任務種別 | ミール の補給 |
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COSPAR ID | 1992-004A |
特性 | |
宇宙機種別 | プログレス-M (11F615A55) |
製造者 | NPOエネルギア |
打ち上げ時重量 | 7250 kg |
任務開始 | |
打ち上げ日 | 1992年1月25日 7時50分16秒(UTC) |
ロケット | ソユーズ-U2 |
打上げ場所 | バイコヌール 1/5発射台 |
任務終了 | |
廃棄種別 | 機動離脱 |
減衰日 | 1992年3月13日 15時47分 (UTC) |
軌道特性 | |
参照座標 | 地球周回軌道 |
体制 | 低軌道 |
近点高度 | 375 km[1] |
遠点高度 | 393 km[1] |
傾斜角 | 51.6° |
ミールのドッキング(捕捉) | |
ドッキング | コアモジュール 前方 |
ドッキング(捕捉)日 | 1992年1月27日 9時30分43秒(UTC) |
分離日 | 1992年3月13日 8時43分40秒(UTC) |
dock時間 | 46日間 |
プログレスM-11はロシア連邦が1992年にミール宇宙ステーションの補給のために打ち上げたプログレス補給船[2]。ミールに打ち上げられた64機のプログレスのうち29機目であり、プログレス-M (11F615A55)型で[3]、シリアル番号は212であった[4]。
ミールEO-10クルー向けの食料、水、酸素や、科学実験用品、機動補正やマニューバ用の燃料などが積まれていた。プログレスM-11はソビエト連邦崩壊後最初にミールに到着した宇宙機であった。
プログレスM-11は1992年1月25日7時50分16秒(GMT)にバイコヌール宇宙基地1/5発射台からソユーズ-U2で打ち上げられた[4]。2日の飛行の後、1月27日9時30分43秒(GMT)にミールのコアモジュール前方ポートにドッキングした[5][6]。
46日間のドッキング飛行中、ミールは357kmから393kmの高度、51.6度の傾斜角の軌道を飛行した[1]。プログレスM-11は同年3月13日8時43分40秒(GMT)にミールよりドッキングを解除し離脱、数時間後に軌道を離脱し、15時47分ごろ太平洋上の大気圏に再突入し破壊された[1][5]。