グスタフ・ナイトリンガー(Gustav Neidlinger, 1910年3月21日 - 1991年12月26日)は、ドイツのバス・バリトン歌手。ワーグナーの諸役のうち、『ニーベルングの指環』のアルベリヒや『パルジファル』のクリングゾルに代表される悪役を得意とし、1952年から1975年まで出演していたバイロイト音楽祭でも、この2つの役をほぼ独占した。ワーグナー作品以外でも現代作品の創唱を手掛けるなど、1950年代から1960年代を代表するドイツのバス・バリトンの一人として活躍した。
グスタフ・ナイトリンガーは1910年3月21日、ドイツ帝国マインツに生まれる[1]。フランクフルトに出て同地の音楽院でオットー・ロットシーパーに師事する。1931年にマインツの市立歌劇場でデビューし、1934年まで在籍[1]。1934年から1935年のシーズンはザクセン州プラウエンの市立歌劇場のメンバー、1935年ないし1936年から第二次世界大戦を挟んで1950年まではハンブルク国立歌劇場のメンバーとなった[1][2]。ハンブルク時代の1937年にはノルベルト・シュルツェ(英語版)の新作オペラ『ババ抜き(ドイツ語版)』の世界初演に参加し、また1941年にはウィーン国立歌劇場に初出演を果たした[1]。
1950年にハンブルクとの契約を終えたナイトリンガーは間もなく、シュトゥットガルト州立歌劇場のメンバーとなる。シュトゥットガルトでは非常に人気があったことから、1977年に歌劇場の名誉会員に推された[1]。1951年にはストラヴィンスキー『放蕩児の遍歴』のドイツ初演に参加[1]。1952年、ナイトリンガーは前年1951年から再開されたバイロイト音楽祭にはじめて出演し、ヨーゼフ・カイルベルト指揮の『指環』でアルベリヒを歌う。以降、1975年にバイロイトを離れるまで、出演しなかった1958年と1959年を除いてアルベリヒを独占的に歌い、バイロイトでは他に『ローエングリン』フリードリヒ・フォン・テルラムント伯爵、『トリスタンとイゾルデ』クルヴェナール、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』夜警、フリッツ・コートナーおよびハンス・ザックス、そして『パルジファル』クリングゾルを歌った[1]。
- 『ローエングリン』フリードリヒ・フォン・テルラムント伯爵:1960年
- 『トリスタンとイゾルデ』クルヴェナール:1952年~1953年、1963年~1964年、1970年
- 『マイスタージンガー』夜警:1952年、フリッツ・コートナー:1963~1964年、ハンス・ザックス:1956年~1957年、1968年
- 『パルジファル』クリングゾル:1954年~1956年、1960年~1966年
- 『ニーベルングの指環』アルベリヒ:1952年~1957年、1960年~1975年
ハーグのオランダ音楽祭を訪れたユリアナに拝謁するナイトリンガー (1959年)
ドイツ国外での活躍も目覚ましく、1953年にスカラ座とパリ・オペラ座に初登場[2][1]。パリ・オペラ座とは1967年まで出演するなど縁が長く続いた[1]。1956年からはウィーン国立歌劇場のメンバーに入り、1958年にはエディンバラ音楽祭でウェーバー『オイリアンテ』のリジアントと『トリスタン』クルヴェナールを歌う[1]。1963年、ナイトリンガーはロイヤル・オペラ・ハウス(コヴェント・ガーデン)に初出演して『ローエングリン』テルラムント伯を歌い、同じ年の10月には日生劇場のこけら落としを祝したベルリン・ドイツ・オペラの初来日公演に帯同して、カール・ベーム指揮によるベートーヴェン『フィデリオ』のドン・ピサロをヴァルター・ベリーとのダブルキャストで歌った[3]。1972年から1973年のシーズン、ナイトリンガーは初めてメトロポリタン歌劇場(メト)の舞台に立つが、メトではアルベリヒを4公演歌っただけにとどまり、メトへの出演自体も当該シーズンのみとなった[1][2]。ナイトリンガーは1977年に現役を引退し、1985年にマインツから「グーテンベルク・メダル」を授与された[1][2]。1991年12月26日、グスタフ・ナイトリンガーは故郷マインツと同じラインラント=プファルツ州のバート・エムスで亡くなった[1]。81歳没。
ナイトリンガーはアルベリヒ、クリングゾル、ドン・ピサロのような極めつけの悪役のみならず、バイロイトでは歌っていない『パルジファル』アンフォルタスやリヒャルト・シュトラウス『ばらの騎士』のフォン・ファニナル、『影のない女』のバラック、ヴェルナー・エック『魔法のヴァイオリン(ドイツ語版)』のカスパーといった役柄もこなした[1]。ナイトリンガーの歌声は性格的で強力なものではあったが、軽い役柄にも十分対応できる技量を持ち合わせていた[1]。実際、ナイトリンガーのレパートリーおよびディスコグラフィーは多彩であり、単なる「ワーグナー歌い」にとどまらない。オペラ以外でもコンサートや宗教曲で活躍し、経営難から解散の危機にあったフィルハーモニア管弦楽団が自主運営組織「ニュー・フィルハーモニア管弦楽団」と名乗って再スタートを切る記念のコンサートで、ナイトリンガーは楽団名誉総裁オットー・クレンペラーの指揮によるベートーヴェンの交響曲第9番の独唱者の一人として出演した。
ナイトリンガーは1952年に、当時の西ドイツ政府から「宮廷歌手」の称号を授与されている[2]。
- モーツァルト『フィガロの結婚』(バルトロ):エーリッヒ・クンツ、イルマ・ベリッケ、ハンス・ホッター、ヘレーナ・ブラウン:クレメンス・クラウス指揮:1942年ザルツブルク音楽祭:Andromeda ANDRCD 5075(CD)[4]
- マスネ『マノン』(ド・ブレティニ):セーナ・ユリナッチ、ケート・マース、アントン・デルモータ:ヴィルヘルム・シュヒター指揮北西ドイツ放送交響楽団:1950年:Myto Historical H045(CD)[5]
- ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』(ヴァルラーム):アレクサンデル・ウェリッシュ、ルドルフ・ショック、マルタ・メードル、ゲオルク・ハーン:シュヒター指揮北西ドイツ放送響:1950年:Walhall Eternity Series WLCD 0200(CD)[6]
- ワーグナー『ニーベルングの指環』(アルベリヒ):カイルベルト指揮:1952年バイロイト音楽祭
- ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』(クルヴェナール):ラモン・ヴィナイ、ヴァルナイ、マラニウク、L・ウェーバー、テオ・アダム:オイゲン・ヨッフム指揮:1953年バイロイト音楽祭:Golden Melodram GM 10030(CD)[10]
- ワーグナー『ニーベルングの指環』(アルベリヒ):クラウス指揮:1953年バイロイト音楽祭
- 「ラインの黄金」:ホッター、マラニウク、グラインドル、クーン、L・ウェーバー:Opera d'Oro OPD 1500(CD)[11]
- 「ジークフリート」:ヴィントガッセン、クーン、グラインドル、ヴァルナイ、ホッター:Opera d'Oro OPD 1500(CD)[12]
- 「神々の黄昏」:ヴィントガッセン、ウーデ、グラインドル、ヴァルナイ、マラニウク:Opera d'Oro OPD 1500(CD)[13]
- ワーグナー『ニーベルングの指環』「ラインの黄金」(アルベリヒ):フェルディナント・フランツ、マラニウク、ヴィントガッセン、ユリウス・パツァーク、エリーザベト・グリュンマー:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮RAIローマ放送管弦楽団:1953年RAIローマ放送:Gebhardt JGCD 0060(CD)[14]
- ワーグナー『パルジファル』(クリングゾル):ホッター、アダム、グラインドル、ヴィントガッセン、メードル:ハンス・クナッパーツブッシュ指揮:1954年バイロイト音楽祭:Archipel ARPCD 0283(CD)[15]
- ワーグナー『ニーベルングの指環』(アルベリヒ):カイルベルト指揮:1955年バイロイト音楽祭
- 「ラインの黄金」:ホッター、ゲオルギーネ・フォン・ミリンコヴィッチ、グラインドル、クーン、L・ウェーバー:Testament SBT2 1390(CD)[16]
- 「ジークフリート」:ヴィントガッセン、クーン、グラインドル、ヴァルナイ、ホッター:Testament SBT4 1392(CD)[17]
- 「神々の黄昏」:ヴィントガッセン、ウーデ、グラインドル、ヴァルナイ、グレ・ブラウエンスタイン:Testament SBT4 1393(CD)[18]
- ワーグナー『ニーベルングの指環』(アルベリヒ):クナッパーツブッシュ指揮:1956年バイロイト音楽祭
- 「ラインの黄金」:ホッター、ミリンコヴィッチ、グラインドル、ルートヴィヒ・ズートハウス、アーノルド・ヴァン・ミル:Andromeda ANDRCD 9013(CD)[19]
- 「ジークフリート」:ヴィントガッセン、クーン、ヴァルナイ、ホッター、ヴァン・ミル:Andromeda ANDRCD 9015(CD)[20]
- 「神々の黄昏」(ハーゲン):ヴィントガッセン、ウーデ、グラインドル、ヴァルナイ、ブラウエンスタイン:Andromeda ANDRCD 9016(CD)[21]
- ワーグナー『ニーベルングの指環』(アルベリヒ):クナッパーツブッシュ指揮:1957年バイロイト音楽祭
- 「ラインの黄金」:ホッター、ミリンコヴィッチ、グラインドル、ズートハウス、ヴァン・ミル:Walhall Eternity Series WLCD 0216(CD)[22]
- 「ジークフリート」:アルデンホフ、クーン、グラインドル、ヴァルナイ、ホッター:Walhall Eternity Series WLCD 0218(CD)[23]
- 「神々の黄昏」:ヴィントガッセン、ウーデ、グラインドル、ヴァルナイ、グリュンマー:Walhall Eternity Series WLCD 0219(CD)[24]
- ワーグナー『ニーベルングの指環』(アルベリヒ):ゲオルク・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団:スタジオ録音
- J.S.バッハ ミサ曲 ロ短調:ピエレット・アナリー、ナン・メリマン、レオポルド・シモノー:ヘルマン・シェルヘン指揮ウィーン交響楽団:Tahra TAH 737/8(CD・原盤ウエストミンスター)[28]
- ワーグナー『ローエングリン』(テルラムント伯):ヴィントガッセン、アーゼ・ノルドゥモ=レフベルイ、ヴァルナイ、アダム、ヴェヒター:ロリン・マゼール指揮:1960年バイロイト音楽祭:Naxos Historical 8.110308/10(CD)[29]
- ベートーヴェン『フィデリオ』(ドン・ピサロ):ユリナッチ、ジャン・ピアース、デジュー・エルンスター、マリア・シュターダー:クナッパーツブッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団:1961年:Universal Victor MVCW-14003/5(CD)[30]
- ワーグナー『パルジファル』(クリングゾル):ロンドン、マルッティ・タルヴェラ、ホッター、ジェス・トーマス、アイリーン・ダリス、グンドゥラ・ヤノヴィッツ、アニャ・シリヤ:クナッパーツブッシュ指揮:1962年バイロイト音楽祭:Philips 475 7785(CD)[31]
- ベートーヴェン『フィデリオ』(ドン・ピサロ):ルートヴィヒ、ジェームズ・キング、グラインドル、リザ・オットー、ウィリアム・ドゥリー:ベーム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ:1963年日生劇場(ベルリン・ドイツ・オペラ来日公演):Canyon Classics PCCL 00060(CD)[32]
- ワーグナー『パルジファル』(クリングゾル):トーマス・スチュワート、ハインツ・ハーゲナウ、ホッター、ジョン・ヴィッカーズ、バルブロ・エリクソン、シリヤ:クナッパーツブッシュ指揮:1964年バイロイト音楽祭:Orfeo C 690074 L(CD)[33]
- ワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(フリッツ・コートナー):グラインドル、ベーメ、カルロス・アレクサンダー、シャーンドル・コーンヤ、シリヤ:ベーム指揮:1964年バイロイト音楽祭:Golden Melodram GM 10074(CD)[34]
- ベートーヴェン 交響曲第9番:アグネス・ギーベル、ヘフゲン、エルンスト・ヘフリガー:クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管:EMI Classics MVD 491474 3(VHS)[35]
- ワーグナー『ローエングリン』(テルラムント伯):トーマス、イングリット・ビョーナー、ヴァルナイ、フランツ・クラス、トム・クラウゼ:ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮:1965年スカラ座:Living Stage LS 4035151(CD)[36]
- ワーグナー『ニーベルングの指環』(アルベリヒ):ベーム指揮:1966年バイロイト音楽祭
- 「ラインの黄金」:アダム、アンネリス・ブルマイスター、ヴィントガッセン、エルヴィン・ヴォルファウト、シリヤ、ゲルト・ニーンシュテット:Decca 478 0279(CD)[37]
- 「ジークフリート」:ヴィントガッセン、ヴォルファウト、アダム、ニルソン:Decca 478 0279(CD)[38]
- ワーグナー『ニーベルングの指環』「神々の黄昏」(アルベリヒ):ニルソン、ヴィントガッセン、グラインドル、スチュワート、メードル:ベーム指揮:1967年バイロイト音楽祭:Decca 478 0279(CD)[39]