『カササギ殺人事件』(カササギさつじんじけん、原題:Magpie Murders)は、2016年に刊行されたイギリスの小説家アンソニー・ホロヴィッツの推理小説。ミステリー作家の殺人事件に焦点を当て、劇中劇の形式をとっている。スーザン・ライランド・シリーズの第1作である[注 1]。
このミステリーがすごい!、週刊文春ミステリーベスト10、本格ミステリ・ベスト10、ミステリが読みたい! の各海外部門4冠の達成[1]や、2019年本屋大賞翻訳小説部門第1位[2]など、高く評価されている(#ランキング参照)。
本作は、名探偵アティカス・ピュントがイギリスの片田舎の屋敷で起こった変死事件とそれに続く殺人事件を解き明かすまでを描く上巻と、アティカス・ピュントシリーズの作者アラン・コンウェイの新作『カササギ殺人事件』の失われた結末と作者の自殺に疑惑を抱いた女性編集者が自ら謎を解き明かそうと推理を繰り広げる下巻の2部構成となっている。
上巻の章題は「一羽なら悲しみ、二羽なら喜び。三羽なら娘、四羽なら息子。五羽なら銀で、六羽なら金。七羽ならそれは、明かされたことのない秘密」というカササギの数え唄になぞらえて「第一部 悲しみ」「第二部 喜び(ジョイ)」「第三部 娘」「第四部 息子」「第五部 銀」「第六部 金」となっており、「第七部 明かされたことのない秘密」が欠落したまま下巻に入る。
作者は、これまで誰もやったことがないことに挑みたかった、そのため本作は構想が浮かんでから執筆するまでに15年かかったと述べている[3]。また、作者はエルキュール・ポアロシリーズを映像化した『名探偵ポワロ』の脚本家として腕を振るってきた経歴がある[3]。その作者による本作は、アガサ・クリスティへのオマージュ作品でもある(#アガサ・クリスティへのオマージュ参照)。
1955年7月、サマセット州の片田舎にあるパイ屋敷の家政婦、メアリ・ブラキストンの葬儀がしめやかに執り行われた。彼女は鍵のかかった屋敷の階段から落ちて死んでいるところを、屋敷の庭園管理人であるネヴィル・ブレントによって発見された。不慮の事故死として処理されたが、その3日前、彼女は息子のロバートとパブの前で口論し、ロバートが「おふくろなんか、ぽっくり死んでくれたらありがたいのにな」と言い放ったことから、ロバートが彼女を殺したのではないかと、村中で噂されていた。その噂を苦にしたロバートの婚約者、ジョイ・サンダーリングは、名探偵アティカス・ピュントに助けを求めるが、事件でなければアティカスは自分にできることはない何もないと断る。ところが、数日後、パイ屋敷の主人であるサー・マグナス・パイが、玄関ホールで鎧の剣で首をはねられて死んでいるのが発見された。同じ屋敷内で起きた連続死に、アティカスは偶然ではないと感じ、捜査を始める。
最初の死者であるメアリ・ブラキストンは、村中の人々の秘密やゴシップを収集して日記帳に書き記しており、彼女の死に胸をなでおろした者が少なからずいることが分かった。また、第2の死者であるマグナス・パイは、死んだメアリ以外からは誰からも好かれておらず、彼の死によって遺産相続する妻のフランシス、双子であるのに屋敷を追い出された妹のクラリッサ、マグナスに馘首を言い渡された庭園管理人のブレント、屋敷と牧師館の間の森を売り払って住宅地にしようとしていたマグナスに憤っていた牧師など、誰もが怪しく思えた。
しかし、メアリの葬儀に密かに訪れてひっそりと立ち去った人物、かつての夫であるマシュー・ブラキストンから、幼くして死んだメアリの次男のトムが飼っていた犬が何者かに殺されていたことや、トムが溺死した経緯を聞いたアティカスは、助手兼秘書のジェイムズ・フレイザーに、ついに真相に到達したこと、誰がメアリを殺したかを告げる。(以上、上巻)
アティカス・ピュントシリーズの作者アラン・コンウェイの新作『カササギ殺人事件』の原稿を読んでいた《クローヴァーリーフ・ブックス》の編集者スーザン・ライランドは、そこから先の原稿がないことに困惑する。その後もたらされたアラン・コンウェイの自殺のニュースと、出版社の社長チャールズ宛に届いたアラン直筆の遺書。アランは不治の病で医者から死を宣告されていたらしい。
『カササギ殺人事件』の失われた結末部分の原稿を探し回るスーザンは、やがてアランの自殺に疑惑を抱くようになる。 (以上、下巻)
舞台は1955年の英国の片田舎(サクスビー・オン・エイヴォン村)[4]。
舞台は現代英国のロンドンとその周辺[5]。
本書には随所にクリスティ作品へのオマージュが見られ[3]、以下に例を挙げる。
上巻に登場する名探偵アティカス・ピュントは几帳面そうな小柄な男で、第一次世界大戦を生き延びてドイツからの難民としてイギリスに渡って来る前は、ドイツでは警察官として、イギリスでは私立探偵として数えきれないほどの事件で警察に協力してきたという、エルキュール・ポアロを彷彿とさせる設定である。
アティカス・ピュントシリーズの作者、アラン・コンウェイの仕事部屋にはクリスティ全集が置かれている。
下巻には『葬儀を終えて』と同名の章がある。また、下巻の「作家の孫」の章では、アガサ・クリスティの実在の孫、マシュー・プリチャードが登場し[注 2]、スーザン・ライランドと『七つの時計』に登場する組織の名前と同名の「セブン・ダイヤルズ」というカクテル・バーで会っている[注 3]。
さらに、「作家の孫」の章でマシュー・プリチャードはスーザンに、コンウェイの本には祖母(アガサ・クリスティ)の本から借りた人名・地名がちりばめられていると語っている。それを聞いたスーザンは、『カササギ殺人事件』[注 4]の中で以下のような例を思い浮かべている。
そのほか、ジェイムズ・テイラーがスーザンに、アティカスの助手兼秘書のジェイムズ・フレイザーの「フレイザー」は、テレビドラマ『名探偵ポワロ』でポワロの相棒役を演じた俳優フレイザー[注 5]からとられたものであると明かしている。
ホロヴィッツが本作の構想を最初に練ったのは、1997年に放映された『バーナビー警部』(ホロヴィッツが脚本を担当)の第1シーズンのときであった。ホロヴィッツは、この小説を「単なる殺人ミステリーの物語以上のもの」で「殺人ミステリーというジャンル全体において、作家がどのようにアイデアを出し、どのように本が形成されるのかといったことに関する一種の論説」にしたかったのだという[6]。
原著の評判は概ね良好である。
アメリカ合衆国にてホロヴィッツ自らの脚本により全6話構成でテレビドラマ化された[15][注 6]。日本ではWOWOWで2022年7月9日と10日に3話ずつ全6話が放送された[17][18]。
※括弧内は日本語吹替[19]