三昧耶戒(さんまやかい)とは、仏教の教えの一つである「後期大乗仏教」に分類される密教において、その教えを学ぶ前に結縁や許可を目的とする灌頂の儀式を通じて、これから密教を学ぶための資格と義務として、信者や僧侶・瑜伽行者らに与えられる「密教独自の戒律」を指して言う。三昧耶(samaya:サマヤ)とはサンスクリット語で「約束」や「契約」を意味し、三昧耶戒は「(仏との)約束に基づく戒め」、あるいは「密教における誓約」というような意味になる。
いわゆる仏教の戒律には、歴史的な流れに沿って段階的に声聞乗の戒律、大乗の戒律、密教の戒律があり、このうち、密教だけに存在する戒律のことを『三昧耶戒』という。
主要な項目は以下のようになる。
伝法灌頂において授かるため、三昧耶戒の授戒は一般には行われない。
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密教の代表的な戒律といえば、この『十四根本堕』(戒)である。通常は、この十四根本堕にも詳しい解説と「口伝」とがあり、後段として「三昧耶戒を守ることによる利益」、「三昧耶戒を犯すことによる過失」、「三昧耶戒を取り戻すための方便」の三つの教えが付随する。
また、この戒律はチベット密教では「作タントラ」と、「行タントラ」に属す戒律とされ、今日では、『時輪タントラ』に基づいて説明されることが多いが、他のタントラにも共通する重要な戒律である。1・4・5・7番目の四条が中心となる戒律である『四重禁戒』と、十条の戒律とで構成されるが、これら十四条の戒律を破ると[4][5]密教における『波羅夷罪』に相当する。それ故に、「十四の根本である地獄に堕ちる罪」(十四根本堕)という名前が付けられている。
この『八支粗罪戒』は、先の『十四根本堕』よりも更に具代的に密教の「三昧耶戒」について述べたものである。また、当然のように『八支粗罪戒』にも詳しい解説と「口伝」とがあり、1・3・4番目の三条が中心の戒律となる。密教の法の伝授に際しては、師僧(根本ラマ)より必ずこの戒律の説明を受ける必要がある。なお、中国密教には龍樹阿闍梨(龍猛菩薩)による[15]この戒の口伝が別に伝えられている。
この戒律は、先に説かれている『密教の菩提心戒』が発展して出来た戒律。チベット密教においては瑜伽タントラに属する戒律であり、『金剛頂経』系に属する教えの全ての灌頂において授けられる。現在では、『時輪タントラ』の中において説かれる本初仏(アディブッダ)の「双入不二」の思想が、五仏を創造し出生することを根本原理として、五智如来に配する戒律の条項を『秘密相経』(vajira-sikhara-tantra)等を参考にして解説される。なお、灌頂を授かったならば、この戒律についても必ず師僧(根本ラマ)より詳しい解説と「口伝」を受ける必要がある。
戒律の内容は『五智如来の三昧耶戒』と『三誓願』の二つからなり、その内容は以下のようになる。
この戒律は『大日経』に説く、密教の「十善戒」が発展して出来た戒律である。チベット密教ではニンマ派によって伝承され、『ゾクチェン』に関係する教えや法の際に、『身口意灌頂』と呼ばれる「四灌頂」の儀式においてのみ授けられる戒律とされる。ニンマ派の「口伝」によると、この戒律と灌頂はグル・パドマサンバヴァ(蓮華生大師)によって直接チベットへと伝えられたものである。ただし、現在では『ゾクチェン』の教えと共に、カギュ派やサキャ派、中国密教にも伝えられ、今も伝承されている。
数ある三昧耶戒の中で、最も無上瑜伽タントラの特色を表している戒律であり、伝授の際には師僧(根本ラマ;ツァエラマ)から特に慎重に解説と「口伝」を受ける必要がある。また、その際における「口伝」はニンマ派でも参加人数を限定した高度な内容を伴うものであり、その教えを中断してはならないとされている。『身口意三業三昧耶戒』の内容は以下のようになる。
ここでいう「密教の資格を伴う戒」とは、『阿闍梨戒』のことを指している。『阿闍梨戒』は、日本密教では今は伝承されていないが、現在の中国密教では、段階的に「準阿闍梨灌頂」と「阿闍梨灌頂」[27]とがあり、後者の「阿闍梨灌頂」において授かる。
チベット密教では、別尊の大法の灌頂や、『大幻化網タントラ』をはじめとする主要な五タントラの灌頂の際に、「瓶灌頂」等の後に「阿闍梨灌頂」を挟み、その際に授かる戒律である。また、中国密教では、別名を『随従阿闍梨戒』ともいう。
ここで言う『特殊な戒』とは、主に密教経典や主要なタントラ経典に説かれる戒律のことを言う。日本の各宗派にはそれぞれの教えの特徴となる経典(依経:えきょう)があり、密教でいうと、例えば真言宗では『金剛頂経初会』と『大日経』を両部不二として所依の経典とし、あるいは伝統的には『五部経典』[28]を依用している。この点は、無上瑜伽タントラに属する教えを継承するチベット密教においても同様で、それぞれの教義を生み出す背景となる根本のタントラ経典があり、それをチベットでは主要な「五タントラ」と呼び、「五タントラ」とそれを依用する宗派は次のようになる。『大幻化網タントラ』はニンマ派、『喜金剛タントラ』はサキャ派、『勝楽タントラ』はカギュ派、『秘密集会タントラ』はゲルク派、『時輪タントラ』はチョナン派においてそれぞれ依用されている。
ここでは日本になじみのないタントラ経典に説かれる戒律として、チベットで最も早期に成立した宗派であるニンマ派の旧訳とされる『大幻化網タントラ』において説かれる戒律を紹介する。
あまり意識されてはいないが、三昧耶戒は密教の戒律であると同時に、歴史上の釈尊の教えに基づき段階的に発展した戒律であり、通戒(声聞乗・大乗・金剛乗に共通の戒)や菩薩戒の上に成り立つもので、両者を遵守しなければ三昧耶戒の条項に違反しなくても、三昧耶戒を得たことにはならない[32]。それ故、正式な灌頂の儀式では、儀式の中で順番に通戒と菩薩戒、三昧耶戒の全てを授けるようになっている。ただし、現在の日本密教の灌頂次第では、灌頂の導師が戒律を伝えていないこともあり、一般の葬式と同様に時間短縮のためにも通戒と菩薩戒や、三昧耶戒を授けるのを省略して灌頂の儀式を行うこともある。