![]() 2008年に撮影された事故機 | |
出来事の概要 | |
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日付 | 2016年12月20日 |
概要 | パイロットエラーによる滑走路のオーバーラン、及び油圧の喪失による操縦不能 |
現場 |
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乗客数 | 0 |
乗員数 | 6 |
負傷者数 | 1 |
死者数 | 5 |
生存者数 | 1 |
機種 | ボーイング727-2J0F |
運用者 |
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機体記号 | HK-4544 |
出発地 |
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目的地 |
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アエロスクレ157便墜落事故(Aerosucre Flight 157)は、2016年12月20日、コロンビアのビチャーダ県プエルト・カレーニョで発生した航空事故である。コロンビアの貨物航空会社であるアエロスクレが運用していたボーイング727-200が同県のヘルマン・オラノ空港を離陸した直後に墜落した。
アエロスクレ157便はコロンビアの国内定期貨物便であり、ビチャーダ県プエルト・カレーニョにあるヘルマン・オラノ空港を出発して、首都ボゴタにあるエルドラド国際空港へと向かう予定だった。事故当日は6名の乗員によって運行されていた[1]。
157便は、現地時間14時48分にヘルマン・オラノ空港に到着した。乗組員は20,423ポンド (9,264 kg)の貨物を降ろし、ボゴタへのフライトのために約20,000ポンド (9,100 kg)の新しい貨物が積み込まれた。クルーは滑走路25からの離陸に備えてフラップを30度に設定し、現地時間17時18分に離陸を開始した。
157便は1800メートルの滑走路をすべて使用したが飛び立てず、滑走路をオーバーランしてさらに95メートルを滑走し、周囲のフェンスを掠めた。それでも離陸はしたが、道路を横切り、最終的には小屋と木にも衝突した。この時の衝突で右のメインランディングギアが機体から脱落し、右フラップが損傷。さらには第三エンジン(右エンジン)が停止し、油圧システム1系統も破損した。その後、高度790フィートまで上昇した辺りで右に傾きながら降下し、墜落した[2]。
搭乗していた乗員6人の内、4人の死亡が現場で確認され、2人が救助されたものの、その内の1人も救出直後に死亡した[3][4][5]。
アエロスクレは2006年11月18日にもアマソナス県レティシアの近郊でボーイング727貨物機が墜落事故を起こしており、乗員3名と乗客2名が死亡した。アエロスクレによる死亡事故は今回が二度目となる。
また、コロンビアでは、本事故よりわずか3週間前にラミア航空2933便墜落事故が発生したばかりであり、コロンビアだけでなく世界中でこの事故が大きく報道された。
事故機であるボーイング727-200(機体記号:HK-4544)は、元々はエア・ジャマイカが保有していた機体であり、エア・ジャマイカでは1975年から1997年まで旅客機として使用された後、貨物機として改装された[6]。そして、2008年にアエロスクレがこの機体を取得して運行していた[7]。
事故調査の結果、以下の点が判明した。
・パイロットが離陸速度を間違えて計算していた。(事故機の離陸速度127ノットはフラップが25度の時のものであり、フラップ30度では122ノットで離陸できた。)。[7][8]
・離陸速度が2~3°/秒であるべきところを、パイロットは1°/秒で引き上げた。[7][8]
これらの要因により、機体の離陸滑走距離は 380 m (1,250 フィート) 延びることになり、オーバーランに繋がった。[8]
・航空機の最大許容離陸重量である74.7トン(74,700kg)を1トン上回る離陸重量であった。[7][8]
・地上構造物との衝突後によって主油圧システムが喪失した後、パイロットはスタンバイ油圧システムを作動させなかった。[7][8]
ヘルマン・オラノ空港ではボーイング727-200の乗り入れが認められておらず、運航会社のアエロスクレが何年も違反状態にあったが、コロンビア民間航空局の監督不足により、何年も放置されていたことが判明した。[7][8]