キルメサウルス (学名 :Quilmesaurus 、「キルメス族 (英語版 ) のトカゲ」の意)は、アルゼンチン のリオネグロ州 で化石 が発見された、アベリサウルス科 に属する獣脚類 の恐竜 の属 。後期白亜紀 に生息しており、全長は6メートルと推定されている。2001年に記載・命名されており、タイプ種キルメサウルス・カリーイ (Quilmesaurus curriei )の種小名はカナダ の古生物学者フィリップ・J・カリー への献名である[ 1] 。
唯一知られている化石は後肢の骨であり、アベリサウルス科との類似性が見られる。しかし、これらの骨には固有の特徴がなく、キルメサウルスは疑問名 である可能性がある[ 2] 。
骨格ダイアグラム
1980年代後半に、ハイメ・ポウエル (英語版 ) 率いる Universidad Nacional Tucumán のフィールドクルーは、アルゼンチン 南部のリオネグロ州 に位置するヘネラル・ロカ (英語版 ) の都市から約40キロメートル南で獣脚類の化石を発見した。2001年にRodolfo Aníbal Coriaはタイプ種 Quilmesaurus curriei を記載・命名した。属名はアメリカ先住民 のキルメス族 (英語版 ) にちなみ、種小名は獣脚類のカナダ人 専門家フィリップ・J・カリー への献名である[ 3] 。
ホロタイプにして唯一知られている標本はMPCA-PV 100であり、ネウケン盆地 でMalargüe層群のアレン累層 (英語版 ) から回収された右大腿骨 の遠位半分と完全な右脛骨 からなる。これらの堆積物はカンパニアン 期からマーストリヒチアン 期のものである。本標本はアレン累層の基底の氾濫原 の砂岩 に起源を持つ。キルメサウルスはパタゴニア 地域の非鳥類 型獣脚類としては最古の記録であり、注目を浴びている[ 3] 。
キルメサウルスの部分的な大腿骨(A - D)とカルノタウルス の大腿骨(C - D)の比較
大腿骨の保存部位は形状としては頑強かつ箱状である。骨の先端部の後面には脛骨および腓骨 と接続する卓越した顆が存在する。大腿骨の外側顆 (英語版 ) は大腿骨の内側顆 (英語版 ) と比較して僅かに前後に低いが、側方に幅広である。外側顆には上顆 (英語版 ) も存在するが、唯一知られているキルメサウルスの大腿骨ではこれは破損している。内側顆の直上では、キルメサウルスの体の正中線に向かって骨の他の部分から低いながらも顕著な隆起が突出する。この稜はmesiodistal crestとして知られる。顆の直上の領域には伸筋溝として知られる浅いが幅広な領域が広がる。大腿骨全体は他のアベリサウルス科のものとほぼ等しい[ 2] 。
生体復元
脛骨近位部は無数の複雑な特徴が見られる。脛骨稜 (英語版 ) として知られる大型のハチェット型構造は脛骨近位部で前方に突出する。腹側突起が存在するため、脛骨稜の先端はフック状をなす。Coria (2001) はフック状の脛骨稜がキルメサウルスに固有のものであると考えた一方[ 3] 、Valieri et al. (2007) はアウカサウルス とマジュンガサウルス および同じく詳細不明のアベリサウルス科恐竜ゲヌサウルス (英語版 ) にもこの構造が見られることを指摘している。脛骨遠位部には踝 (英語版 ) として知られる突起が存在する。この部位は前側から見た際に非対称の三角形であり、より小型の内側の踝よりも大型の外側の踝が遠位に突出する。この遠位脛骨の特徴に組み合わせはかつてキルメサウルスに固有のものとされていたが、Valieri et al. (2007) はラジャサウルス の遠位脛骨もキルメサウルスのものに酷似していると指摘している[ 2] 。
2016年、キルメサウルスは全長5.3メートルと推定された。これは派生的なアベリサウルス科としては最も小さい推定値であるが、キルメサウルスの後肢は同科で最大のメンバーであるピクノネモサウルス (英語版 ) と比較してもプロポーション的に頑強である[ 4] 。
原記載の際、Coriaはキルメサウルスを獣脚類よりも細かく位置付けることが出来なかった[ 3] 。脛骨の遠位関節面に切痕が存在することから基盤的テタヌラ類 と関係する可能性があることが彼により指摘された。同一の地層からは他の獣脚類の化石も回収されており、暫定的にキルメサウルスは2005年にテタヌラ類に分類された[ 5] 。しかし、2004年の要旨および2007年の完全な論文において、Rubén Juárez Valieri et al. はハチェット型の脛骨稜に基づいてキルメサウルスをアベリサウルス科 として結論した[ 6] [ 2] 。
メガロサウルス上科 の属種と異なり、キルメサウルスの脛骨は前内側の控え壁が存在せず、代わりに大型の脛骨稜を持つ。また、キルメサウルスは脛骨遠位部が非対称であり、距骨 のためのソケットが低い点でもコエルロサウルス類 と異なる。最後に、浅く幅広の伸筋溝が存在することと、脛骨稜の上下の端が平行であることにより、キルメサウルスはカルノサウルス類 から除外された[ 2] 。
ケラトサウルス類としての位置づけを支持する特徴は複数あり、これには大腿骨の大型のmesiodistal crest と脛骨の発達した脛骨稜が含まれる。距骨のためのソケットが小さい点と、脛骨遠位部が非対称である点は、特に本属をアベリサウルス科に分類する根拠となる。保存された骨はアベリサウルス科全体に亘る様々な分類群と特徴を共有しているが、このような類似性は広く分布しており、分類群間でランダムに出現しているようであるため、より具体的な位置付けは困難になっている。フック状の脛骨稜からはキルメサウルスがカルノタウルス亜科 であることが示唆されている。カルノタウルス亜科はSereno (1998) によりアベリサウルスよりもカルノタウルスに近縁な全てのカルノタウルス科を含むものとして定義されている[ 2] 。
キルメサウルス(最右)と他のカルノタウルス亜科の体サイズ比較
しかし、カルノタウルス亜科の有効性は議論されている。Valieri et al. (2007) はマジュンガサウルス 、カルノタウルス 、アウカサウルス 、ラジャサウルス を含む分類群としてカルノタウルス亜科を考えたが、他の研究では異なる結果が得られている。Tortosa et al . (2014) は、セレノが定めた定義に当てはまるアベリサウルス科が非常に少ないことから、カルノサウルス亜科は無効なグループであるとした。彼らの解析によれば、アウカサウルスとカルノタウルスは実際にはマジュンガサウルスやラジャサウルスよりもアベリサウルスに近縁であり、マジュンガサウルスとラジャサウルスは本亜科から除外されることになる。キルメサウルスはアウカサウルスおよびカルノタウルスに近縁な位置に残されたが、セレノによるカルノタウルス科の名前と定義は完全に崩壊することになった。その代わりとして、アウカサウルスとカルノタウルスの最も近い共通祖先 から派生したすべてのアベリサウルス科を含むカルノタウルス族が用いられた[ 7] 。Tortosa et al . (2014) の結果では、Valieri et al . (2007) のものが強く支持された。Filippi et al . (2016) は新たな系統群であるFurileusauriaを設立し、イロケレシア あるいはスコルピオヴェナトル ないしマジュンガサウルスよりもカルノタウルスに近縁なアベリサウルス科を含めた[ 8] 。
Valieri et al. (2007) はキルメサウルスの固有派生形質 を設立できず、本属を疑問名 であると結論した[ 2] 。
アレン累層は海水準の上昇に伴って淡水の氾濫原から湿地性の三角江 、浅いラグーン へ遷移した、湿潤な沿岸環境であったと考えられている。当該エリアに生息した水棲生物の群集は多様であり、様々な魚類 やカエル およびカメ が含まれる。より新しいインターバルでは、エラスモサウルス科 やポリコティルス科 (英語版 ) を含む首長竜 といった数種類の海棲爬虫類が含まれる[ 9] 。植物 としてはヤシ やマキ科 の球果植物 があり、密林や湿地を形成した[ 10] 。
ボナパルテサウルス を捕食しようと襲撃するキルメサウルス。アウストロラプトル の群れが観察している
陸棲動物の化石も本層では一般的に見られる。未同定のムカシトカゲ目 のほか、マドトソイア科 (英語版 ) のパタゴニオフィス やアラミトフィス (英語版 ) を含む無数のヘビ の分類群が知られている[ 10] 。恐竜以外の他の動物には、翼竜 のアエロティタン [ 11] や様々な哺乳類がいる[ 12] 。
アレン累層から回収された恐竜化石には、多様かつ豊富なティタノサウルス類 (サルタサウルス 、アエオロサウルス 、ロカサウルス など)やハドロサウルス科 のうち有効性が疑問視されているもの(ウィリナカケ )が含まれる[ 13] 。キルメサウルス以外の獣脚類も存在しており、大型のウネンラギア亜科 のドロマエオサウルス科 恐竜であるアウストロラプトル [ 14] や、基盤的オルニトゥラエ類 の鳥類 (リメナヴィス (英語版 ) )[ 15] 、キモロプテリクス科 (英語版 ) の鳥類(ランマルクエアヴィス (英語版 ) )が含まれる[ 16] 。また、カルカロドントサウルス科 のものとされた歯も発見されている。同科でよく知られているギガノトサウルス やマプサウルス が白亜紀の最初期という数百万年早い時代に生息していたことから、この歯化石は同科の化石証拠としては最も新しい時代のものとなる[ 10] 。脊柱 ・皮骨板 ・大腿骨・1本の歯からなる未同定のノドサウルス科 の化石も本層から発見されている[ 17] 。
また、アレン累層は竜脚類の卵化石 が多産することでも特筆性がある。上部アレン累層のbajo de Santa Rosa area では地面への営巣が確認されている。全てではないものの、いくつかの卵は卵化石タクソンのSphaerovum に分類されている。卵殻の構造から、非常に湿潤な環境で産み落とされたことが判明している[ 10] 。
^ 松田眞由美『語源が分かる 恐竜学名辞典』小林快次 、藤原慎一(監修)、北隆館 、2017年1月20日、424頁。ISBN 978-4-8326-0734-7 。
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