AMアメリカ AM America | |
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出演者 |
ビル・ビューテル ステファニー・エドワーズ ピーター・ジェニングス |
国・地域 |
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各話の長さ | 120分(2時間)(コマーシャル、ローカルニュース/天気予報のカットイン(一部の加盟局)を含む) |
放送 | |
放送チャンネル | ABC |
放送期間 | 1975年1月6日 | - 1975年10月31日
番組年表 | |
関連番組 |
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『AMアメリカ(AM America)』は、アメリカ・ABCがNBCの高視聴率番組『トゥデイ』に対抗するために制作した朝のニュース番組。1975年1月6日に初放送されたこの番組は、『トゥデイ』やCBSの『CBSモーニングニュース』と『キャプテン・カンガルー』のコンビに対して視聴者を獲得することはなかった。10ヶ月弱続き、最終回は10月31日に放送された[1]。翌11月3日月曜日には『グッド・モーニング・アメリカ』に置き換えられた。
番組のコンセプトは、ロサンゼルスの同ネットワーク直営放送局KABC-TVの朝のローカル番組『ラルフ・ストーリーズAM(Ralph Story's AM)』に基づいていた[2]。『トゥデイ』と同様に、『AMアメリカ』もホスト2名とニュースアンカー1名を採用した。1974年8月に共同ホストとして当初選ばれたのは、ニューヨーク市の旗艦局WABC-TVの『Eyewitness News』の共同アンカーだったビル・ビューテル、『ラルフ・ストーリーズAM』のステファニー・エドワーズ、シカゴのWLS-TVで朝のトーク番組『ケネディ・アンド・カンパニー(Kennedy and Company)』のホストを務めたボブ・ケネディ(Bob Kennedy)だった[3]。ケネディはシリーズ開始の僅か2ヶ月前の同年11月5日に骨癌で亡くなり[4][5]、最終的にニュースリポートを提供したABCのワシントン担当記者ピーター・ジェニングスが後任となった[6]。
1975年4月25日に放映された『AMアメリカ』の注目すべき放送回の1つは、イギリスのコメディー劇団「モンティ・パイソン」のメンバーが、一時的にグループを離れていたジョン・クリーズを除いて、アメリカのテレビに最初に出演した時である。番組は、パイソンズがセットをバラバラにして、エドワーズを含む、決められなかった全てのものを持ち去ろうとすることで終了した[7]。
エドワーズは5月末までに降板し、ビューテルは数ヶ月後にエドワーズを追って降板した[2]。最終回の次の月曜日である11月3日には、より有名で成功した番組『グッド・モーニング・アメリカ』に置き換えられた[1]。
『AM America』のロゴは、AとMの文字が青で、「America」の残りの部分が赤だった。「AM」が「America」と重なった。「A」の中に星を入れた。
シリーズのテーマ音楽は、ウィリアム・ゴールドスタイン(William Goldstein)作曲のインストゥルメンタル「Spirit of '76 (AM America)」で、1975年11月にモータウンからシングルとしてリリースされた[8][9]。
『AM(都市名)』の名前は、全米のABC放送局にフランチャイズ化され、地元で制作された朝のトーク番組となった(通常、全国番組が終了した後の午前9時台に放送され、通常は1人か2人のホストがおり、特に1980年代には殆どが生放送のスタジオ観客を抱えていた)。