J・マスシス | |
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J Mascis at Virgin Festival. | |
基本情報 | |
出生名 | Joseph Donald Mascis |
生誕 | 1965年12月10日(58歳) |
出身地 | アメリカ合衆国マサチューセッツ州アマースト |
ジャンル |
オルタナティヴ・ロック ドゥームメタル ハードコアパンク |
職業 |
ミュージシャン シンガーソングライター |
担当楽器 |
ボーカル ギター ドラム キーボード バンジョー |
活動期間 | 1982年 - |
共同作業者 | ダイナソーJr. |
公式サイト | Official J. Mascis site |
J・マスシス(Joseph Donald Mascis、1965年12月10日 - )はアメリカ出身のミュージシャン。ダイナソーJr.のボーカルとギターを担当する。なお、ファミリーネームの日本語表記が「マスシス」と「マスキス」の二種類が混在しているが、この項では「マスシス」と表記する。ただし「マスシス」は日本での媒体において長らく使用されてきた表記であって、本人含め英語圏では「マスキス」と発音している。
2011年、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において第86位。
マサチューセッツ州出身。歯科医の息子。フェンダージャズマスターとBIG MUFFがトレードマーク。元々はドラマーであり、他アーティストの作品にもドラマーとしてゲスト参加したり、また自身のバンドの作品でもしばしばドラムを叩いている。デイブ・グロール加入前のニルヴァーナにもドラムとして加入を打診されたことがある。
奇妙な性格で知られ、インタビューやバンドの中でも浮いた言動、行動をとることが多く、他の二人のメンバーに「コイツはいつもこうなんだ。ほっといてやって。」「暇があれば必ず寝ている。」とまで言わしめたほどであった。
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのケヴィン・シールズやソニック・ユースとも親交があり、PVにサーストンと娘が出演したこともある。その他、スティーブ・アルビニやイアン・マッケイ等とも親しい。GGアリンのバックバンドのギタリストを務めたこともある。
2007年に発売されたDVD「LIVE IN THE MIDDLE EAST」でのインタビューにおいて、「ダイナソーJrはニール・ヤングに影響されているとよく言われているけど本当なのか?」と聞かれ、「確かにニール・ヤングからも影響されているけど、ローリング・ストーンズからの影響のほうがもっと強い。ブラック・サバスの雰囲気もあると思う。結果的にニール・ヤングっぽくなっただけ。」とコメントしている。その周りの評価を茶化すようにニール・ヤングのトリビュートアルバムに参加したときには素人の友人をボーカリストに据えてカバー曲を提供したりした。マスシス自身はパンク・ハードコアを好んでおり、パンクの7インチレコードが家には数千枚あるという。
高校時代に同世代の友人とディープ・ウーンドを結成。Jはドラムで後にダイナソーJr結成するルー・バーロウはギタリストであった。
83年にダイナソーJrを結成。カレッジに通いつつガソリンスタンドで働きながら活動。
87年にGGアリンのギターを勤め、Hated in the Nationのレコーディングをこなしたが、当時のことは本人曰く思い出したくはないらしい。
91年にはメジャーデビューも果たし、グランジ、オルタナティヴ・ロックシーンを牽引する存在となる。
97年解散。
ダイナソーJr解散後はJ MASCIS + THE FOGを結成。
2005年にはダイナソーJr再結成。当時には確執があったルーとも和解した。
アリソン・アンダースの映画『ガス・フード・ロジング』、『グレイス・オブ・マイ・ハート』の音楽を担当したり、俳優としても出演。またヘヴィメタルバンド・WITCHにはドラマーとして参加したり、インドの聖母アンマに捧げたソロ・アルバム『J & Friends Sing and Chant for Amma』なども手がけている。
2006年にはWitchのファーストアルバム「Witch」をリリース、2008年にはセカンドアルバム「Paralyzed」をリリース。
2010年には新バンド、スウィート・アップルを結成、Love and Desperationをリリース。
J MASCISの実質ソロ(+THE FOGは本人曰くカッコいいから付けたとのこと)。