigeta_et_al_2017_former_part.pdf .
^ a b 二上政夫「北海道鳩の巣地域の白亜系:とくにアンモナイト群集の特性 」『地質学雑誌』第88巻第2号、日本地質学会、111頁、doi :10.5575/geosoc.88.101 。
^ Yasunari Shigeta; Masataka Izukura; Tomohiro Nishimura; Yukiyasu Tsutsumi. “Middle and Late Campanian (Late Cretaceous) Ammonoids from the Urakawa Area, Hokkaido, Northern Japan” . Paleontological Research 20 (4): 329. doi :10.2517/2016PR004 . https://doi.org/10.2517/2016PR004 .
^ 古市光信 (1982). “四国の上部白亜系和泉層群から産出したオウムガイ類化石 (新種)” . 日本古生物学會報告・紀事 新編 (日本古生物学会) 126 : 340. doi :10.14825/prpsj1951.1982.126_334 . https://doi.org/10.14825/prpsj1951.1982.126_334 .
^ 深沢博「新種認定アンモナイトが公開中 北海道・日高の名を取る 」『朝日新聞 』朝日新聞社 、2016年10月15日。2021年1月22日 閲覧。
^ “Baculites tanakae 徳島県立博物館 KT2028b-P ”. 日本古生物学会. 2021年1月22日 閲覧。
^ 二上政夫、宮田雄一郎「北海道中西部上部チューロニアン・アンモナイトの群集特性:コリンニョニセラス亜科の系統解釈に関する基礎的研究 」『地質学雑誌』第89巻第1号、日本地質学会 、1983年、31-40頁、doi :10.5575/geosoc.89.31 。
^ “†Baculites vertebralis Lamarck 1801 (ammonite) ”. Fossilworks . マッコーリー大学 . 2021年1月22日 閲覧。
^ a b Yasunari Shigeta; Masataka Izukura; Tomohiro Nishimura (2019). “Campanian (Late Cretaceous) ammonoids and inoceramids from the Ribira River area, Hokkaido, northern Japan” . National Museum of Nature and Science Monographs (国立科学博物館 ) (50): 101-105. https://www.kahaku.go.jp/research/publication/monograph/download/50/monograph50.pdf 2021年1月29日 閲覧。 .
^ “†Baculites Lamarck 1799 (ammonite) ”. Fossilworks . マッコーリー大学 . 2021年1月22日 閲覧。
ウィキメディア・コモンズには、
バキュリテス に関連するカテゴリがあります。
チョッカクガイ - バキュリテスの時代から約3 - 4億年前のオルドビス紀 を中心に繁栄したオウムガイの仲間。同様に円錐形の殻を持つが直接の類縁関係はない。