H2AX(H2A histone family member X)はH2Aファミリーのヒストンタンパク質の1種であり、H2AX遺伝子にコードされる。重要なリン酸化型としてγH2AX (S139)があり、DNAの二本鎖切断が生じた際に形成される。
ヒトやその他の真核生物では、DNAはヒストン八量体の周囲に巻き付いてクロマチンを形成している。ヒストン八量体はコアヒストンH2A、H2B、H3、H4から構成される。H2AXはヌクレオソームの形成、クロマチンリモデリング、DNA修復に寄与し、またDNA二本鎖切断のアッセイとしてin vitroで利用される。
H2AXはDNA二本鎖切断(DSB)に対する応答としてセリン139番がリン酸化され、リン酸化されたものはγH2AXと呼ばれる。このリン酸化を担うのはPI3K関連キナーゼファミリーのキナーゼ(ATM、ATR、DNA-PKcs)、特にATMである。修飾は複製フォークの崩壊や電離放射線照射に対する応答として行われるが、V(D)J組換えなど制御された生理的過程でも行われる。γH2AXは細胞内のDSBを探索する際の高感度の標的となる。しかしながら、γH2AXの存在自体がDSBの存在の証拠となるわけではない[5]。DNA修復過程におけるリン酸化型ヒストンの役割には議論があるが、修飾によってDNAの凝縮度が低下することが知られており、DSBの修復に必要なタンパク質をリクルートするスペースを確保している可能性がある。変異実験では、修飾は二本鎖切断に応答したionizing radiation induced fociと呼ばれる構造の形成に必要であるが、切断部位へのタンパク質のリクルートには必要ではないことが示されている。
ヒストンバリアントH2AXは、哺乳類のクロマチン中のH2Aの約2–25%を構成する[6]。DNAに二本鎖切断が形成されると、H2AXの変化を伴う一連のイベントが生じる。
二本鎖切断の形成直後、クロマチン構造と相互作用して影響を与える特定のタンパク質がリン酸化され、その後クロマチンから放出される。このタンパク質HP1β(CBX1)は、リジン9番がメチル化されたヒストンH3(H3K9me)に結合している。HP1βは、DNA損傷から1秒以内に最大放出量の半数が放出される[7]。クロマチン構造の動的な変化は、このHP1βの放出によって開始される。このクロマチン構造の変化は、ATM、ATR、DNA-PKによるH2AXのリン酸化を促進し[8]、γH2AXの形成を可能にする。γH2AXは細胞への放射線照射後早ければ20秒で検出され、1分後には最大蓄積量の半数が蓄積する[6]。γH2AXを持つクロマチンはDNA二本鎖切断の両側約100万塩基対にまで広がる[6]。
その後、MDC1がγH2AXに結合し、γH2AX/MDC1複合体は二本鎖切断修復過程の相互作用を組織化する[9]。ユビキチンリガーゼRNF8とRNF168がγH2AX/MDC1複合体に結合し、クロマチンの他の構成要素をユビキチン化する。その結果、BRCA1と53BP1がγH2AX/MDC1を含む長い修飾されたクロマチンへリクルートされる[9]。広くγH2AX修飾されたクロマチン上に安定して集合する他のタンパク質には、MRN複合体(MRE11、RAD50、NBS1)、RAD51、ATMなどがある[10][11]。RAD52やRAD54など他のDNA修復因子は、γH2AX修飾クロマチンに安定して結合しているコア構成要素と迅速かつ可逆的に相互作用する[11]。外因的な試薬処理がなされていない生細胞におけるγH2AXの恒常的発現レベルは、細胞呼吸時に産生される内因性酸化物質によるDNA損傷の指標となる可能性が高い[12]。
真核生物のDNAのクロマチンへのパッケージングは、酵素の作用部位へのリクルートが必要なすべてのDNAベースの過程にとって障壁となる。DNA修復が起こるためには、クロマチンのリモデリングが必要である。
H2AXのリン酸化型であるγH2AXは、DNA二本鎖切断後のクロマチン脱凝縮をもたらす過程に関与している。γH2AX自体がクロマチン脱凝縮を引き起こすわけではないが、電離放射線照射後30秒以内にRNF8とγH2AXの結合が検出される[13]。RNF8は、ヌクレオソームのリモデリングと脱アセチル化を担う複合体NuRDの構成要素であるCHD4との相互作用を介して、広範囲のクロマチン脱凝縮を媒介する[14]。
γH2AXに対するアッセイは一般的にDNA中の二本鎖切断の存在を反映しているが、こうしたアッセイは他のマイナーな現象を示している可能性もある[15]。しかしながら、電離放射線照射後に誘導されるDNA二本鎖切断とγH2AXのfociの形成との間には、単位照射量あたりの絶対収率と分布から、強い定量的相関を支持する多くの証拠が存在している[15]。一方、電離放射線照射以外にもさまざまなストレスに対する細胞応答として、個々のγH2AX fociの形成だけでなく、核全体でγH2AXシグナルが誘導されることが報告されている[16]。しかしながら、DNA二本鎖切断部位のγH2AXのシグナルは未損傷のクロマチンよりも常に高い。未損傷クロマチン中のγH2AXは活性化されたキナーゼによる直接的なリン酸化で形成されたものであると考えられており、おそらくDNA損傷部位から拡散してきたものである可能性が高い[16]。
H2AXは次に挙げる因子と相互作用することが示されている。