1884年 ウィンブルドン選手権 (1884ねんウィンブルドンせんしゅけん、The Championships, Wimbledon 1884)に関する記事。イギリス ・ロンドン 郊外にある「オールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブ 」にて開催。
男子シングルスは、1878年 の第2回大会から「チャレンジ・ラウンド」(Challenge Round, 挑戦者決定戦)と「オールカマーズ・ファイナル」(All-Comers Final)で優勝を決定する方式になった。大会前年度優勝者を除く選手は「チャレンジ・ラウンド」に出場し、前年度優勝者への挑戦権を争う。前年度優勝者は、無条件で「オールカマーズ・ファイナル」に出場できる。チャレンジ・ラウンドの勝者と前年度優勝者による「オールカマーズ・ファイナル」で、当年度の選手権優勝者を決定した。
1884年は、ウィンブルドン選手権で第1回の女子シングルス競技が実施された年である。第1回大会には13名の女子選手がエントリーした。本記事では1877年 のように、女子シングルス結果を1回戦から記載する。
この年から、男子ダブルスがオールイングランド・クラブで実施され、正式な優勝記録表に記載されるようになった。1879年 から1883年 までは、男子ダブルス競技はオックスフォード で実施されていた。
1884年のウィンブルドン選手権は、初めて外国人選手が出場した大会でもある。初遠征した外国人選手は、リチャード・シアーズ 、ジェームズ・ドワイト 、A・L・ライブズ(すべてアメリカ )の3人だった。
前年度までは、ゲームカウント 5-5 になった時は次のゲームでセットの勝者を決めていた。そのため「6-5」の試合結果が多く見られたが、この年から「一方が2ゲーム勝ち越すまで」セットを続行する方式に変更された。
準々決勝
アーネスト・レンショー vs. ウィルフレッド・ミルン 6-3, 6-3, 7-5
チャールズ・グリンステッド vs. アーネスト・ブラウン・デ・シリー 5-7, 4-6, 7-5, 6-4, 6-1
ハーバート・チップ vs. ウィリアム・テーラー 10-8, 6-1, 6-4
ハーバート・ローフォード 試合なし → 準決勝へ
準決勝
チャールズ・グリンステッド vs. アーネスト・レンショー 2-6, 6-4, 6-2, 6-3
ハーバート・ローフォード vs. ハーバート・チップ 7-5, 6-4, 6-4
決勝
ハーバート・ローフォード vs. チャールズ・グリンステッド 7-5, 2-6, 6-2, 9-7
1回戦
モード・ワトソン vs. A・ティリット・ドレーク 6-0, 6-2
B・E・ウィリアムズ vs. C・ウォリス 6-2, 6-1
ブランチ・ビングリー vs. C・J・コール 6-3, 6-3
F・M・ウィンクワース vs. E・ブッシェル 6-0, 6-1
G・J・クーパー vs. C・ブッシェル 不戦勝
リリアン・ワトソン 試合なし → 準々決勝へ
M・レスリー vs. B・ウォリス 6-2, 6-1
準々決勝
モード・ワトソン vs. B・E・ウィリアムズ 7-5, 6-0
ブランチ・ビングリー vs. F・M・ウィンクワース 6-0, 6-8, 6-3
リリアン・ワトソン vs. G・J・クーパー 7-5, 5-7, 6-3
M・レスリー 試合なし → 準決勝へ
準決勝
モード・ワトソン vs. ブランチ・ビングリー 3-6, 6-4, 6-2
リリアン・ワトソン vs. M・レスリー 6-4, 6-1
決勝
男子シングルス
女子シングルス
男子ダブルス
抽選表:男子 ・女子 (男子はGrand Slam Tennis Archive、女子はTennisForum.com提供スレッドによる)
Lance Tingay , “100 Years of Wimbledon ” (ウィンブルドンの100年史) Guinness Superlatives Ltd., London (1977) ISBN 0-900424-71-0 大会の様子については26・39-40ページ、男子シングルス試合結果は134ページ、女子シングルス試合結果は150ページを参照した。
Bud Collins , “Total Tennis: The Ultimate Tennis Encyclopedia ” Sport Classic Books, Toronto (2003 Ed.) ISBN 0-9731443-4-3 選手のフルネームについて、本書から補足した。
1870 - 80 - 90 - 1900 - 10 - 20 - 30 - 40 - 50 - 60 - 70 - 80 - 90 - 2000 - 10 - 20 -