ウクライナ手話

ウクライナ手話
Українська жестова мова
Ukrayinska Zhestova Mova
使われる国 ウクライナ
使用者数
言語系統
言語コード
ISO 639-3 ukl
Glottolog ukra1235[1]
テンプレートを表示

ウクライナの手話 (:Українська жестова мова (УЖМ), :Ukrainian Sign Language (USL))とはウクライナろう者コミュニティの間で用いられている手話である[2]。ウクライナ手話はフランス手話語族に分類されている[要出典]。ウクライナ手話の世界的な認知度は、2014年に公開されたウクライナ映画ザ・トライブ』によって急激に高まった。この作品は全編にウクライナ手話が使用されている[3][4][5][6][7][8]

歴史と教育

[編集]

ウクライナ手話の教育は1800年代初頭に始まり、ウクライナではいくつかのウィーンろう学校の分校が開設された[9]。具体的には1805年ロマニウ英語版にあるヴォルィーニろう学校が[9][10]1830年にはリヴィウハリチナろう学校が[9][11]、そして数年後の1843年にはオデッサのオデッサろう学校が設立された[9][10]

ソ連によるウクライナ占領時、ウクライナ手話の教育の発展は大幅に停滞した。これは、1950年ヨシフ・スターリンが発表した論文『マルクス主義と言語学の問題英語版』で手話に対して否定的な評価を下されたことによってソ連の教育制度においてウクライナ手話の使用が禁止されたためである[12]。この論文でスターリンは、聴覚障害者を『異常な人間』と呼び、手話を『言語ではなく、代用品に過ぎない』と表現した[13][14]

ウクライナでろう教育にウクライナ手話が再導入されたのは2006年になってからのことであった[15]2015年1月1日時点で、ウクライナには聴覚障害児を対象とした幼稚園が39園あり、6歳以下の子どもたちに教育を行っていた。また、6歳から18歳までの聴覚障害児を対象とした専門の中等学校が61校あり[16]、これには日中の学校と寄宿学校の両方が含まれる。しかし、ほとんどの学校ではウクライナ語の音声コミュニケーションを重視し、ウクライナ手話の使用は奨励されてなかった[16]

2006年から2016年にかけて、ウクライナ手話の教科書や研究論文を発行し[17]、教育方法を統制する機関はウクライナ国立教育科学アカデミー英語版ウクライナ語版特殊教育研究所の手話研究室だった[18]。この研究室は2006年に設立され[19][20]、2016年に同研究所の手話学科へ改編された[21]

2022年2月のロシアのウクライナ侵攻以来、ウクライナろう者協会英語版ウクライナ語版の専門委員会は、ウクライナ手話と指文字ロシア化を解消するための取り組みを行っている。ソ連時代に強制的に導入されたロシア語的要素やロシアの影響を排除し、歴史的な手話の再構築や新しい手話・指文字の開発、国際的なジェスチャーの採用が進められている[22]

非政府組織(NGO)の活動

[編集]

ウクライナろう者協会(宇:Українське товариство глухих, УТОГ, UTOG)は1933年に設立され、1957年以降、世界ろう連盟(WFD)の常任理事団体であり、WFD東ヨーロッパ・中央アジア地域事務局のメンバーでもある。ウクライナろう者協会(UTOГ)は、聴覚障害者や難聴者に対し、労働的・経済的・社会的リハビリテーションの支援、権利の保護、そして社会の一市民としての自己確立を目的とした組織である。ロシアが一時的に占領しているウクライナ東部およびクリミア地域の聴覚障害者を除いて、2015年1月1日時点で、ウクライナ国籍を有する聴覚障害者は43,108人、そのうち38,746人(約90%)がUTOГのメンバーである[16]

ウクライナ手話に関する研究

[編集]

Ukrainian Sign Language Project (ウクライナ手話プロジェクト)

[編集]

2007年アルバータ大学の西カナダろう教育研究センターは、ウクライナ手話プロジェクトを設立した[12]。このプロジェクトは、デブラ・ラッセル博士の指導の下、ウクライナにおける聴覚障害児の教育言語としてウクライナ手話の認知を支援することを目的としている。その成果として、ウクライナ手話の記録、教員教育および聴覚障害児の保護者向けのウクライナ手話教育カリキュラムの作成、通訳者養成の制度化、そして聴覚障害者の教員のトレーニングの改善が見込まれた[23]

比較言語学的研究

[編集]

2005年のある研究では、ウクライナ手話、ロシア手話英語版ロシア語版モルドバ手話の間に何らかの関係があると示唆されているが、同一の言語か異なる言語かについての決定的な証拠は提示されていない。東欧の手話を調査した2005年の研究によると、ウクライナ手話の語彙はロシア手話やモルドバ手話の語彙と約70%の類似性があった。これら3つの手話は、『同一国の言語内で見られるレベルに匹敵するが、アメリカ手話内で見られるほどの高い類似性ではない』と指摘され[24]、著者は『これらの国々をさらに調査し、異なる方言なのか、あるいは密接に関連する異なる言語なのかを解明する必要がある』と勧告した[25]。また今後のより詳細な研究では、単なる語彙の比較に依存するのではなく、相互理解度のテストなど、より精密な測定方法を用いるべきだとも述べている[24]。この研究結果を不適切に解釈することへの警鐘が鳴らされており、『この種の予備的な調査は、異なる言語の関連性や同一性について決定的な結論を提供することを意図していない』とし、上記のさまざまな留意点に加え、『語彙の類似性は言語を比較する際の一側面に過ぎない。文法構造やその他の違いも同様に重要であり、語彙が非常に似ていても、その他の違いが十分に大きければ、意思疎通が困難になることもある』と強調している[26]

chart of letters in the Ukrainian manual alphabet, with Ukrainian Cyrillic script equivalents
ウクライナ手話の指文字

指文字

[編集]

ウクライナ手話では、片手で表現する指文字を使用しており、これは古フランス手話英語版に基づいているが、ウクライナ語の単語を綴れるように最適化されている。またウクライナ手話アルファベット(Ukrainian manual alphabet)と呼ばれ、33の文字があり、ウクライナ手話の23の手形を用いて表現される。そのため、一部の文字は手形を共有している。例えば、ГとҐの文字は同じ手形を使いますが、片方は親指が静止し、もう片方は親指が上下に動くことで区別されている。

ウクライナ手話では、他の手話と同様に指文字はウクライナ語のアルファベットから借用されている。指文字は固有名詞やウクライナ手話に対応する語がない専門用語、ウクライナ語の長い単語の略語、一部の日常的なウクライナ語の単語を表現するのに使われる。また、強調するために手話の代わりに指文字が使われることもある。また一般的な誤解として、ウクライナ手話は指文字だけで構成されているというものがある。指文字だけを使ったコミュニケーションは存在するが、それはウクライナ手話ではない。

映画での使用

[編集]

関連項目

[編集]

参考文献

[編集]
  • Bickford, J. Albert (2005). The Signed Languages of Eastern Europe (PDF). SIL International,ノースダコタ大学. p. 45. オリジナル (PDF)より2014年12月22日アーカイブ.2024年9月22日閲覧.
  • Lukyanova, S. P. (2001). Деякі аспекти розвитку нечуючих / Some issues in the development of nonhearing persons. Proceedings of the First Ukrainian Conference on the History of Deaf Education in Ukraine (pp. 216–218). キーウ:UTOG
  • Russell, D. (2008). Ukrainian signed language: Bridging research and educational practice. Proceedings of the 2nd International Scientific Conference: The Ukrainian Diaspora in the Global Context Lʹviv. 2008. 277 pp. (p. 258 – 259).[27]
  • Kobel, Ihor (2009). Ukrainian hearing parents and their deaf children (doctoral dissertation). エドモントン: アルバータ大学. p. 233. Archived オリジナルより2016年2月25日アーカイブ.2024年9月22日閲覧.
  • Kulbida, S. V. (2009) "Ukrainian sign language as a natural notation system." scientific journal «Sign language and modern»: К.: Pedagogicha dumka (2009): 218–239.
  • Krivonos, Yu G., et al. (2009) "Information technology for Ukrainian sign language simulation." Artificial Intelligence 3 (2009): 186–198.
  • Davydov, M. V., I. V. Nikolski, and V. V. Pasichnyk. (2010) "Real-time Ukrainian sign language recognition system." Intelligent Computing and Intelligent Systems (ICIS), 2010 IEEE International Conference on. Vol. 1. IEEE, 2010.
  • Davydov, M. V., et al. (2013) "Providing Feedback in Ukrainian Sign Language Tutoring Software." Rough Sets and Intelligent Systems-Professor Zdzisław Pawlak in Memoriam. Springer Berlin Heidelberg, 2013. 241–261.

脚注

[編集]
  1. ^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “Ukrainian Sign Language”. Glottolog 2.7. Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History. http://glottolog.org/resource/languoid/id/ukra1235 
  2. ^ Ukrainian Sign Language[リンク切れ] - エスノローグ
  3. ^ Deaf Actors Excel in Emotive Silent Movie - The Tribe[リンク切れ] - SLFirst Deaf Magazine
  4. ^ Interview: Myroslav Slaboshpytskiy”. Film Comment (2024年9月21日). 2024年9月21日閲覧。
  5. ^ Louisiana International Film Festival releases full lineup for 2015: See the schedule[リンク切れ] - Nola.com
  6. ^ The Tribe' Is the Best Ukrainian Sign Language Movie So Far This Year[リンク切れ] - Vice
  7. ^ The Tribe – Ukrainian Sign Language Film Winning Praises[リンク切れ] - Ukie Daily
  8. ^ All Sign Language, No Subtitles: Behind the Ukrainian Thriller That’s Changing How We Experience Cinema”. Yes Magazine. 2024年9月21日閲覧。
  9. ^ a b c d Кульбіда Світлана Вікторівна. Теоретико-методичні засади використання жестової мови у навчанні нечуючих. Автореферат дисертації на здобуття наукового ступеня доктора педагогічних наук. Київ – 2010. Інститут спеціальної педагогіки Національна академія педагогічних наук України, ст. 10”. Institute of Special Education of the National Academy of Educational Sciences of Ukraine. 2016年2月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月21日閲覧。
  10. ^ a b Тищенко О. Кульбіда С. Українська жестова мова глухих як об'єкт лексикографічної параметризації, Інститут української мови Національної академії наук України, Київ, 2005 / Tyshchenko O. Kylbida S. Ukrainian sign language as an object of lexical parametrization. Institute for the Ukrainian Language of the National Academy of Sciences of Ukraine. Kyiv, 2005
  11. ^ Ukrainian Catholic University reaches out to the deaf” (PDF). The Ukrainian Weekly (2010年8月1日). 2024年9月21日閲覧。
  12. ^ a b University leads study of Ukrainian Sign Language”. アルバータ大学,Express News. 2007年10月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月22日閲覧。
  13. ^ І. Кобель. Українська глуха дитина в чуючій родині, 18.09.2010 / I. Kobel. Ukrainian deaf child in a non-deaf family 18.09.2010”. アルバータ大学,Express News. 2016年2月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月22日閲覧。
  14. ^ “Parental Insights: A survey of the challenges of raising young children with hearing”. International Journal of Disability (Community & Rehabilitation) 14 (1). 
  15. ^ Kobel, Ihor. "Raising a Deaf Child in a Hearing Family in Ukraine." 232 p. (2014); 106, 155-156 pp[リンク切れ] - Lambert Academic Publishing, ISBN 978-3659577727
  16. ^ a b c Alternative Answers to the List of Issues for Ukraine. Prepared by the Ukrainian Society of the Deaf- UN Human Rights - Office of the High Commissioner.2024.9.22閲覧.
  17. ^ Здобутки Лабораторії жестової мови / Accomplishments of the Laboratory of sign languages.2024年9月22日閲覧.
  18. ^ Institute of Special Education of National Academy of Educational Sciences of Ukraine- Sign Language Research Laboratory.2024年9月22日閲覧.
  19. ^ Лабораторія жестової мови - Інститут спеціальної педагогіки Національної академії педагогічних наук України / Laboratory of sign language at the Institute of Special Education of National Academy of Educational Sciences of Ukraine.2024.9.22閲覧.
  20. ^ The Steps Ukrainian Science in the Study and Popularization the Ukrainian Sign Language// Svitlana Kulbida. Issues of upbringing and teaching in the context ofmodern conditions of objective complication of the person’s social adaptation processes. Peer-reviewed materials digest (collective monograph) published following the results of the CXXXVIII International Research and Practice Conferenceand I stage of the Championship in Psychology and Educational sciences (ロンドン,2月9日 - 2017年2月15日). pp 26–28
  21. ^ Лабораторії жестової мови — 10 років // Наше життя.2024.9.22閲覧.
  22. ^ ‘Flicking’ away Russia: Ukrainians de-Russify sign language.Kyiv Independent.2024.9.22閲覧.
  23. ^ Ukrainian Sign Language Project.アルバータ大学,David Peikoff.2024.9.22閲覧.
  24. ^ a b Bickford 2005, p. 33.
  25. ^ Bickford 2005, p. 29.
  26. ^ Bickford 2005, p. 32.
  27. ^ Diaspora as a factor in strengthening the Ukrainian State within the international community. The Ukrainian diaspora in the global context. Summary of the Reports. International Institute of education, culture and relations with the diaspora at the NU "Lviv Polytechnic".2008. ISBN 966-553-512-9.2024.9.22.閲覧.

外部リンク

[編集]