『コンプティーク』(Comptiq) は、KADOKAWAのブランドである「角川書店」から発行されている、パソコン・ゲーム・美少女などを取り扱うメディアミックス雑誌。
輸入ゲームショップ「コンプティーク」と角川書店の提携[1]で、『ザテレビジョン』の別冊として1983年11月10日に創刊され、第3号より隔月刊化。1986年より月刊誌となった。
会社名および誌名である「コンプティーク」は「コンピューター(Computer)」と「ブティック(Boutique)」を組み合わせた造語[2]。コンプティーク社の倒産後は「コンプティーク」の名称を、雑誌名として角川書店が買い取っている[2]。その後は角川メディアオフィスから発行された。通称は「コンプ」。
1980年代に盛んになった、後のおたくの概念に収斂されるコンピュータゲームやアニメなどソフトウェアの娯楽を消費することを好む層を対象に据えたことから、次第にメディアミックスを主体とする雑誌に変化していった[注 2]。
雑誌自体を端的に表す売り文句は、初期は「パソコンと遊ぶ本」、1986年1月の月刊化からは「戦うパソコンゲームマガジン」を長く用い[4]、雑誌内容の変遷に伴い、2003年9月号から「Mediamix GAME Magazine(メディアミックスゲームマガジン)」、創刊30周年を迎えた2013年12月号からは「Digital Contents Magazine(デジタルコンテンツマガジン)」[注 3][5]となっている。
紆余曲折を経て創刊当初とは大きく異なる内容になっているが、ゲーム雑誌という枠組みで見ると非常に長命であると言える[6]。
玩具業界の新聞記者としてテレビゲームを紹介していた佐藤辰男が1982年に角川歴彦と出会った際、パソコン雑誌を角川書店がやるという話が持ち上がった[7]。佐藤がテレビゲーム雑誌の企画書を出すと、角川歴彦の決断で発刊が決まり、『ザテレビジョン』の増刊号として1983年11月10日発売の1984年1月号で創刊した[8][注 4]。
読者層は、小学校高学年から中・高生男子で、ゲームやパソコン本体の購入ガイドなどパソコンを中心としつつも[8]、単なるパソコン雑誌というよりは、ゲームを含んだデジタル世代の娯楽全体を扱う雑誌であった[10][11]。初期はジャイアント馬場を用いる[12]など表紙に一貫性がなく売り上げも低迷したが[13][3]、vol.5 1984年9/10月号では薬師丸ひろ子・原田知世・渡辺典子などを取り上げ[14]、翌年から表紙には女性アイドルを起用することが確定した[3][注 5]。
パソコン関係では他誌が取り上げないようなパソコンゲームの裏技やチート[注 6]を精力的に扱い、読者投稿ではゲームのプログラム本体の改造手法すら掲載、その裏技や改造に人気ゲームのものがあると、それを求める読者にも販路を伸ばしていく。特に、vol.10 1985年7/8月号にてファミコンゲーム『ゼビウス』の無敵コマンドを最初にとりあげ[注 7]、同号は塚田正晃の提案でまだ無名だった中山美穂を表紙に採用し[注 8]、アダルトゲーム『天使たちの午後』の記事と併せて完売、増刷を繰り返し、大きく売り上げを伸ばす[注 9]。
vol.13 1986年1月号から月刊化し[16]、同年2月号から初の連載漫画として麻宮騎亜の『神星記ヴァグランツ』が開始されるなど[9][17]、より娯楽性を強めた誌面改革を進めた[18]。1985年から1986年にかけて、ファミリーコンピュータの大ヒットにより、内容のほとんどがファミコンに傾きパソコンがないがしろにされていたが、ファミコン関係の内容は1986年4月にマル勝ファミコンを創刊することで移管、以後は総合誌であることをやめ、パソコン中心に戻り、vol.18 1986年6月号で紙面を刷新して、RPGへ傾倒していく[19][20]。
vol.21 1986年9月号から、グループSNEによるダンジョンズ&ドラゴンズのテーブルトークRPGリプレイ記事『ロードス島戦記』が掲載される[21]と大きな人気を博し、安田均・黒田幸弘によるテーブルトークRPGに関する記事[注 10]や『聖エルザクルセイダーズ』など若者向け小説を掲載して、日本におけるTRPGの普及やライトノベルという分野の創設に大きな影響を与えた[22]。
vol.44 1988年7月号からは『ロボクラッシュ』、同8月号からは『トップをねらえ!』といった読者参加型ゲームを毎号開催するようになり、この影響で売り上げは倍増[9]、同7月号と連動して、パソコン通信に「角川コンプティークネット」というBBSを開設。SF作家・翻訳家の草分けである矢野徹が「狂乱酒場」を設けるなどし、雑誌連載と連動して活動を続けた。
一方で、袋とじのアダルトゲーム関連のページも組まれていた。名称は「ちょっとエッチなページ」から「福袋」、「大福袋」、「花園倶楽部」と変遷。元々は年数回の定期企画だったのが、後に同市場の拡大も手伝って毎号連載となり、アダルトゲーム以外に18禁アニメやHコミック、AV女優紹介のコーナーも載っていた。毎年1月号には『Hコミックアドベンチャー』というゲームブック形式のゲームが欄外に設けられた[23][24]。
こういった徹底的なおたく向けの路線は単一の分野に興味を持つ読者だけでなく、様々な者を呼び込み固定読者層に加えていき[25]、1991年には発行部数25万部となってパソコン類雑誌の中で最も売れている部類となった[8]。
1992年4月号を以って、創刊以来編集長を務めた佐藤辰男が退任[26][注 11]。
1994年8月号から判型をAB判に変更、同8月号からは表紙がアイドルからCGに変わり、内容も「MS-DOS講座」「Windows95特集」など一般パソコン誌としての色を強める[注 12]。しかし、1996年1月号から再びアイドルに表紙を戻し、売り文句を「Win95から美少女まで楽しめる(濃)パソコンゲームマガジン」と再設定。さらに1997年3月号から『新世紀エヴァンゲリオン』に代表されるアニメーションやゲームの美少女キャラクターを表紙に採用、紙面も『To Heart』『Kanon』など美少女ゲームの比重が増し、売り文句は「パソコンで遊ぼう!」から、翌1998年には「パソコンユーザーのためのアニメ&ゲーム誌」へと変わっていく。同年1月号からはCD-ROMの付録が恒常化。2000年10月号で、紙面を大幅に改め、売り文句を「PC Character Magazine」へと変更。同時に雑誌のウェブサイトを開設した。
2003年9月号から「MediaMix Game Magazine」と称してメディアミックスを押し進め、それまでのゲーム紹介記事中心の構成からギャルゲーを原作とする漫画を大幅に取り入れた構成に変革[28][注 13]。2003年は『D.C. 〜ダ・カーポ〜』、2005年は『SHUFFLE!』を度々特集し、2006年からは『Fate/stay night』などTYPE-MOON作品を大きく取り扱うようになる[注 14]。また、2004年1月号から始まった『らき☆すた』の連載は十年以上続く長期連載となり、TVアニメ化された2007年には4ヶ月連続で表紙を飾った。
2002年4月号では、別冊として『コミックコンプ』(内容は新規の漫画誌)が付録されており、一部ではコミックコンプ復刊とも言われたが、結果としては2005年に『月刊コンプエース』を創刊することになった[注 15]。
Digital Contents Magazine時代
[編集]
2013年6月号で、編集長が加藤剛から藤田崇平に交代した。
2013年10月号でブラウザゲーム『艦隊これくしょん』を特集した別冊付録をつけたところ、各所で売り切れたため、重版をおこなった[29]。この"艦これ"需要は続き、11月号、12月号と三号連続で版を重ねている[30]。
2013年12月号の創刊30周年記念号にて雑誌全体を正式に刷新し、判型をA4判に変え、雑誌を表す言葉も「メディアミックスゲームマガジン」から「デジタルコンテンツマガジン」に転換、同時にロゴも変更された[31]。
2015年5月号から「Newsstand」(Apple)に対応し、紙版と電子版が同時発売された[32]。
2025年3月号現在。
連載漫画の単行本はドラゴンコミックス、コンプコミックスDX、カドカワコミックス・エース、電撃コミックスなど。
- アイドル失格(原作:安部若菜(NMB48)、漫画:空神セイ):2024年2月号[33] -
- ATRI -My Dear Moments-(原作:ANIPLEX.EXE、漫画:じゃこ):2022年11月号[34] - 2025年3月号[35]
- 異世界で配信活動をしたら大量のヤンデレ信者を生み出してしまった件(伊予嶺つく):2023年2月号[36] -
- 推しにささげるダンジョングルメ 〜最強探索者VTuberになる〜(藍川蓮):2024年9月号[37] -
- クラスメイトは異世界で勇者になったけど、俺だけ現代日本に置き去りになりました(原作:カボチャマスク、漫画:仲紙):2024年8月号[38] -
- 「ジョブが忍者の癖にやかましすぎるだろ……」と冒険者パーティを追放されてきた爆音忍者四人衆と、来月末までに莫大な借金を返さなくちゃいけない子爵令嬢の浮き沈み激しい二ヶ月分の人生〜超速い。忍者なので〜(原作:quiet、漫画:一杉エーイチ):2024年8月号[39] - ※2024年8月号目次でのタイトルは「quiet×一杉エーイチ 新連載」[39]。
- スキルがなければレベルを上げる 〜99がカンストの世界でレベル800万からスタート〜(原作:岡沢六十四、漫画:倉橋ユウス):2021年4月号[40] -
- ちびちゅき!2学期(原作:TYPE-MOON、漫画:華々つぼみ)※『TYPE-MOON学園 ちびちゅき!』の第2期
- ニッターズハイ!(猫田ゆかり):2021年4月号[40] -
- ノロマ魔法と呼ばれた魔法使いは重力魔法で無双する 〜まだ重力の概念のない世界にて、少年は万有引力の王となる〜(原作:一森一輝、漫画:神原絵理華):2023年12月号[41] -
- 道にスライムが捨てられていたから連れて帰りました 〜おじさんとスライムのほのぼの冒険ライフ〜(原作:イコ、漫画:めぐお、キャラクター原案:いもいち):2025年1月号[42] -
- 四つ子ぐらし(原作:ひのひまり、漫画:佐倉おりこ):2021年3月号[43] -
- らき☆すた、宮河家の空腹(美水かがみ)※いずれも不定期掲載[注 16]
- Sランクパーティをクビになったので世界樹と里帰りします〜能力固定の世界で村人と仲間だけが神成長!(原作:矢御あやせ、漫画:柴飼ぽんちょ):2021年3月号[43] -
- 冒険者ギルドのチート経営改革 魔神に育てられた事務青年、無自覚支援で大繁盛(原作:ハーーナ殿下、漫画:一杉エーイチ):2021年3月号[43] -
- 元異世界転移者だった課長のおじさん、人生二度目の異世界を駆け廻る(原作:銀麦、漫画:kura):2021年3月号[43] - 2024年1月号
- ぐだぐだエース RE(原作:TYPE-MOON、漫画:経験値):2021年4月号[40] -
- 勇者サポートセンター魔王城支部(じゃこ):2021年5月号[50] -
- やがて最強のPKキラー(職業:商人)(原作:aaa、漫画:原田絵理):2021年6月号[51] -
- 竜王様の最強国家戦略 〜竜姫を従えた元王子はスキル【竜王】の力で反旗を翻す〜(原作:虎戸リア、漫画:藤本キシノ):2022年4月号[52] - 2023年11月号
- ぐだぐだ太閤伝 ZIPANG(経験値):2022年5月号 - 2023年6月号
- 生活魔法はハズレスキルじゃない(原作:なんじゃもんじゃ、漫画:きなつk):2022年6月号[53] - 2023年6月号
- 魔王道―千年前の魔王が復活したら最弱魔物のコボルトだったが、知識経験に衰え無し。神と正義の名の下にやりたい放題している人間共を躾けてやるとしよう(原作:寒天、漫画:高岸かも):2022年8月号[54] - 2023年8月号
- 異世界恋愛ショートストーリーズ(原作:三羽高明、漫画:木村琴々):2022年10月号[55] - 2023年4月号
- 黒い魔女と白い聖女の狭間で 〜アラサー魔女、聖女になる!〜(原作:朝倉一二三、漫画:柴飼ぽんちょ):2022年11月号[34] - 2023年11月号
- 黒衣の執行人は全てを刈り取る〜謎ジョブ《執行人》は悪人のスキルを無限に徴収できる最強ジョブでした。【剣聖】も【勇者】も【聖者】も、弱者を虐げるなら全て敵です。(原作:天池のぞむ、漫画:郡司ネムリ):2022年12月号[56] - 2023年10月号
- 僕は七度目の人生で、怪物姫を手に入れた(原作:サンボン、漫画:宮崎順、キャラクター原案:生煮え):2023年1月号[57] - 2025年1月号[58]
- 神様のミスで異世界にポイっとされました 〜元サラリーマンは自由を謳歌する〜(原作:でんすけ、漫画:舞鶴山画太郎、キャラクター原案:長浜めぐみ):2023年5月号[59] - 2024年7月号[60]
- 左遷されたギルド職員が辺境で地道に活躍する話(原作:みなかみしょう、漫画:芝本七乃香):2023年6月号[61] - 2024年9月号[62]
- 剣技も魔法も中途半端だからと勘当された少年、大精霊に見初められ最強のオールラウンダーとなる。〜今さら帰ってこいと言われても、冒険者稼業が楽しいのでお断りします!〜(原作:あざね、漫画:大上誠人):2023年8月号[63] - 2024年7月号[64]
- 悪役令嬢、十回死んだらなんか壊れた。(原作:嶋野夕陽、漫画:星野スミ):2024年7月号[65] - 2025年2月号[66]
分裂以前の名物コーナーのひとつ、三国志や信長の野望などのSLGリプレイは、秋葉原助手や御茶ノ水教授、ドクター四谷、九段南、イボンヌ木村(イヌボン(犬凡)木村)など複数のライターが参加したことになっているが、実際は、各ライターのキャラクター性を用い榊涼介が一人ですべて書いていた。人気コーナーの1つ「SLG劇場」の登場人物には東京都内の角川書店所在地近辺の地名が使われていた。上記以外では千駄ヶ谷君、飯田橋君など。また、別コーナーのライターで「市ヶ谷クン」と呼ばれている人がいた。コーナーのイラストは盛本康成が担当した。
- コンピューターゲームクロス・レビュー(パソコンゲーム批評):1996年2月号 - 10月号
- すてっぷUP!(MIKOTO)
- しるバ.(爆天童)
- ちょうこうせんにん春夏さん(爆天童)
- 桃色マジック(荒木風花)
- 2004年(2003年9月 - 2004年8月) 55,916部[69]
- 2005年(2004年9月 - 2005年8月) 52,667部[69]
- 2006年(2005年9月 - 2006年8月) 59,500部[69]
- 2007年(2006年9月 - 2007年8月) 60,775部[69]
- 2008年(2007年10月 - 2008年9月) 73,417部[69]
発行部数(2008年4月以降)(社団法人日本雑誌協会)
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1〜3月 |
4〜6月 |
7〜9月 |
10〜12月
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2008年
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72,000 部 |
75,000 部 |
81,667 部
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2009年
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81,667 部 |
69,667 部 |
64,667 部 |
61,667 部
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2010年
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55,000 部 |
56,667 部 |
56,000 部 |
57,667 部
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2011年
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54,334 部 |
53,667 部 |
57,667 部 |
55,000 部
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2012年
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52,834 部 |
52,500 部 |
42,667 部 |
35,334 部
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- ^ 2013年末時、KADOKAWA エンターテイメント・コンテンツクリエーション事業統括本部 副統括本部長 兼 アスキー・メディアワークスブランドカンパニー長
- ^ 初の学生アルバイトである塚田正晃[注 1]は、「優れた「おたく」である読者と同じ目線で、いっしょに楽しみ、いっしょに苦しみながら歩んできた30年」と語っている。塚田はおたくを「好きなことに貪欲、誰よりも詳しい人でありたい、そのために労をいとわずどんどん吸収していくことのできる人」と規定し、繊細で傷つきやすい純粋な生き物と述べる[3]。
- ^ または「デジタルコンテンツ情報誌」。
- ^ 判型はB5判。佐藤は新聞の経験しかなく、外部から集めた人材にも雑誌を経験した者がいなかったため、台割の学習から始めねばならなかった[4]
- ^ 以後、佐藤時代は一貫して女性アイドル。アイドルグループセイントフォーや有名になる直前の森高千里などが表紙を飾ったこともある。また「アイドル・データバンク」「DRAGON GYM」などアイドル関連記事も恒常的に連載。
- ^ 当時の表現に従うなら「改造」
- ^ プログラムに改変を加えるチート行為に関しては現代でこそ翻案権又は同一性保持権の侵害ともみなされうるが、この当時は、コンピュータプログラムの著作権は厳密ではなかったため、ユーザーによる改変やその発表・雑誌への掲載も概ね自由に行われていた。しかし、この件では制作・発売元であるナムコの怒りを買ったが、編集長の佐藤が度々謝罪に赴く内に、逆に裏技が売り上げ向上につながったことが判明して和解したという話もある[15]。佐藤は「ナムコに呼び出され声を録音され、ただ謝るだけだった。だがこの雑誌があまりにも売れ、凸版印刷の担当者から「田中金脈問題の時の文藝春秋以来売れた」と言われたくらいで、相乗効果でゼビウスも非常に売れ、何度も謝るうちにナムコとも和解できることとなった」とも回想している[4]。
- ^ 塚田「ここぞとばかりにまだ無名だった「中山美穂」!と打ち返した。私が偉いわけではなく、中山美穂が偉いというか素敵だったのである」[3]
- ^ 増刷分にはその旨が書かれた帯が付いていた
- ^ 安田は当時のファンタジー小説における翻訳家の第一人者で、USAのテーブルゲーム事情なども取り扱った。黒田はウォーゲーム戦国大名の作者で、天下統一シリーズのデザインも行うなど、両人ともRPG、ボードゲーム、ウォーゲームなどに精通していた。
- ^ 佐藤は、後述のお家騒動で角川歴彦に付いて設立したメディアワークスで電撃ブランド関連の仕事を経て角川に復帰し、2013年にはKADOKAWA代表取締役社長にまで就任しているが、「コンプティークが30年生きながらえたということは、時代の変化に対応しながらメガトレンドに乗ってきたからだと思います。」「メガトレンド側にいないといくら努力しても報われないことを体感してきた」とおもちゃ業界時代のことまで含めて要諦を述べ、また、「団塊世代の子どもたち」世代の求めるものに対応できなければ、あるいは彼らが卒業してしまうと一挙に市場が収縮する、と団塊Jr.の年齢入りのおもちゃやアニメ・まんがの歴史年表を作って編集部の壁に貼っていたというほど団塊Jr.を重視していたことを語っている[27]。
- ^ 固定した売り文句なし。
- ^ 角川エース新人漫画賞の広告でも「少年エース/ガンダムエース/コンプティークなどのコミック誌に掲載されるチャンス!」と謳っている
- ^ 『コンプティーク 2013年12月号』ではロードス島戦記と並ぶ扱いで歴史特集まで組まれている。
- ^ 『月刊少年エース』や『ヤングエース』、『ケロケロエース』、『月刊Asuka』、『月刊コンプエース』とともに角川書店が発行する5つの雑誌共同主催の角川漫画新人賞に参加しており、『コンプエース』との共同の特別賞を持っている
- ^ 『らき☆すた』は2017年8月号で不定期連載化が告知された。
- ^ たにはらなつきとあやせりおの合同ペンネームである。
- ^ テイルズ オブ マガジンの刊行終了に伴い移籍。
- ^ 冨田頼子、加茂靖子、浦畑達彦によるチーム。
- 『パソコンゲーム SOFT&HARD10年史』 コンプティーク 2003年3月号付録1 1993年3月1日 角川書店
- 『コンプティーク 1998年12月号』 1998年12月1日 角川書店[doc 1]
- 『コンプティーク 1999年1月号』 1999年1月1日 角川書店 pp.85-89[doc 2]
- 『コンプティーク 1999年2月号』 1999年2月1日 角川書店 pp.83-87[doc 3]
- 『コンプティーク 2002年12月号』 2002年12月1日 角川書店[doc 4]
- 『コンプティーク 2008年12月号』 2008年12月10日 角川書店[doc 5]
- 『コンプティーク 2013年12月号』 2013年11月10日 KADOKAWA[doc 6]
- KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展 佐藤辰男[doc 7]
- ^ コンプティーク15周年企画 第1弾
- ^ コンプティーク15周年企画 第2弾
- ^ コンプティーク15周年企画 第3弾
- ^ 創刊19周年記念特大号。付録CD-ROM通常版に1985年9月号から2001年12月号までの表紙データを収録。
- ^ やったね二十五周年特大号
- ^ 三十周年&新生記念号
- ^ KADOKAWA社史
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通常連載 |
- アイドル失格
- ATRI -My Dear Moments-(終)
- 異世界で配信活動をしたら大量のヤンデレ信者を生み出してしまった件
- 推しにささげるダンジョングルメ 〜最強探索者VTuberになる〜
- クラスメイトは異世界で勇者になったけど、俺だけ現代日本に置き去りになりました
- 「ジョブが忍者の癖にやかましすぎるだろ……」と冒険者パーティを追放されてきた爆音忍者四人衆と、来月末までに莫大な借金を返さなくちゃいけない子爵令嬢の浮き沈み激しい二ヶ月分の人生〜超速い。忍者なので〜
- スキルがなければレベルを上げる 〜99がカンストの世界でレベル800万からスタート〜
- TYPE-MOON学園 ちびちゅき!
- ニッターズハイ!
- ノロマ魔法と呼ばれた魔法使いは重力魔法で無双する 〜まだ重力の概念のない世界にて、少年は万有引力の王となる〜
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隔月連載 |
- 道にスライムが捨てられていたから連れて帰りました 〜おじさんとスライムのほのぼの冒険ライフ〜
- 四つ子ぐらし
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アニメ雑誌 | |
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ライトノベル誌 | |
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メディアミックス誌 | |
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少年・青年漫画誌 | |
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少女・女性漫画誌 | |
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文庫 | |
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コミックス | |
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テレビ情報誌 | |
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都市情報誌 | |
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その他 | |
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休・廃刊誌 | |
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休・廃刊文庫 | |
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関連企業 | |
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