宮崎空港 Miyazaki Airport | |||||||||
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IATA: KMI - ICAO: RJFM | |||||||||
概要 | |||||||||
国・地域 | 日本 | ||||||||
所在地 | 宮崎県宮崎市大字赤江無番地 | ||||||||
母都市 | 宮崎市 | ||||||||
種類 | 商業 | ||||||||
運営者 | 国土交通大臣 | ||||||||
運用時間 | 7:30 - 21:30 | ||||||||
敷地面積 | 177 ha | ||||||||
標高 | 6 m (19 ft) | ||||||||
座標 | 北緯31度52分38秒 東経131度26分55秒 / 北緯31.87722度 東経131.44861度座標: 北緯31度52分38秒 東経131度26分55秒 / 北緯31.87722度 東経131.44861度 | ||||||||
公式サイト | 宮崎ブーゲンビリア空港 | ||||||||
地図 | |||||||||
宮崎空港の位置 | |||||||||
滑走路 | |||||||||
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統計(2022年度) | |||||||||
旅客数 | 2,574,511人 | ||||||||
貨物取扱量 | 4,319t | ||||||||
リスト | |||||||||
空港の一覧 |
宮崎空港(みやざきくうこう、英: Miyazaki Airport、IATA: KMI, ICAO: RJFM)は、宮崎県宮崎市大字赤江にある空港。空港法では第4条第1項第6号に該当する空港として政令で定める空港(国管理空港)に区分されている。愛称は宮崎ブーゲンビリア空港[1]。
宮崎市の南部、海岸地帯にある。市の中心部からの距離は約5km。1996年に、ターミナルビルまで連絡鉄道(JR宮崎空港線)が接続された。宮崎市街地とは直接、宮崎交通の路線バスと、JR九州の鉄道の両方のアクセスがある。プロ野球巨人軍キャンプ地の宮崎県総合運動公園のほか、青島・飫肥城下町・日南市方面や、県西部の小林市方面、都城市方面へも路線バスがある。大分市・佐伯市・延岡市・日向市方面は、宮崎空港駅から鉄道でのアクセスのみとなっている。
滑走路北側に、独立行政法人航空大学校の宮崎本校キャンパスがあり、シーラス式SR22型訓練機によるエアライン・パイロットの養成が行われており、空港ターミナルや国道などから離着陸訓練の様子を観察できる[2]。
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元のウィキデータクエリを参照してください.
年間利用客数は、3,210,269人(国内3,098,952人、国際111,317人(2017年度))[3]。
行き先 | 旅客数 | 国内線順位 |
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東京国際空港 | 約139万人 | 上位15位 |
大阪国際空港 | 約 | 61万人上位45位 |
第二次世界大戦(太平洋戦争)中は日本海軍の航空基地であり、航空機(零式艦上戦闘機など)用の掩体壕が現存し、空港沿いの国道220号から観察できる。基地時代は滑走路2本ないしは3本を持っていたようである。終戦直後の航空写真では現在の東西の滑走路の他に北西 - 南東方面への滑走路が前述の現存する滑走路にクロスする形で東西2本(東側の1本は不鮮明)存在していた。現在、西側の滑走路跡を一ツ葉有料道路が横切っており、痕跡を鮮明に確認することができる。東側の滑走路跡は空港北側の建造物の区画にその名残が見られる。そのため、空港西側の一角の宮崎市本郷北方に「宮崎特攻基地慰霊碑」が建立され、同基地から出撃した特攻隊員約380人に宮崎県出身で他県の基地から出撃した特攻隊員を加えた計801人が慰霊されている[5][6]。
この様な経緯から戦時中には何度も空襲の被害に遭っており、空港周辺ではそれによるものと思われる不発弾も度々発見されている[7][8]。
空港ターミナルの運営は、民間主導の会社である「宮崎空港ビル」(宮崎交通と全日本空輸が株の50%超を保持)が行っている。エプロンは大型ジェット機5バース、中型ジェット機2バースほか16バース。搭乗口6 - 11番にはボーディング・ブリッジが設置され、うち6番搭乗口は国際線にも利用される。なお、11番搭乗口は搭乗ゲートから200m近い距離があり、出発間際に駆け足する搭乗客も多い。プロペラ機等の小型機を使用する際は、搭乗口5番が使用され、こちらはエプロンに徒歩で降りてからの搭乗となる。
旅客ターミナルビルは3階建て。1階にはチェックインカウンター、到着ロビー、若干の飲食施設と物販販売店、税関がある。2階には出発ロビー、搭乗待合室、メインの物販販売店(占有面積の大半は宮崎空港ビルの物販店)が置かれている。3階は飲食店、屋上は展望公園となっている。展望公園は「エアプレインパーク」と名付けられ、かつて航空大学校仙台分校(仙台空港)で使用され、東日本大震災で津波を逃れた航空大学校の練習機(ビーチクラフトC90Aキングエア)が常設展示されている[24]。他の空港で多く設置されている有料ラウンジ(ゴールドカード以上で無料で使用できるラウンジ)は、かつて宮崎空港では設置されていなかったが、2020年(令和2年)3月26日にクレジットカードラウンジ「ひなた」がオープンした[19]。
JR九州の宮崎空港駅の駅舎とは直接繋がっておらず、徒歩数メートルではあるが1Fの連絡通路を利用する形になっている。
2010年のリニューアル工事では特産の飫肥杉が広く取り入れられ、手荷物検査場のトレイや検査台、搭乗待合室の壁や展望デッキに使用されている。
主要な表示は日本語・英語・中国語・韓国語の4か国語表記となっているが、中華圏の就航都市が繁体字を使用している地域(台湾・香港)のみなので(2018年1月現在)、中国語は繁体字を適用している。
ターミナルコントロール空域の再編に伴い、2017年10月11日に宮崎空港での管制業務の一部(ターミナルレーダー管制・新田原飛行場に対する業務も含む)を終了し、鹿児島空港事務所に設置されたターミナル空域管制施設に移管した[17][25]。これに伴い、1966年の日本初の地方空港レーダー管制導入以来[9]、約51年間続いてきた「宮崎空港でのターミナル・レーダー管制業務」に幕を閉じた。なお、宮崎空港での飛行場管制業務は引き続き行う[17]。なお、地方空港におけるターミナル空域管制施設の統合は初めての試みであった[17]。
このほか、無線航行陸上局として、宮崎ILS、宮崎VOR/DME(MZE)を設置している。
航空会社によって提供されるラウンジ(特別待合室)が設置されている。
航空会社が2社以上の場合、最前の航空会社の機材・乗務員で運航する共同運航便(コードシェア便)
航空会社 | 目的地 |
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日本航空 (JAL)[注釈 1] | 東京/羽田、大阪/伊丹、福岡 |
全日本空輸 (ANA)[注釈 2] | 東京/羽田、大阪/伊丹、福岡 |
ソラシドエア (SNJ) ・ 全日本空輸 (ANA) | 東京/羽田、名古屋/中部、沖縄/那覇 |
Peach Aviation (APJ) | 大阪/関西 |
ジェットスター・ジャパン (JJP)・日本航空 (JAL)[注釈 3] | 東京/成田 |
オリエンタルエアブリッジ (ORC)・全日本空輸 (ANA) | 名古屋/中部、福岡 |
航空会社 | 就航地 |
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アシアナ航空 (OZ) ・ 全日本空輸 (NH) | 韓国・仁川国際空港(ソウル)[週3便] |
タイガーエア台湾 | 台湾・台湾桃園国際空港 (台北) ※2024年11月26日より就航予定 |
航空会社 | 就航地 |
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エバー航空 (BR) | 台湾・台湾桃園国際空港(台北) |
香港航空 (HX) | 香港・香港国際空港[28] |
東九州自動車道の県内区間が繋がった直後の2014年4月1日から宮交とJR九州バス共同運行による都市間高速バスひむか号(空港 - 延岡)が乗り入れた。続いて7月1日には旧ツアーバス系のハッコートラベルが格安で宮崎空港線(延岡祇園町)を運行し、ひむか号も期間限定の値下げをするなど一時期の延岡方面は三つ巴の争いとなっていた。結局、鉄道の利便性には敵わず、ハッコーはわずか2ヶ月で休止、ひむか号も2018年10月から空港乗り入れを取りやめている。また、一時期は鹿児島行き高速バス「はまゆう号」(宮交・南国交通の共同運行)も一部便が空港へ乗り入れていた(2021年4月1日をもって休止)。
1990年代までは一般道経由で空港 - 延岡間の快速便が運行されていた。