Kenneth Senzo Usui (Ken Uston) | |
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生誕 |
Kenneth Senzo Usui 1935年1月12日 ニューヨーク |
死没 |
1987年9月19日 (52歳没) フランス・パリ |
国籍 | American |
職業 | プロギャンブラー、作家 |
配偶者 | Betty[1] |
子供 | Beth Anne Uston, Katie Uston, John Uston[1] |
ケン・ユーストン(1935年1月12日 - 1987年9月19日)は、カジノゲームブラックジャックの欧米で有名なギャンブルプレイヤー。日系二世にあたるアメリカ人。
アメリカ、ニューヨークで日本人移民のウスイ・センゾウとオーストリア人の妻との間に3人兄弟の長男として生まれた。生名はケニス・センゾー・ウスイ (Kenneth Senzo Usui) だったとされる.[2]。IQは169であり、16歳でエール大学に入学する。その後エール大学を卒業後、ハーバード大学からMBAを取得している。1987年フランス、パリにて心不全で死去(52歳)。
ベン・メズリック著の「ラスベガスをぶっつぶせ」の中に「ケン・アストン」として登場する欧米のギャンブル史上では有名なギャンブラー。カジノ賭博の中で唯一、プレイヤーがカジノに勝利できる可能性をブラックジャックの応用戦略カードカウンティングの中に見出し、実際にその理論を実践して見せた人物として知られる。ただし、その勝率は60%程度にとどまったと言われる。なお現在でも、カジノ賭博のブラックジャックにおけるカードカウンティング行為は違法ではないが(アメリカ、ネバダ州を除く)、カジノの収益を脅かすため多くのカジノで「カードカウンティングを実質的に排除する」「カードを毎回シャッフルをする」などの対策が取られているが、近年では「エンドレス・シャッフルマシンを導入する」ことによりそのほとんどが排除される傾向にある。