苫前町(とままえちょう)は、北海道留萌管内中部に位置する町。
風力発電が盛んであり、国道232号から見える北海道最大級の風力発電風車群は雑誌などで取り上げられることも多い。
町名の由来はアイヌ語の「トマ・オマ・イ」toma-oma-i(エゾエンゴサク・ある・もの(場所))から。
苫前町は、留萌地方中部、日本海側沿岸に位置する。
- 主な山
- 丸山
- 愛鳥山
- 札足辺山
- 朗音山
- 上古丹別山
- 錐立山
- 古丹別山
- 仙松山
- 温根山
- 鬼鹿山
- 三毛別山
- 三毛別
- 知布志内山
- 佐官別山
- 大天狗岳
- 奥三毛別山
- 下古丹別山
- 白頭山
- 智保内山
- 愛奴山
- 主な川
- 主な沼
- 主な池
- 主な湖
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苫前町と全国の年齢別人口分布(2005年)
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苫前町の年齢・男女別人口分布(2005年)
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■紫色 ― 苫前町 ■緑色 ― 日本全国
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■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性
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苫前町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年)
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8,544人
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1975年(昭和50年)
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7,174人
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1980年(昭和55年)
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6,528人
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1985年(昭和60年)
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5,748人
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1990年(平成2年)
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5,251人
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1995年(平成7年)
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4,868人
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2000年(平成12年)
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4,645人
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2005年(平成17年)
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4,202人
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2010年(平成22年)
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3,657人
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2015年(平成27年)
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3,265人
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2020年(令和2年)
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2,936人
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総務省統計局 国勢調査より
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2015年国勢調査によれば、以下の集落は調査時点で人口0人の消滅集落となっている[1]。
- 留萌振興局
- 上川総合振興局
- 縄文時代より栄える。
- 江戸時代(慶長年間)松前藩がトママイ場所を開く。
- 1786年(天明6年) 苫前神社の創建。
- 1869年(明治2年)北海道で国郡里制が施行され、天塩国および苫前郡が設置される。開拓使が管轄。
- 1880年(明治13年)苫前村・白志泊村・力昼村の戸長役場を苫前村に設置
- 1888年(明治21年)8月 苫前郡苫前村が白志泊村を編入
- 1894年(明治27年)2月3日 苫前郡羽幌村(現羽幌町)を分村
- 1897年(明治30年)7月15日 苫前村の戸長役場が羽幌村戸長役場を分離
- 1902年(明治35年)4月1日 苫前郡力昼村(りきびる)を編入、二級町村制、苫前郡苫前村
- 1915年(大正4年)4月1日 一級町村制、苫前郡苫前村
- 1915年(大正4年)12月9日-14日 三毛別羆事件。苫前町三毛別(さんけべつ、現在の地名は三渓)でヒグマが民家を襲撃した。ヒグマは最終的に射殺されたが、死者7名、負傷者3名の被害が発生し、日本獣害史上最悪の事件となった。
- 1948年(昭和23年)10月1日 町制施行、苫前町
- 苫前郵便局(集配局)
- 古丹別郵便局(集配局)
- 力昼郵便局
- 姉妹都市
主要産業は沿岸漁業、農業、酪農、林業など。農業は米などを生産。
- 農協
- 漁協
- 漁港
- 発電所
- 道立
町内の鉄道は廃止されており、現在は存在しない。
かつては下記の路線があった。
- 沿岸バス - 日本海沿岸地域(国道232号)を運行する旧国鉄羽幌線代替の一般路線バス「幌延留萌線」と、札幌市発着の高速バス「特急はぼろ号」、旭川市発着の高速バス「特急あさひかわ号」を運行する。また町内路線として、上平 - 古丹別間を運行する上平古丹別線もある。
- 幌延留萌線:(留萌市) - (小平町) - 千松 - 力昼 - 上平 - 苫前上町 - 興津内 - (羽幌町) - (初山別村) - (遠別町) - (天塩町) - (幌延町) - (豊富町)
- 上平古丹別線:上平 - 長島5線 - 古丹別
- 特急はぼろ号:(札幌市) - 力昼・上平・苫前上町
- 特急あさひかわ号:(旭川市) - 力昼・上平・苫前上町
- 修羅(船材の運搬具) - 苫前町郷土資料館所蔵
- 須恵器(甕)- 苫前町郷土資料館所蔵
- 苫前町くま獅子舞 - 苫前町くま獅子保存会
- 苫前運上屋跡
- 陣屋の跡
- 寺子屋発祥の地
- 苫前戸長役場跡
- 苫前町水田発祥の地
- 岩見の一本松 - イチイの木
- 主な神社
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