株式会社NST新潟総合テレビ(エヌエスティにいがたそうごうテレビ、 NST Niigata Sogo Television, Co., Ltd.)は、新潟県を放送対象地域としたテレビジョン放送事業を行う特定地上基幹放送事業者である。
略称はNST、コールサインはJONH-DTV(新潟 19ch / 3kW)で、フジテレビジョン (FNN・FNS) 系列に属している。
2018年(平成30年)時点では、新聞(新潟版)のテレビ欄やEPGなどでは「NST」と表記されることが多かったが、当時の正式名称である「新潟総合テレビ」が用いられることもあった。
キャッチフレーズは、略称のバクロニム「Niigata Smile ТV(にいがたスマイルティービー)」(2014年(平成26年)4月より)。
本社・支社[編集]
本社の郵便番号はNST専用。社用の他、視聴者プレゼントなど一般向けに使用している。
かつて存在した施設[編集]
- 長岡放送センター - 長岡市今朝白二丁目1番4号
- 1968年(昭和43年)10月完成。1991年(平成3年)10月に新潟市上所の本社へ廃統合するまで、演奏所およびスタジオ機能として存在していた。開局当初は「長岡演奏所」の名称だった。
- 統廃合後に解体され、1994年(平成6年)に「駒形十吉記念美術館」として開館。敷地内には、長岡支社が入居しているビルが所在する。
- 本社(旧社屋) - 新潟市[注 1]上所一丁目11番31号[注 2]
- 長岡放送センターと併存していた時代は、スタジオも設けられていた。『クイズタイムショック』などネットしていたクイズ番組の予選会等も、利便性のためか、長岡放送センターではなく新潟市の本社で行われていた。
- 新潟市中央区八千代に移転後は解体され、現在は駐車場となっている。
1968年(昭和43年)12月16日開局。新潟県内で2局目の民間放送局で、県内初のUHF局である。
新潟県に2局目の民放テレビ局のチャンネルプランが発表された際、フジテレビなどフジサンケイグループ、日本テレビなど読売新聞グループ、NETテレビ(現:テレビ朝日)など朝日新聞グループをはじめ、複数の免許申請が出されたが調整により一本化され、3社が相乗りする形で会社を設立。社名の“総合”は、その経緯からトリプルクロスネットであったことに起因する。なお、現在はフジテレビ系列のフルネット局へと移行していったため、“総合”の意味合いはほぼなくなった。
複数の放送局申請を調整し設立の行司役を田中角栄が担ったことから、設立時には本社は新潟市、演奏所スタジオは田中の運営する越後交通のお膝下である長岡市でスタートし、越後交通グループや田中真紀子ほか田中家一族らとも親密であった。
さらにフジサンケイグループのネット局として設立され、また当時から現在に続くフジテレビのネット局である。
開局当初は「楽しいテレビNST」というキャッチフレーズを掲げ、PRを図った。また初のUHF局であったことから、開局前には県内各地で催事が行われる折に、VHFチューナのみを備えたテレビで視聴するためのUHFコンバータの普及促進活動を行っていた。クロスネット当時は、上記3局に加えて東京12チャンネル(現:テレビ東京)の番組も購入して放送しており、実に4局の番組が混在する状態が続いていた。
開局以後のNSTは、自社制作番組の割合が著しく低く、番組制作に関して消極的な姿勢を見せていた。その一方で、営業活動に非常に貪欲で、CM制作やコマーシャル収入で大きな収益を上げ、民放テレビ局の年収でも、ローカル局として上位を記録していた[4][注 3]。
その後、1981年(昭和56年)4月にテレビ新潟放送網が開局し、NNNを脱退。1983年(昭和58年)10月に、新潟テレビ21が開局してANNも脱退し、フジテレビ系列のフルネット局となり現在に至る。しかしNSTはそれ以後も、昼間や深夜時間帯にはフジテレビの番組よりもむしろテレビ東京の番組を主体とした編成体制を敷いていた。更にはフジテレビの日曜の競馬中継(現『みんなのKEIBA』)も、フルネット化以後も新潟放送からネットチェンジせず、なおも自社制作率は低いままであった。
駒形の影響力が薄れた1990年代に入ってからは、まず1991年(平成3年)に長岡放送センター(長岡市)を本社(新潟市)に移転統合する。2000年代には自社制作率は徐々に上昇し、フジテレビの番組の遅れネットも減少。2000年(平成12年)には新潟競馬場開催の中継と『スーパー競馬』のネットを開始し、其の翌年には仙台放送製作の東北電力一社提供番組の放送権も新潟放送から移行した事で、長年の「腸捻転」(ネットワークのねじれ現象)がようやく解消。2004年(平成16年)には本社を新潟市中央区八千代に移転するなど、設備投資を積極的に行っている。
2002年(平成14年)、新潟市中央区上所にあった本社の建物の老朽化と、後に開始される地上波デジタル放送におけるハイビジョン化を視野に入れ、現在の新社屋の建設を決定。新社屋は2004年(平成16年)10月に完成、2004年(平成16年)10月20日に本社の全機能を新社屋へ移転し、放送を開始している。この新社屋は全てハイビジョン放送に対応しており(新潟県内最速)、省エネ・太陽電池パネル付きとなっている。新社屋移転後、毎年10月には「NSTまつり」を開催している。
2010年(平成22年)3月29日、地上波デジタル放送移行に先駆けて社名の通称名称の整理を目指し、呼称を「NST」に統一した。放送上では、フジテレビ系列番組の表記は引き続き「新潟総合テレビ」を使用しているが、報道番組の制作協力、主催クレジットや新聞、テレビ欄などは「NST」と表記され、呼称する(但し『FNS27時間テレビ』では系列局を紹介する際、「新潟総合テレビ」〈2014年(平成26年)から2018年(平成30年)は「新潟NST」、社名変更後の2019年(令和元年)は「NST新潟総合テレビ」〉と呼称する場合がある)。
2019年(令和元年)10月1日からは、略称と社名を併用した「株式会社NST新潟総合テレビ」へと社名変更した[5]。
駒形十吉について[編集]
初代社長には、当時新潟県経営者協会会長の桜井督三(北越製紙社長)が就いたが、4年後に桜井の急死に伴って1972年(昭和47年)に大光相互銀行(現:大光銀行)の会長だった駒形十吉が就いた。後に子息の斉に大光相互銀行社長の座を譲り会長に退くが、大光は1979年(昭和54年)秋に乱脈融資事件が発覚し強制捜査を受けることとなった。更にこれを巡って大幅な債務超過に陥っていることが発覚。1980年(昭和55年)春には上場廃止となり、これを引責する形で駒形一族は大光を追われたが、十吉のNST社長職については個人大株主であったこともありそのまま留任。1999年(平成11年)の死去直前まで実権を掌握し続けた[7]。かつて元日未明(大晦日深夜)にはフジテレビのネット受けを行わず、駒形自らの出演による10分間の「社長挨拶」を放映していたことからも、それが窺える[注 4]。
NSTでは、『FNNニュースレポート23:00』『FNNニュースレポート23:30』『FNNニュース工場』『DATE LINE』(『FNN Date Line』)『FNN NEWSCOM』『ニュースJAPAN』『スポーツWAVE』『FNNニュース最終版』『あしたのニュース』『ユアタイム』『FNN Live News α』などフジテレビ系列全国ネットの最終ニュースのスポンサー全てがローカルスポンサー、またはネットスポンサーの一部とローカルスポンサーの混在のいずれかとなっている。この体制は、1981年(昭和56年)4月から1983年(昭和58年)9月までネットをしていた『ANNニュースファイナル』時代から続いている[注 5]。これは、フジテレビ系列フルネット化後も駒形が「この時間帯のスポンサーになってくれる地元企業を大切にしたい」との意向のより、同時間帯のニュース番組の完全ネットスポンサー化を辞退したもので、駒形の影響力が薄れた後もこの措置を続けている。また、ローカルスポンサーについては、提供読みで企業名の読み上げを要するスポンサー料が高額な企業となる場合が多いため、音声を遮断して自社で提供読みを挿入している(過去にはオープニングを丸ごと差し替えた例があった)。ただし、1981年(昭和56年)3月までネットをしていた『NNNきょうの出来事』ではスポンサーの差し替えは行われず、日本テレビと同じネットスポンサーとなっていた[8]。
また、現代美術収集家としても知られ、大光相互銀行やNSTの社内には「大光コレクション」と呼ばれる数多くの美術品が飾られていた他、大光相互銀行は長岡市内に美術館も持ち(長岡現代美術館)、一般にもこれらコレクションを公開していた。しかし乱脈融資事件をきっかけに経営危機に陥った大光相互銀行は、国や各地の金融機関から融資を受けるため現代美術館を閉鎖し、これら収蔵品の約半分を全国各地へ売却することとなった。その際、売却を免れた一部の作品は現在、同市の新潟県立近代美術館とNST長岡支社敷地内の放送センター跡地に建設した駒形十吉記念美術館に収蔵されている。
フレーズ[編集]
- 2003年度から6年間
- 新潟県内外で夢を追う人々を応援する「『Dreaming.』キャンペーン」を展開。同年のCI導入に合わせ、当時のキャッチフレーズ「もっと、いい夢。」に因んで開始した企業キャンペーンで、「人と、人の持つ可能性を応援する」というコンセプトの下で2008年度まで展開した。
- 2005年(平成17年)
- 「Digital Dreaming.」をキャッチフレーズに、地上波デジタル放送のPRを展開していた。
- 2009年度から(現在も実施)
- 2010年(平成22年)1月1日から約1年間
- 「新潟総合テレビからNSTへ」と銘打ち、地上波デジタル放送に完全移行する2011年(平成23年)の干支が「卯」であることや「地上デジタル移行に際し、さらなる跳躍を目指す」という企業理念に因んで、黒いタキシード姿のウサギをモチーフにしたキャンペーンを展開、自社のスポットCMや新聞広告で呼称統一のPRを行った。なお、このキャンペーンCMに、タキシード姿のウサギが出てくるが、これは自社のキャラクターではない。
- 2010年(平成22年)4月から1年間
- 前述のキャンペーンの途中から並行して使用を開始。風景の中から女性の顔の部位がアップで現れ、キャッチフレーズ「NSTは、あなたを、刺激する」をPRする自社のスポットCMを放映していた。ちなみに、このCMに流れる音楽を唄っているのは新潟市在住のソプラノ歌手のアマリア・ネクラエシェである。CMヴァージョンは以下の通り。
- 「唇編」(空から唇が現れる。ナレーション:「あなたが、話したいこと、それは私たちが見せたいこと。」)
- 「瞳編」(海の上空から瞳が現れる。ナレーション:「あなたが、見たいこと、それは私たちが見せたいこと。」)
- 「耳編」(森の上空から耳が現れる。ナレーション:「あなたが、聴きたいこと、それは私たちが見せたいこと。」)
- 「天使編」(これは2011年(平成23年)1月に初公開。天使の子供達が唇のようなソファに座る。ナレーション:「明日の向こうを、見ませんか。私たちと、ご一緒に。」)
- 2014年(平成26年)4月から
- 略称がNSTであることと、ローカルの看板番組の1つに『スマイルスタジアムNST』があることをもじり(いわゆるバクロニム)、2018年(平成30年)12月16日に迎える開局50周年に向かい、「Niigata Smile TV(にいがたスマイルティービー)」キャンペーンを行っている。
マスコットキャラクター[編集]
局のマスコットキャラクターは「ナシテ君」。他にガールフレンドとして「ドシテちゃん」、友達として「ロボッチョ君」がいる。いずれも、開局35周年である2003年(平成15年)に登場した。開局45周年を迎えた2013年(平成25年)12月には、ナシテ君とドシテちゃんの顔のデザインが変更された。
資本構成[編集]
企業・団体の名称、個人の肩書は当時のもの。出典:[9][10][11][12][13]
2015年3月31日 - 2016年3月31日[編集]
資本金 |
発行済株式総数 |
株主数
|
3億円 |
600,000株 |
150
|
過去の資本構成[編集]
1978年3月31日
資本金 |
授権資本 |
1株 |
発行済株式総数
|
3億円 |
12億円 |
500円 |
600,000株
|
1992年3月31日
資本金 |
授権資本 |
1株 |
発行済株式総数 |
株主数
|
3億円 |
12億円 |
500円 |
600,000株 |
166
|
株主 |
株式数 |
比率
|
駒形十吉[注 6] |
34,000株 |
5.66%
|
田中角栄[注 7][注 8] |
33,100株 |
5.51%
|
鹿内宏明[注 9][注 10] |
32,400株 |
5.40%
|
フジテレビジョン |
30,000株 |
5.00%
|
産業経済新聞社 |
30,000株 |
5.00%
|
小梶彰三[注 9][注 11] |
30,000株 |
5.00%
|
朝日新聞社 |
30,000株 |
5.00%
|
第四銀行 |
20,000株 |
3.33%
|
北越銀行 |
20,000株 |
3.33%
|
大光銀行 |
20,000株 |
3.33%
|
新潟中央銀行 |
20,000株 |
3.33%
|
2003年3月31日
資本金 |
発行済株式総数 |
株主数
|
3億円 |
600,000株 |
159
|
- 1967年(昭和42年)11月1日 - 予備免許取得。
- 1968年(昭和43年)
- 1969年(昭和44年)10月1日 - FNS発足と同時に加盟。
- 1970年(昭和45年)
- 1971年(昭和46年)10月25日 - 平日が全日放送になり、完全全日放送化完了。これと同時に、フジテレビの『ママとあそぼう!ピンポンパン』の放送開始。NSTの同番組での放送は、初めは17時からの1日1回の放送であったが、後に朝からの放送も開始して1日2回の放送となるが、後にフジテレビが同番組は朝の放送のみとなったため、それから番組終了までは朝の放送のみとなる。
- 1972年(昭和47年)
- 1975年(昭和50年)
- 1977年(昭和52年)頃 - アンペックス社製1インチVTR導入、運用開始。
- 1980年(昭和55年)
- 報道取材として、U規格3/4インチVTRを使ったENGを使用開始。
- 3月 - アンペックス社製のCMバンク稼動開始。なお、同システムの本格稼動の開始は翌年3月頃となる。
- 4月 - デイリーのレギュラー情報番組『NSTですこんにちは』放送開始。
- 9月 - FM放送の開設を申請。しかし、後に却下。
- 1981年(昭和56年)
- 1983年(昭和58年)
- 4月 - ローカルの天気予報の一部時間帯がステレオ化される[注 17]。
- 番組送出用VTRに、日立製1インチVTRを導入、稼動開始。これにより、新潟県の民放全局の1インチ番組送出用VTRは、全て日立製となる。後に開局する新潟テレビ21も番組送出用1インチVTRは日立製を採用。
- 10月1日 - 新潟テレビ21開局に伴いテレビ朝日系列を脱退。フジテレビ系列のフルネット局となる。それと同時に、これまで新潟県で放送されていなかった『森田一義アワー 笑っていいとも!』がネット開始[注 18][注 19]。
- 1989年(平成元年)
- 7月 - フジネットワークの衛星利用放送システム (F-SAT) 運用開始。
- 12月 - 衛星利用ニュース中継システム (SNG) 運用開始。
- 1991年(平成3年)10月1日 - 長岡放送センター(演奏所設備)が本社のある新潟市上所に移転・統合。主調整室(マスター)設備はNEC製。
- 一部の画像・音声送出用に、書き換え可能の光磁気ディスク (MO) が採用される。
- 1993年(平成5年) - ソニー製D-2方式のデジタルVTRを導入、運用開始。
- 1997年(平成9年)10月 - 字幕放送開始。
- 1998年(平成10年)- 終夜放送開始。天気予報フィラーが開始[注 20]。
- 1999年(平成11年)2月7日 - 1973年(昭和48年)以来長年社長職を務めた駒形十吉が死去[16]。
- 2000年(平成12年)1月 - 新潟放送 (BSN) で放送されていたフジテレビの『スーパー競馬』がNSTに移行。
- 2001年(平成13年)
- 2002年(平成14年)4月1日 - CI導入し、現在のロゴマークへ変更(それまでのゴシック体大文字のNSTをSのみZの鏡文字にするなど)。
- 2003年(平成15年)
- 3月 - 現社屋(旧新潟鉄道管理局グラウンド跡)起工式・着工。
- 開局35周年に伴い、自局初のキャラクター「ナシテ君・ドシテちゃん」登場。
- 2004年(平成16年)
- 4月 - 現社屋竣工。
- 10月20日 - 新潟市八千代の現社屋へ移転。午前5時30分から本格運用開始。新しいスタジオ(スタジオSWITCH、面積:100坪)もハイビジョン対応になる。
- 但しこの時点では、ハイビジョンの無線中継設備 (FPU) は未導入。
- アナログ放送のマスター設備 (APC) は東芝製[注 21]。
- 10月23日 - 新社屋移転後の初イベントとして「NSTまつり」を開催(この取材が、同局初のハイビジョン報道取材となる)。また同日の『スマイルスタジアムNST』も特別スペシャルを組む予定だったが、生本番直前の17時56分に新潟県中越地震が発生し[注 22]、災害報道に切り替えられ、NSTまつりも24日は中止となる。なお、地震直後の初期報道が他局に比べ遅れたために、非難の声も上がった[注 23]。以降、「NSTまつり」は現在まで毎年開催されるようになる。
- 2005年(平成17年)
- 2006年(平成18年)
- 2008年(平成20年)
- 5月3日 - JRA新潟開催時に於けるローカル番組『NSTみんなのKEIBA』の新潟ローカル部分がハイビジョン化される[注 28]。
- 6月 - 報道取材・中継用のヘリコプターを導入、運用開始。
- 8月4日 - 開局40周年記念特別番組として、『昭和20年8月1日〜語り継ぐ長岡空襲〜』を午後7時から放送(ハイビジョン、ステレオ制作)[注 29]。放送後、同局の慈善事業としてこの放送をDVDに録画し、長岡市内の様々な学校に寄贈した[注 30]。
- 11月3日 - 翌月の開局40周年に先立ち、同じ翌年の4月1日に開局40周年を迎えるフジ系のNBS長野放送と共同で両局開局40周年特番の共同制作『スマイル・これだね!』をNBSと同時に生放送を行う。これを機に、同局とは毎年11月に同番組の共同制作を行うようになる。
- 11月24日 - 地上デジタル放送でウォーターマークの表示が開始される。
- 2009年(平成21年)
- 1月12日 - アナログ放送でウォーターマークの表示が開始される。
- ハイビジョンSNG・FPU中継システムを自社導入、稼動開始[注 31][注 32]。
- 4月 - 前年の6月に導入した報道・中継用ヘリコプターがハイビジョン対応になる。
- 2010年(平成22年)
- 3月29日 - 新潟総合テレビの呼称を略称の「NST」へ統一。
- 9月6日 - フジテレビ系列以外からのハイビジョン・デジタル・ネット回線の受け入れ態勢が整う[注 33]。
- 2011年(平成23年)
- 2012年(平成24年)
- 4月1日 - フジ・メディア・ホールディングス の持分法適用関連会社になる。
- 4月2日 - 気象システムがリニューアルされる。これに伴い、新潟県内の放送局の気象システムが全局ハイビジョン化がされた。
- 2013年(平成25年)12月16日 - 開局45周年のこの日に、自局のキャラクター「ナシテ君・ドシテちゃん」の顔のデザインが変更される。
- 2014年(平成26年)4月
- 開局50周年に向かい、「Niigata Smile TV」(にいがたスマイルティービー)キャンペーンをスタートする。
- 社員の65歳定年制を、日本の民放史上、初めて導入[21]。
- 2015年(平成27年)3月27日 - この日を以て、テレビ東京の『L4 YOU!』の同時ネットが打ち切り。これに伴い、『レディス4』以来約30年も続いた、テレビ東京の平日16時から45分枠の三越提供枠の同時ネット放送(フジテレビ系のフルネット局としては唯一であった)が終了する[注 34]。
- 2016年(平成28年)4月 - 南魚沼市に、ゆきぐに魚沼支社を開設。
- 2019年(令和元年)
- 10月1日 - 商号を株式会社NST新潟総合テレビに変更[5]。
- 2020年(令和2年)
- 2023年(令和5年)
ネットワークの移り変わり[編集]
チャンネル[編集]
デジタルテレビ放送[編集]
地上波デジタル放送は、NHK新潟放送局、新潟放送と同じ2006年4月1日に本放送を開始。放送を開始する同放送のPRもサイマル試験放送開始前から行っていた。リモコンキーIDはフジテレビジョン(キー局)、関西テレビ放送(準キー局)、沖縄テレビ放送が3局ともにアナログ親局・リモコンキーIDで使われる「8」を使用している。「8」は東海テレビ放送、サガテレビとクロスネット局(テレビ大分・テレビ宮崎)を除くFNN・FNS系列24局で共通となっている。
しかし、同局は2004年にハイビジョン及び地上デジタル放送に対応した新社屋に移転したため、設備がほぼ万全だったので、地上波デジタル放送への移行が他局よりも比較的に楽だった。さらに将来のハイビジョン化をにらみ、新社屋移転後から局のローカル看板番組である『スマイルスタジアムNST』では、早くも一部コーナーでハイビジョンでの取材を始め、更にサイマル試験放送開始後では、直ぐに一部の報道取材をハイビジョン化するなど、ハイビジョン化においては、地上デジタル放送開始以前から、新潟県の民放で最も積極的に取り組んでおり、2007年の時点では、『スマイルスタジアムNST』では取材部分まで全部ハイビジョン化されていた[注 35]。しかし、ローカル番組のハイビジョン中継車を使った生中継では、自社がまだハイビジョン中継車を導入していなかったため、他社よりそれをレンタルするしかなく、まず、地上デジタル放送開始記念番組として新潟ビッグスワンからのJ1リーグ「アルビレックス新潟VS名古屋グランパスエイト」のハイビジョン実況生中継を行ったが、ハイビジョン大型中継車のレンタルであった。しかし翌年、新潟テレビ21が、ローカル番組において、新潟スタジアムからのJ1リーグの生中継や高校野球の新潟県大会の準決勝及び決勝戦をハイビジョン実況生中継で行ったり、地上波デジタルテレビの大幅な普及も手伝い、2008年からは、『NSTみんなのKEIBA』が、フジテレビ等のハイビジョン中継車の貸与と中央競馬の主催・スポンサーでもあるJRAの金銭面でのサポートもあり、当番組のローカル部分が全てハイビジョン化されるようになった[注 36]。
親局、中継局共、リモコンキーIDは8である。
- 親局:19ch JONH-DTV 弥彦送信所(出力:3kW)
- 中継局
- 高田 25ch
- 津南 24ch
- 新井 45ch
- 守門 34ch
- 妙高高原 45ch
- 三川 43ch
- 津川 43ch
- 村上 25ch
- 村松 43ch
- 高柳 38ch
- 津南上郷 24ch
|
- 両津 31ch
- 外海府 24ch
- 関川 45ch
- 青海 20ch
- 小出 28ch
- 相川 30ch
- 湯沢 19ch
- 栃尾 45ch
- 川口 19ch
- 鹿瀬 19ch
|
- 大和 34ch
- 津南田中 19ch
- 六日町 34ch
- 高千 17ch
- 糸魚川大野 18ch
- 糸魚川早川 34ch
- 朝日 34ch
- 府屋 33ch
- 土樽 33ch
- 安塚 32ch
|
- 勝木 20ch
- 小千谷真人 37ch
- 中里 47ch
- 黒川 33ch
- 湯之谷 28ch
- 柿崎 30ch
- 松代 32ch
- 新発田赤谷 40ch
- 越路 39ch
- 鯖石 40ch
|
- 塩沢 45ch
- 新津 37ch
- 牧 45ch
- 下相川 19ch
- 牛野尾谷 46ch
- 関川女川 36ch
- 津南中津 24ch
- 柏崎山口 28ch
- 中郷 48ch
- 宮古木 22ch
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アナログテレビ放送[編集]
2011年7月24日停波時点
- 親局:35ch JONH-TV 弥彦送信所(出力=映像:30kW、音声:7.5kW)
- 中継局
- 高田 33ch
- 相川 58ch
- 小出 43ch
- 津南 57ch
- 松代 43ch
- 高柳 48ch
- 守門 61ch
- 関川 59ch
- 青海 43ch
- 三川 58ch
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- 牧 55ch
- 村上市府屋 43ch
- 村上市勝木 57ch
- 両津 44ch
- 高千 58ch
- 安塚 44ch
- 新井 57ch
- 村松 57ch
- 栃尾 58ch
- 塩沢 58ch
|
- 土樽 54ch
- 越路 57ch
- 新津 42ch
- 村上市村上 40ch
- 川口 44ch
- 大和 58ch
- 黒川 58ch
- 中里 34ch
- 鹿瀬 42ch
- 村上市朝日 43ch
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- 早川 44ch
- 湯沢 44ch
- 糸魚川 33ch
- 津川東 51ch
- 湯之谷 27ch
- 六日町 61ch
- 外海府 27ch
- 下相川 43ch
- 牛野尾谷 57ch
- 川口大島 55ch
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- 妙高高原 24ch
- 津南田中 27ch
- 津南上郷 34ch
- 津南中津 41ch
- 柏崎鯖石 57ch
- 柏崎山口 43ch
- 関川女川 44ch
- 小千谷真人 27ch
- 糸魚川大野 57ch
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アナウンサー[編集]
- ^ 現・新潟市中央区
- ^ 1982年までは、住所名は上所島。
- ^ 2007年6月号の『週刊ダイヤモンド』によると、民放年収ランキングの項目において、NSTは全体から7位を記録するほどであった。
- ^ フジテレビ側の番組編成や駒形自身が高齢(当時93歳)になったためか、1995年元旦では2分30秒となっていた。
- ^ キー局・テレビ朝日やフルネット局を含む各局ともネットスポンサーとローカルスポンサーが混在していた。
- ^ a b 新潟総合テレビ 代表取締役社長
- ^ 越後交通 代表取締役
- ^ 元 衆議院議員(中選挙区制 新潟3区)、元 内閣総理大臣(第64 - 65代)
- ^ a b 新潟総合テレビ 非常勤取締役
- ^ フジテレビジョン 代表取締役会長
- ^ フジテレビジョン 常務取締役
- ^ この日の同番組では、「ジャイアント馬場VSブルート・バーナード」の30分一本勝負がメイン・イベントとして放送された。
- ^ この番組の試合でのメイン・イベントは、「ジャイアント馬場VSブルード・バーナード」であった。
- ^ BSNでは、1日遅れの月曜日午後6時からの放送だった。
- ^ しかし、同じフジテレビの番組でも、『ズバリ!当てましょう』については、スポンサーの松下電器(現・パナソニック)の意向により、放送終了までBSNにて放送されていた。
- ^ ただし、1982年と1983年の2年間は、高校野球新潟県大会はモノラル放送での実施。
- ^ CM用に使われる1インチVTRによる映像・音声をバックに、字幕による予報情報が出る番組構成の場合のみにステレオ放送となる。この方法での天気予報番組のステレオ化は、この時既に、新潟放送、テレビ新潟でも行われていた。ちなみにBSNでは、天気予報のほぼ全時間帯がステレオ放送だった。
- ^ フジテレビと同時放送開始当時から、この番組を放送する一部の放映局は、番組編成の都合上、時差ネットを行っていた。当時に比べれば、現在ではこの番組の時差ネットをする局は少なくなった。また、この番組の新潟での放送開始に伴い、柏崎市に本社のあるブルボンが同番組の全国版CMスポンサーの1社となった経緯がある。
- ^ 同じ日は、福島テレビ(FTV)もネット開始。
- ^ 2015年(平成27年)6月頃に天気予報フィラーから「大好きにいがたふるさと百景」(県内の風景映像)に変更された。内容は季節により異なる。なお、終夜放送は2023年(令和5年)現在も継続。
- ^ 後の地上デジタル放送開始に備え、後にデジタルマスターを増設させてアナログ・デジタル統合型にできる様に設計させている模様である。
- ^ 地震発生時、同局は『NSTスーパーニュース』のローカルニュース枠の放送で、新社屋4階のニューススタジオでフリーアナウンサーの菊野麻子が天気予報を読み終える直前だった
- ^ フジテレビの『ミュージックフェア』がネットされていないこと、18:30 - 19:00枠がローカル枠だったことが影響している。
- ^ この日は、新潟県を含む全国のNHKの地方局13局と、全国の地方民放40局が同時に予備免許を取得した。インプレス社AV Watch 2005年6月9日付記事
- ^ 同時ネットによるハイビジョン放送はフジテレビ系列の番組のみで、テレビ東京の番組で同時ネットをしている『レディス4』についてはハイビジョン化されなかった。同番組は、テレビ東京がこの時点で既にハイビジョン放送をしているにもかかわらず、NST側で同局のハイビジョン・デジタル・ネット回線の受け入れ体制が整っていなかったため、しばらくの間は、アナログ放送用の回線をアップコンバートして4:3の額縁放送の処置をとっていた。ただし同じテレビ東京の番組でも、ビデオ送出の番組についてはこの限りではない。例えば、『いい旅・夢気分』、『開運!なんでも鑑定団』等は、サイマル試験放送開始当初からハイビジョン放送だった。
- ^ デジタル放送開始記念番組として、『はっしん!デジタル2006』(NHK新潟放送局、BSNとの共同制作番組)、シリーズ『ふるさと新潟の童謡(うた)』等のハイビジョン番組が放送された
- ^ この中継時、ハイビジョン中継機材をレンタル使用して生中継放送を行った。しかし、その際のレンタル料金があまりにも高価なため、その後約2年間はローカル番組においてのハイビジョン中継機材のレンタル及び使用は自粛される。
- ^ 新潟競馬場からの中継時のハイビジョン中継車は、スポンサーであるJRAの金銭面でのサポートも手伝い、フジテレビ等(日によっては別のレンタル会社の場合あり)が貸与する
- ^ これにより、いつもレギュラー枠であるフジテレビ同時ネットの『ネプリーグ』は、この回については、4日後の同月8日午後2時より放送された。
- ^ 同番組は放送後に再放送の要望が多数寄せられ、これに答えるべく、同年10月9日の14時05分より再放送された。
- ^ ハイビジョンによる同中継システムの自社導入は、県内民放ではテレビ新潟 (TeNY)、新潟テレビ21に次いで3局目で、FNS系列では最も遅れた。
- ^ 但し、スポーツ中継等の大規模を要するローカルのハイビジョン番組については、引き続きそれ用の中継車等の設備をレンタルして放送を行う。
- ^ これに伴い、平日にテレビ東京から生放送でネットしていた番組『レディス4』が、ハイビジョン画質にて放送開始。
- ^ この改編(2015年(平成27年)3月30日)に伴い、『スーパーニュース』(平日版は2015年(平成27年)3月27日終了)時代はNSTでは実施されていなかった17時台のネットが『みんなのニュース』(2015年(平成27年)3月30日開始)の開始から実施される。
- ^ 但し、取材用のハイビジョンカメラが全部出払っている状況の時もあり、その場合は、標準画質の取材である場合も稀にあったが、現在は勿論、取材も全部ハイビジョンである。
- ^ 時々、フジテレビのハイビジョン中継車が全部出払っている状況やそれをレンタルできる別の会社でもそれが日によってはできない場合もあるために、標準画質の普通中継車を使って放送する日もある。移行初期には福島テレビからその後BSNから中継車を借り受け、NSTのロゴを貼って対応した事もある(当時の雑誌『ラジオライフ』に写真が掲載[どれ?])。
- ^ NSTホームページ内の彼女の自己紹介の一部に記載されている
外部リンク[編集]
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地上波 フルネット局 26局 | |
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地上波 クロスネット局 2局 | |
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BSデジタル | |
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CSチャンネル4 | |
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過去のCSチャンネル | |
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旧加盟局7 | |
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国内支局 | |
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関連新聞・スポーツ新聞・夕刊新聞社9 | |
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関連項目 | |
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脚注
1NNN/NNSとの提携関係あり。 2NNN/NNSとのクロスネット局であるが、NNN・FNNのみの加盟と記述してある資料あり。 3NNN・ANNとのクロスネット局であるが、ANNには報道部門のみの参加。 4加盟局が運営・出資する衛星放送(CSチャンネル)。 5現在のJ SPORTS。フジテレビは2009年9月まで出資。 62009年4月30日で閉局。 7太字はFNN・FNS双方に加盟。細字はFNSのみに加盟。 8旧フジテレビは2008年10月に現フジテレビに放送免許を譲渡(会社分割方式)。 9母体新聞社及び加盟局と友好関係のある新聞社。
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過去
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地上波 フルネット局 28局 (正式なクロスネット局であるFBCを含む) | |
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地上波 クロスネット局(FBCを除く) 2局 | |
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BSデジタル | |
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CSチャンネル4 | |
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旧加盟局6 | |
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国内支局 | |
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未開局の放送局 | |
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関連新聞・スポーツ新聞社10 | |
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関連項目 | |
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脚注
1正式なクロスネット局ながら、NNNフルネット局(NNNのニュース番組は全て同時ネットのため)、ANNには報道部門のみ参加。 2FNN/FNSとのクロスネット局(資料によってはNNN、FNNのみの加盟と記述してあるものもある)。 3FNN/FNS、ANN(報道部門のみ加盟)とのクロスネット局、NNSには非加盟。 4加盟局が運営・出資する衛星放送(CSチャンネル)。2024年現在では日本テレビのみが運営・出資している。 51996年10月1日開局、2000年9月30日閉局。 6太字はNNN・NNS双方に加盟。細字はNNNのみに加盟。 7旧NTVは2012年に現NTVに放送免許を譲渡。 8加盟当時はSKT静岡県民放送。 9CTV開局後はNNSのみダブルクロス。 10母体新聞社及び加盟局と友好関係のある新聞社。
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地上波 フルネット局 24局 | |
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地上波 クロスネット局 2局 | |
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BSデジタル | |
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CSチャンネル3 | |
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旧加盟局 | |
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国内支局 | |
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関連新聞・スポーツ新聞社8 | |
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関連項目 | |
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脚注
1ANNでは報道部門のみの参加。NNNフルネット局(NNNのニュース番組は全て同時ネットしているため)。 2NNN、FNN/FNSとのクロスネット局。ANNでは報道部門のみの参加。 3加盟局が運営・出資する衛星放送(CSチャンネル) 4旧EXは2014年に現EXに放送免許を譲渡。 5旧ABCは2018年に現ABCに放送免許を譲渡。 6一般番組供給部門のみの参加。 7旧KBCは2023年に現KBCに放送免許を譲渡。 8母体新聞社及び加盟局と友好関係のある新聞社。
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