ジョン・リッグス (John Mankey Riggs 、1811年 10月25日 - 1885年 11月11日 )[ 1] [ 2] は、アメリカ合衆国 の歯科医師 。歯周疾患 に対する最高の権威と知られ、彼にちなんで、歯周疾患はRiggs' disease とも呼ばれた[ 3] 。その原理・方法は現代にも引継がれて、『学祖』、『歯周病の父』と呼ぶにふさわしいとされている[ 4] [ 5] 。
リッグスはアメリカ合衆国 コネチカット州 のセイモア (英語版 ) にて生まれ、1854年 にボルチモア歯科医学校 (英語版 ) を卒業した。コネチカット州ハートフォード にて研鑽を積み、歯周疾患の治療を学ぶようになり、この分野の最初の専門家となった[ 3] 。
リッグスはホーレス・ウェルズ と付き合いがあり、1844年 に彼が亜酸化窒素 を用いた笑気麻酔 で親知らず を抜く最初の患者となった[ 3] 。
リッグスは、当時の歯肉 切除からなる歯周外科手術 に反対し、口腔衛生と予防の概念を促進した[ 3] 。リッグスは1856年 、彼の基本となる治療法を示した。自ら設計した器具を用い、唾液 や血清 沈着物、壊死 した骨 を歯から除去した。その後、粉末にした没薬 チンキ を塗布し、歯を磨いた。1876年 にこの治療法を発表した[ 6] 。
^ While Carranza's Clinical Periodontology provides a middle initial of "M.", Merriam-Webster's Medical Desk Dictionary, 2002. page 721 provides a middle name of "Mankey". The dictionary, however, provides only years of birth and death (1810-1885), while Carranza's provides dates, albeit with a different year of birth.
^ Second source with dates as provided by Carranza's [リンク切れ ]
^ a b c d Shklar, G; Carranza, FA: The Historical Background of Periodontology. In Newman, MG; Takei, HH; Carrana FA, editors: Carranza’s Clinical Periodontology , 9th Edition. Philadelphia: W.B. Saunders Company, 2002. page 7.
^ 牧野信之 、森山徳長 「ジョンM.リッグズと歯周病治療に関する研究(その1) : J.M.リッグズの生涯とその発表論文」『日本歯科医史学会会誌』第24巻第2号、日本歯科医史学会 、2001年9月30日、157-161頁、ISSN 0287-2919 、NAID 110007158285 。
^ 牧野信之 、森山徳長 「ジョンM.リッグズと歯周病治療に関する研究(その2) : リッグズ著『歯肉の化膿性炎症および歯肉・歯槽突起の吸収』の和訳」『日本歯科医史学会会誌』第24巻第3号、日本歯科医史学会 、2002年3月29日、184-188頁、ISSN 0287-2919 、NAID 110007158360 。
^ Meriam-Webster 's Medical Desk Dictionary, Revised Edition. Springfield, Mass. 2002. page 721.