UO2 2+ の球棒モデル 。
U-O 結合次数 が3と表されるウラニルイオン。
ウラニルイオン (英 : uranyl ion ) は、化学式 が UO2 2+ と表されるウラン のオキシカチオン で、ウランの酸化数 は+6である。ウランと酸素 の間に多重結合 性があることを示す短い U-O 結合をもち、直線形 構造をとる。4つまたはそれ以上のエカトリアル 配位子 がウラニルイオンに結合する。特に酸素ドナー原子 をもつ配位子と多くの錯体 を形成する。ウラニルイオンの錯体は、鉱石からのウランの抽出、そして核燃料再処理 において重要である。
構造と結合 [ 編集 ]
f
z
3
{\displaystyle f_{z^{3}}}
軌道
ウラニルイオンは直線形の対称的な構造で、U-O 結合長 はそれぞれ約180 pm である。この短い結合長はウラン原子と酸素原子の間に多重結合性があることを示している。ウラン(VI)はラドン と同じ電子配置 をもつため、U-O 結合を形成するために使われる電子 は酸素原子から供給される。電子はウラン原子の空の原子軌道 に供与される。最もエネルギーの低い空軌道は7s、5f、6d軌道である。原子価結合法 において、σ結合 は
d
z
2
{\displaystyle d_{z^{2}}}
軌道と
f
z
3
{\displaystyle f_{z^{3}}}
軌道を使ってつくられるsd、sf、df混成軌道 によって形成されると考えられる。結合に使われたd軌道 またはf軌道 は二重縮重 しているため、U-O 結合次数は全体として3である[1] 。
ウラニルイオンは常に他の配位子と結合している。最もよく見られるのは、O-U-O 結合と直交する平面に存在する配位子、いわゆるエカトリアル 配位子がウラン原子を通して結合する配置である。配位子4つでは、UO2 Cl4 2- のように歪んだ八面体形 構造をとっている。多くの場合は4つ以上のエカトリアル配位子を伴う。エカトリアル配位子の存在は、ウラニルイオンの対称性 を直線形の孤立イオンの点群 D∞h から、例えば歪んだ八面体の点群 D4h にまで下げる。これは、U-O 結合においてウランと酸素が使っていないd軌道やf軌道の関与を認める。
フッ化ウラニル UO2 F2 において、ウラン原子はウラニルイオンの2つの酸素原子と、ウラニル間を架橋 する6つのフッ化物 イオンとで層状構造を形成することによって、配位数8となっている。層間が共有酸素原子で結ばれていることを除いて、類似した構造がフッ化ウラニルのフッ化物イオンを酸素で置換したα-三酸化ウラン で見られる。これは比較的短い U-O 結合をもっていることによって判断される。また、構造中に孤立したウラニルイオンを含まないが、ウラン酸カルシウム の CaO4 単位でも同様の構造が見られる。このことから、ウラン酸カルシウムは Ca(UO2 )O2 と表されることもある[2] 。
分光法 [ 編集 ]
ウラニル化合物の色は、可視光スペクトル の青色端420 nm 付近の LMCT 電荷移動遷移 に起因している[3] [4] 。吸収バンドと NEXAFS バンドの正確な位置は、エカトリアル配位子の性質に依存する[5] 。ウラニルイオンを含む化合物は通常黄色であるが、いくつかの化合物は赤色、緑色、またはオレンジ色である。
ウラニル化合物は蛍光 を発する。ウランガラス の緑色蛍光の最初の研究は、1849年 のディヴィッド・ブリュースター [6] によるウラニルイオンの分光学における広範な研究に端を発する。このスペクトルについての詳細な理解は130年後に得られた[7] 。K2 UO2 (SO4 )2 からの蛍光は放射能 の発見に寄与した。
ウラニルイオンは、880 cm−1 (ラマンスペクトル )と950 cm−1 (赤外吸収スペクトル )の位置で特有の v U-O 伸縮振動をもっている。これらの波数は、いくらかエカトリアル配位子の種類によって異なる。伸縮振動数と U-O 結合長の間には相関が見られる。また、分光化学系列 におけるエカトリアル配位子の位置にも相関することが発見された[8] 。
水溶液の化学 [ 編集 ]
ウラン(VI)の加水分解 における pH と各イオンの存在度の関係。
ウラニルイオンは、高度に帯電した仮想的な U6+ イオンの加水分解 による最終生成物とみなすことができる。
[
U
(
H
2
O
)
n
]
6
+
⟶
[
UO
2
(
H
2
O
)
4
]
2
+
+
4
H
+
+
n
−
4
H
2
O
{\displaystyle {\ce {[U(H2O){\mathit {n}}]^{6+}->\ [UO2(H2O)4]^{2+}\ +4H^{+}\ +{\mathit {n}}-4H2O}}}
この仮想的な反応の推進力は、ウラン原子上の電荷密度の減少による。水溶液 中ではウラニルイオンと結合している水 分子の数は4である[9] 。1つ以上のエカトリアル位の水分子が水酸化物イオン になるとき、電荷密度がさらに減少することによって加水分解が促進される。実際、ウラニルイオンのアクア錯体は弱酸 である。
[
UO
2
(
H
2
O
)
4
]
2
+
↽
−
−
⇀
[
UO
2
(
H
2
O
)
3
(
OH
)
]
+
+
H
+
{\displaystyle {\ce {[UO2(H2O)4]^{2+}<=> \ [UO2(H2O)3(OH)]^+\ + H^+}}}
; pK a = ca. 4.2[10]
pH が増加すると、水酸化ウラニル UO2 (OH)2 が沈殿する前に、化学量論 のポリマー種
[
(
UO
2
)
2
(
OH
)
2
]
2
+
{\displaystyle {\ce {[(UO2)2(OH)2]^{2+}}}}
と
[
(
UO
2
)
3
(
OH
)
5
]
+
{\displaystyle {\ce {[(UO2)3(OH)5]^+}}}
が形成される。水酸化ウラニルは強塩基性溶液に溶け、ウラニルイオンのヒドロキシド錯体を与える。
ウラニルイオンは、金属亜鉛 のような穏やかな還元剤 によって酸化数+4まで還元することができる。ジョーンズ還元器 を用いることでウラン(III)に還元可能である。
ウラン(VI)の炭酸・ヒドロキシド錯体における pH と各イオンの存在度の関係。
ウラニルイオンは硬い アクセプターとして振る舞い、水酸化物イオン 、炭酸イオン 、硝酸イオン 、硫酸イオン 、カルボン酸イオン のような酸化物イオン またはフッ化物イオン ドナー配位子より、窒素ドナー配位子と弱い錯体を形成する。エカトリアル位には4〜6つのドナー原子が存在する。例えば硝酸ウラニル [UO2 (NO3 )2 ]•2H2 O では、エカトリアル平面内に二座 ニトラト配位子からの4つと水分子からの2つ、合計6つのドナー原子がある。この構造は六角両錐 であると表される。他の酸素ドナー原子にはホスフィンオキシド やリン酸エステル がある[11] 。
UO2 (NO3 )2 •2(triethylphosphate)
硝酸ウラニルは水溶液からジエチルエーテル 中に抽出 することができる。抽出された錯体は電荷をもたず、ウラニルイオンと結合した2つのニトラト配位子をもっている。水分子はエーテル配位子と置換され、錯体全体に顕著な疎水性 を与える。電気的中性であることは、錯体を有機溶媒 に溶かすための最も重要な要因である。硝酸イオンは、遷移金属 イオンやランタノイド イオンよりもずっと強固なウラニル錯体を形成する。このため、ウラニルイオンとプルトニルイオン PuO2 2+ のような他のアクチニルイオンのみを他のイオンを含む混合物から抽出することができる。水溶液中でウラニルイオンと結合している水分子を代わりの疎水性配位子で置換することは、電気的中性な錯体の有機溶媒に対する可溶性を増加させる。これはシナジー作用と呼ばれる[12] 。
水溶液中のウラニルイオン錯体は、鉱石からのウランの抽出においても、そして核燃料の再処理においてもともに重要である。工業的には硝酸ウラニルの抽出は、好ましい代替配位子にリン酸トリブチル (TBP)、有機溶媒にケロシン を用いて行われる。このプロセスの後、これを硝酸 で処理することによって有機溶媒から分離される。ウランは水相においてより溶解度の高い [UO2 (NO3 )4 ]2- のような錯体を形成する。この溶液を蒸発させることによって硝酸ウラニルが再生される[11] 。
ウラニルイオンは、ウランに富んだ鉱物の割れ目で起こる水-岩石相互作用により生じる鉱脈から産出する。ツヤムン石 (Ca(UO2 )2 V2 O8 •8H2 O)、燐灰ウラン石 (Ca(UO2 )2 (PO4 )2 •8-12H2 O)、燐銅ウラン石 (Cu(UO2 )2 (PO4 )•8-12H2 O)、ウラノフェン石 (H3 O)2 Ca (UO2 )2 (SiO4 )•3H2 O) などがウラニルイオンを含む鉱物の例である。大半のウランはピッチブレンド から抽出されるため、これらの鉱物はほとんど商業価値を有さない。
ウラニル塩は、DNA の電子顕微鏡 による研究でサンプルを染色するために用いられる[13] 。
健康と環境問題 [ 編集 ]
ウラニル塩は有毒で、重篤な腎不全 や急性尿細管壊死 を起こすことがある。腎臓 、肝臓 、肺 、脳 に損傷を与える[14] 。始原生殖細胞 [15] を含む組織におけるウラニルイオンの蓄積は先天性疾患を引き起こし、白血球 に免疫機能障害 を起こす。ウラニル塩は神経毒 でもある。ウラニルイオンによる汚染は劣化ウラン の目標とその周辺で見られた[16] 。
すべてのウラン化合物は放射性 である。しかし原子力産業 では、ウランは通常劣化ウラン の形をとる。劣化ウランは主に4.468(3) × 109 年の半減期 でα崩壊 する 238 U からなる。これは弱いα線源であるため、この放射能は直接接触するか、もしくは摂取した場合のみ有害である。
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