サバティーノ・デ・ウルシス(Sabatino de Ursis、またはSebbathinus Ursis、中国名、熊三抜、1575年 –1620年)はイタリアのイエズス会宣教師である。中国に西欧の科学技術を紹介した一人である。
1607年にマテオ・リッチの天文研究の補助するために北京に派遣された。徐光啓とリッチとともに、ユークリッド幾何学の漢文訳、『幾何原本』(1607年)の翻訳にも協力した。中国暦法による日食予測がはずれたことから、イエズス会士に改暦が命じられたが、中国人天文学者の反対で、プロジェクトは中止された。
ウルシスは、1612年にアゴスティーノ・ラメッリの水力機械に関する書物を口述で翻訳したことでも知られている。これは後に『泰西水法』としてまとめられ、出版された。
1616年、南京の高官、沈㴶の扇動によりキリスト教徒は迫害された。ウルシスはマカオに追放され、1618年にマカオで没した。その後、改暦はアダム・シャールによって行われた。