サセックス (Sussex) は、1896年に建造されたロンドン・ブライトン・アンド・サウス・コースト鉄道のイギリス海峡横断客船。後にフランスのCompagnie des Chemins de Fer de l'État Françaisへ売却され、第一次世界大戦中にドイツ潜水艦に攻撃されて大破した。戦後、ギリシャへ売却されてAghia Sophiaと改名された。
ウィリアム・デニー・アンド・ブラザーズ社で建造され、1896年4月30日に進水。ニューヘイブン・ディエップ航路に就航し[1]、処女航海は1896年7月31日であった[2]。
1914年、フランスのCompagnie des Chemins de Fer de l'État Françaisへ売却される[3]。
第一次世界大戦中は航路がニューヘイブンからではなくフォークストンに変更され[4]。1916年3月24日、フォークストンからディエップへ向け航行中サセックスはドイツ潜水艦UB29に雷撃された[5]、サセックスは船橋より前を失う大きな被害を受けた[4]。乗員53人、乗客325人中[6]、少なくとも50人が死亡した[1]。サセックスはブローニュ=シュル=メールへと曳航された[6]。
犠牲者にはスペインの作曲家エンリケ・グラナドスとその妻[7]などがおり、負傷者にはワイルダー・ペンフィールドなどのアメリカ人もいた。
アメリカ人に死者はいなかったもののアメリカの世論は怒り、アメリカとドイツ間の外交問題となった[8]。1916年5月にドイツはSussex pledgeと呼ばれる宣言を出し、潜水艦戦での一部制限撤廃(武装商船への無警告攻撃の許可)を取りやめることとなった[9]。
戦後の1920年にピレウスのD Demetriadesへ売却されてAghia Sophiaと改名。火災により損傷し1921年に解体された[1]。