『アイ・サレンダー』 | ||||
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レインボー の スタジオ・アルバム | ||||
リリース | ||||
録音 |
1981年![]() | |||
ジャンル | ハードロック | |||
時間 | ||||
レーベル |
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プロデュース | ロジャー・グローヴァー | |||
専門評論家によるレビュー | ||||
チャート最高順位 | ||||
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レインボー アルバム 年表 | ||||
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ミュージックビデオ | ||||
「I Surrender」 - YouTube 「Spotlight Kid」 - YouTube 「Can't Happen Here」 - YouTube 「Difficult To Cure」 - YouTube |
『アイ・サレンダー』(原題:Difficult to Cure)は、1981年に発表されたレインボーのアルバム。
1980年8月16日にイングランドのドニントン・パークで開催された第1回モンスターズ・オブ・ロックに出演したのを最後に、コージー・パウエル(ドラムス)が脱退。レインボーは後任にボビー・ロンディネリを迎えて[注釈 1][3]、9月からコペンハーゲンにあるスウィート・サイレンス・スタジオで本作の制作に取り掛かった[3]。しかし途中でグラハム・ボネット(ボーカル)が脱退したので、彼等は急遽後任のオーディションを行なってジョー・リン・ターナーを選んだ[3][注釈 2]。ターナーはスタジオに急行して、プロデューサー兼任のロジャー・グローヴァーと共に10日間籠ってボーカルの録音を完了した[注釈 3]。
収録曲の9曲のうち6曲がオリジナル。シングル・カットされた「アイ・サレンダー」はラス・バラードの曲で、前作『ダウン・トゥ・アース』の「シンス・ユー・ビーン・ゴーン」に続いて取り上げられた。「マジック」はブライアン・モーランの曲。「治療不可」はベートーベンの交響曲第9番の第四楽章『歓喜の歌』を編曲したもの。
本作は1981年2月に発表。日本では3月に発売され、8月の日本公演の際、ポリドール・レコードからゴールド・ディスクに認定された[3]。
※ LP盤ではトラック1-5がA面、トラック6-9がB面に収録された。
本作発表に伴ったツアーが終了した後、ドン・エイリー (キーボード)が方向性の相違を理由に脱退した。