ウォシュレットは、TOTOが販売する温水洗浄便座の商品名である。
1980年6月に発売以来、2020年4月には累計出荷台数が5300万台を突破している[1]。業界で高いシェアを誇り、先行していた伊奈製陶[注 1](現在はLIXILのブランド「INAX」。同社における商標は「シャワートイレ」)や他社製の同種類のものも含め「ウォシュレット」と呼ばれるほど定着しているが、ウォシュレットの名称はTOTOの登録商標(日本第1665963号など)である。なお、途中に「ッ」を挿入して「ウォッシュレット」と表記すると誤記となるので注意。
ウォシュレットという名称は、それまでの「おしりを拭く」というトイレ文化に代わり「おしりを洗う」ことを普及させたいという思いから「Let's Wash (さあ、おしりを洗いましょう)」を逆にして「WASHLET」と名付けられた[1]。
TOTOは1960年代に米国からの輸入によって温水洗浄便座(ウォッシュエアシート)の販売を行っていた。主に病院向けに医療用や福祉施設用に導入されていたものである[3][4]。1969年には輸入元のアメリカン・ビデ社から製造ライセンスを取得。その後国産化したが当時は販売価格も高く、且つ温水の温度が安定しないために火傷を負う利用者もいた。作家の遠藤周作からも「一度しか使わない。こんなもの。」という論評を書かれるなどしており、1970年代には便器の広告など以ての外と、雑誌や新聞での広告掲載を拒否されたというエピソードも残っている[3]。だが、1970年台後半からはウォシュエアシートの便利さが浸透し、販売が急伸した。
TOTOは独自に研究開発を進め、清潔好きな土壌を持つ日本での普及が見込めることなどから、1980年に2機種の設定によって発売を開始した。特に肛門位置の数値データは存在していなかったので、社員などの協力を得て社員男女300人以上のデータを収集し、噴出位置を設計するという工夫をこらした。
また、ウォッシュエアシートではバイメタルという機械接点を使用しており、バイメタルは細やかな温度制御ができない点や、一度スイッチが切れると戻りが遅いという難点から温水の温度が安定しなかった。そこで、温度制御システムの開発を担当していた重松は細やかな温度制御ができるICを使おうと思い立つが、当時は水を使う炊飯器の家電などにもICを使用した実績はなく、家電メーカーからは無理だと言われた。さらにトイレでは塩分を含んだ尿が便座にかかり、漏電する可能性がある為、開発がストップしてしまった。そんな中、重松は梅雨時の通勤中、信号機に目が留まる。信号機は大雨の中でも正確に点灯するものだ という考えからであった。信号機の国内製造大手であった小糸製作所は、基盤を特殊樹脂でコーティングする技術を持っていた。小糸製作所側も小糸の技術が広まるなら と協力を申し出、コーティングした基盤を東洋陶器へ納入した。さらに重松は基盤格納部を強化プラスチックで覆い、万全の漏電対策を敷いた。その後の実験では通電中に尿に見立てた液体をかけても壊れることはなく、成功を納め、販売に漕ぎ着けた。
苦労して販売にこぎつけたウォシュレットであったが、発売して3か月後、営業部にじわじわと苦情の電話が入るようになる。内容は、「突然水が出るようになってからお湯が出ない」というもので、返品されてきたウォシュレットを分解し、原因を探った。原因は初期ロットの温水タンクに使用していた細い電熱線であった。制御に使用したICから、1日に1500回ものON OFFの信号が出され、それによる金属疲労で電熱線が断線していた。原因が特定されたころには苦情の嵐となっており、本社の廊下には返品されたウォシュレットの山ができていたという。その後、電熱線を改良し、購入者1件1件の家を地道に回り、「とんだインチキ商品だ。」との罵声も浴びせられたが、何とか全数を交換した。
温水貯蔵式でおしり洗浄の他、乾燥と「ウォームレット」の機能である暖房便座機能を持つ「Gシリーズ」(Gはゴージャスの意)と水を瞬間式で温水にし、おしり洗浄と暖房便座機能に絞った「Sシリーズ」(Sはスタンダードの意)の2種類があり[3]。基本モデルは「Gシリーズ」(2009年4月以降は「アプリコットシリーズ」)・「Sシリーズ」の2種類でこれにコンパクトシリーズ(Cαシリーズ等)が1993年以降追加されるようになった。また便器の大きさによってレギュラー(普通)サイズとエロンゲート(大形)が用意されていたが、2012年2月以降はホテル用など一部商品を除き大形普通共用便座になった(暖房便座の2012年以降に発売されたウォームレットも含む。共用便座は旧公団用のC417便器には取り付け不可(C417R便器は取付可能)。(いずれも普通サイズは取付可能だった。) また、アプリコットFの2012年2月以後モデル・袖付きタイプはCS510BM便器には取付不可となっている[5]。
以後、全てのラインナップで着座センサーを導入した(それまでは着座していなくても温水が噴出した)。ふたの自動開閉や便器洗浄、さらには消臭、脱臭、芳香の機能の搭載にも成功した。ウォシュレットを装備した一体形便器(「ネオレスト」や「GG」など)の登場、また住宅用に限らず公共施設やオフィス、ホテル用のラインナップも整備された。
抗菌・防汚にも配慮がなされノズル部分は、肛門から跳ね返ってきた温水が周囲に掛からないような角度(おしりは43度[6]、ビデは53度[6])に設定されているが、その他の、やわらか、おしりソフト、ワイドビデは、広範囲を洗浄する為、角度を設定していない[6]。また、格納時やおしり洗浄前にノズルを温水で洗浄する機能も付属していて、おしり洗浄とビデ洗浄では吐水する配管も変えられている。他にも、省エネルギーにも配慮して節電機能を設けたほか、操作部も一部機種では壁付けの別体リモコンの採用で使いやすくするなどの改良が加えられている。また2005年10月には音楽のMP3再生機能が備わったウォシュレットが発売されるなど、多機能化が進んでいる。このようなトイレの多機能化は、日本独特のものであり日本の水の安全性の高さや日本の水は軟水であるためなどの理由で、世界的にはこのような便座はまだ普及しているとは言えない。マドンナが2005年に来日した時、「日本の暖かい便座が懐かしかった」とコメントしている。中国・香港・台湾・韓国・ベトナム・シンガポール・インド・アラブ首長国連邦などの中東地域・アメリカ・カナダでも販売されている[注 2]。
また、顧客の要望により変種として1996年3月に和式便器用の機種「ウォシュレットW」(Wは和式のわ、を意味する)も発売されていた[7]。しかし、和風便器では温水が命中しないなどで使用しにくいことや洋風便器への移行が進んだことから普及せずに2003年3月に生産が終わった[7]。一方で、旅行先などで使用できる携帯タイプは現在も発売されている。
1998年には累計販売台数1000万台を突破した[8]がこの頃から多くの便器で装備するようになり、以後7年で倍の2000万台に達した。他社製品も含めれば、普及率は6割程度まで伸び、新規に建設されるオフィスビルでも標準的に取り付けられるようになっている。
ウォームレットとウォシュレットでは説明書や便座の開閉ふたに便座や乾燥使用中は火傷への注意が記載されている。一部機種では清掃時の利便性を向上するために便ふた・便座または本体ごと外れる機能が搭載されているものもある。
1980年に発売され、18年後の1998年に国内・海外市場合わせて1000万台突破[8]。その7年後の2005年に2000万台突破[8]。さらに2011年には3000万台[8]、2015年には4000万台[12]、2019年には5000万台[8]を突破した。なお、ウォシュレットに限らず国内温水洗浄便座市場全体での家庭での普及率は総世帯で73%、二人以上の世帯で80.2%(2020年3月時点)[18]。