タマキガイ属

タマキガイ属
生息年代: 白亜紀現世
[1]
Glycymeris glycymeris ベルギー沖産
分類
: 動物界 Animalia
: 軟体動物門 Mollusca
: 二枚貝綱 Bivalvia
亜綱 : 原鰓亜綱 Autobranchia
下綱 : 翼形類 Pteriomorphia
: フネガイ目 Arcoida
上科 : シラスナガイ上科 Limopsoidea[2]
: タマキガイ科 Glycymerididae
: タマキガイ属 Glycymeris da Costa1778[3]

タマキガイ属(タマキガイぞく、Glycymeris)は、 フネガイ目Arcoidaタマキガイ科Glycymerididaeに分類される二枚貝で、フネガイ上科に分類される場合のほか、シラスナガイ上科 (Limopsoidea)に分類されることがある[2]。両極を除く世界中の海に分布する[4]

形態

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貝殻
殻長約10cm以下。円形またはわずかに楕円形の前後に対称的で分厚い貝殻を持つ。外面は橙褐色一色または褐色と白色の濃淡または色分け模様が描かれる。放射線が刻まれる、顕著な放射肋を形成する種はウチワガイ属Tucetonaに分類される。現生種では成長線は弱く、化石種では放射線や成長線が顕著な種もある。内面は前後に閉殻筋痕があり、水管を持たないため套線の湾入は無い。殻頂前後になだらかな湾状に多数の鉸歯が刻まれ多歯式。殻頂の鉸歯列の外側に平たい三角形の靭帯面があり、山形の溝が密に刻まれる。特に化石種で鉸歯列や靭帯面の広さに差が見られる。腹縁に鋸歯状の凹凸があり、それが密か疎かが種の判別の参考になることがある。生貝の貝殻は殻皮に覆われていて、排せつを行う後部腹側開口部には多毛類などの他の生物が付着する[5][6]
軟体と生態
前後に閉殻筋を持つ。足は四角い袋のような形をしていて、砂に潜るのは遅いが、夜間に砂底を這いまわる。水管を持たず、砂底にかろうじて埋まり、外套膜腹縁を砂底に出して海水を出し入れする。外套膜腹縁には多数の眼があり、多毛類などの他の生物が付着していることが多い。櫛鰓は大きく、殻頂から後部外套膜復縁にかけて広く伸びて、海水の取り込みと排出に関与する。唇弁は簡単な構造で、泥水からの餌の取り込みには適さない。浅海の砂底に棲み、植物プランクトンを食べる。その際に、食物は初め鰓に沿って殻頂方向へ、次に口溝にそって前方へ運ばれ、口に入った後食道を通って再度殻頂方向の胃へと運ばれる。水管を持つ他の二枚貝では、唇弁が鰓の近くにあり、鰓の背側と腹側の両端から口へ運ばれるのに対して、水管を持たないタマキガイ属では背側末端のみから運ばれ、腹側は排泄物で占められている。岩に付着するのではなく浅く砂に潜って暮らすため足糸腺は退化し、成貝では失われる[7]

分布

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本属は起源が白亜紀にさかのぼり、両極を除く世界中の温暖な浅海および寒冷な浅海の砂底に分布する。なおインド-西太平洋産はウチワガイ類が優勢で、タマキガイ属は比較的少ない[8][4]

分類

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タマキガイ属Glycymerisと近縁のフネガイ目の分岐図と種の一例を要約して下に示す[9][10]

フネガイ目 
シラスナガイ上科

Limopsidae シラスナガイ科

Phylobridae シラスナガイモドキ科[2]

タマキガイ科

Glycymeris タマキガイ属

Tucetona ウチワガイ

Glycymerididae 
(abyssate)  

Cucullaeidae ヌノメアカガイ

フネガイ科1

Arca ノアノハコブネガイ

Acar コシロガイ

(epibyssate)  
フネガイ科2 

Barbatia ベニエガイ (epibyssate)

Anadara サトウガイ (endobyssate)

(足糸による分類)[11][12]

  • Abyssate 足糸(byssus)を使用しないかまたは幼貝時のみ使用する。
  • Epibyssate=表生足糸付着型:岩や礫の表面で足糸を出して体を固定する。
  • Endobyssate=内生足糸付着型:貝を一部砂礫に潜らせて、そこから足糸を伸ばして砂礫に体を固定する。

現生種

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  現生の主な種として以下が知られている。海外の貝殻の殻長と産地はロッテルダム自然史博物館の標本のデータを記した。

タマキガイ属 Glycymeris

日本産)[5]

Glycymeris yessoensis

オセアニアアフリカ東岸)[27]

Glycymeris modesta


大西洋産)[27]

Spectral Bittersweet Clams

(東太平洋産)[27]

  • Glycymeris gigantea (Reeve, 1843) メキシコ西岸産, 6cm。内外面に褐色斑。鉸歯面は広い。
  • Glycymeris lintea Olsson, 1961 ペルー産, 4cm。淡い褐色,表面に成長線、黒褐色の殻皮、内面腹縁は細かく刻まれる。
  • Glycymeris maculata (Broderip, 1832) メヒコソノラ州, 5cm。淡い黒褐色。放射肋と鋸歯は間隔が広い。鉸歯面は広い。
  • Glycymeris ovata (Broderip, 1832) ペルー, 4cm。成長線と放射線や内面腹縁の鋸歯が密。
  • Glycymeris septentrionalis (Middendorf, 1849) ワシントン州産, 12mm。淡褐色の薄皮、鉸歯面広い。


化石種

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日本各地の主に日本海日本列島が形成される中新世以降の地層で、タマキガイ属と考えられる多くの化石が見つかっている[29]。  

  • Glycymeris amakusensis Nagao, 1930 天草上島姫浦層群, 白亜紀。放射肋が密で成長線もある[6]
  • Glycymeris ayugawaensis 岐阜県恵那郡鮎川, 中新世[30]
  • Glycymeris cisshuensis Makiyama, 1926キッシュウタマキガイ, 漸新世中新世。福島県東棚倉, 群馬県富岡市[31], 岐阜県瑞浪市, 島根県出雲市, 佐賀県杵島層など。
  • Glycymeris crassa Kuroda, 1931; 長野県東筑摩郡, 別所層, 鮮新世[32]。円形で成長脈が密。
  • Glycymeris densilineata Nagao, 1930[33]
  • Glycymeris gorokuensis Nomura, 1938, 宮城県竜の口層, 鮮新世[6]。成長線と靭帯面。
  • Glycymeris hanzawai Nomura and Zinbô, 1934, 鹿児島県喜界島琉球石灰岩層, 更新世[6]。成長線と靭帯面。
  • Glycymeris himenourensis Tashiro, 1971, 熊本県上天草市姫浦層群, 白亜紀後期[34]
  • Glycymeris hokkaidoensis Nomura, 1938, 北海道中川郡(天塩国), 後期白亜紀[35]。放射肋と成長線。
  • Glycymeris (Tucetona) makiyamai Tsuda, 1959: 富山県大沢野町葛原, 中新世[36]。放射肋が顕著でウチワガイ属
  • Glycymeris matsumoriensis Nomura and Hatai, マツモリタマキガイ。福島県, 中新世[37]
  • Glycymeris minochiensis (Yokoyama) 新生代第三紀[38]。細密な放射線。
  • Glycymeris minoensis Itoigawa[39] ミノタマキガイ。岐阜県, 島根県, 中新世[40]。細かい放射肋と粗い成長線。
  • Glycymeris nakamurai Makiyama 静岡県袋井市掛川層群[41]。9cm, 成長線が密。
  • Glycymeris nakosoensis Hatai and Nisiyama, 1949 福島県勿来町石城層[42], 漸新世[6]。円形, 咬歯列の幅が広い。
  • Glycymeris nipponica (Yokoyama, 1920)[43] 少しひずんだ円形。原記載はPectunculus
  • Glycymeris nozokiensis Hatai and Nisiyama, 1951; 山形県最上郡及位[44], 中新世[6]。円形、放射肋が明らかで、Tucetona nozokiensis (Hatai and Nisiyama) に修正された(1976)。
  • Glycymeris ogawaraensis Kotaka and Noda, 1967; 青森県黒石市大河原層, 中新世。
  • Glycymeris oshimaensis Noda, 1962 新潟県大島村 (新潟県東頸城郡), 頚城層, 中新世[6]
  • Glycymeris rhynconelloides Nomura and Hatai, 1939, 岐阜県瑞浪層群, 島根県宍道湖岸布志名層[45], 中新世[6]
  • Glycymeris subpectiniformis Nomura and Zinbô, 1934, 喜界島, 更新世 [6]。放射肋が広い。鉸歯面が広く靭帯面は狭い。
  • Glycymeris totomiensis Makiyama, 1928, トウトウミタマキガイ。静岡県掛川層群[46]大日層, 鮮新世[47][20]。円形で殻頂が小さく突き出る。鉸歯の幅が広く、靭帯面がある。
  • Glycymeris yamguchii Hayasaka, 1956, 福島県双葉郡浪江町, 石熊層, 鮮新世。鉸歯面が広い[6]

 

人との関係

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大型の貝殻は縄文時代に中央部をくり抜いて腕輪が作られた[48]江戸時代後期の『目八譜』に本属の種が図示されているが、著者武蔵石壽は同種内の変異による呼び名の違いと考えている[13][14]タマキガイは硬くてうま味が少なく後味がくどいため、日本ではほとんど食用とされない[49]。欧州産のホンタマキガイ[50]は甘みがあるため「海のアーモンド」と呼ばれスペインフランスで食用とされる。

脚注

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出典

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  1. ^ Glycymeris”. mindat. 2021年6月27日閲覧。
  2. ^ a b c 佐々木 2010, p.27
  3. ^ Glycymeris da Costa 1778”. WoRMS. 2022年8月16日閲覧。
  4. ^ a b Glycymeris”. gbif. 2022年8月14日閲覧。
  5. ^ a b 松隈 2004, p.282-283
  6. ^ a b c d e f g h i j 二枚貝データベース Glycymeris”. 東北大学博物館. 2022年8月13日閲覧。
  7. ^ Thomas 1975
  8. ^ 波部 1966, PL47, p.128-129
  9. ^ Combosch et al., 2017
  10. ^ Audino 2020
  11. ^ Oliver & Holmes 2006
  12. ^ 佐々木 2010, p.197
  13. ^ a b 武蔵石壽服部雪斎 (1843). “(五十三)弁慶介”. 『目八譜』 (第三巻). https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287298/38. 
  14. ^ a b 武蔵石壽服部雪斎 (1843). “(五十五)轟介”. 『目八譜』 (第三巻). https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287298/40. 
  15. ^ Yamaoka 2016
  16. ^ 黒田 1934
  17. ^ 天野 2022
  18. ^ Glycymeris (Tucetilla) pilsbryi”. 東京大学総合研究博物館. 2022年8月16日閲覧。
  19. ^ ビロードタマキ”. 千葉県立中央博物館. 2022年8月16日閲覧。
  20. ^ a b 柴 2014
  21. ^ 松隈 1981
  22. ^ 槇山 1930
  23. ^ 渡部 1977
  24. ^ 大桑層 貝の化石を調べる”. 北村晃寿. 2022年8月23日閲覧。
  25. ^ 天野 2006
  26. ^ 糸魚川 1973, p.160
  27. ^ a b c Glycymerididae”. Natural History Museum Rotterdom. 2022年8月23日閲覧。
  28. ^ NC 1994, p.15
  29. ^ Glycymeris属”. 日本古生物標本横断データベース. 2022年8月16日閲覧。
  30. ^ 伊田 1944
  31. ^ Kurihara 2010
  32. ^ 槇山次郎博士記載標本”. 東大博物館. 2022年8月13日閲覧。
  33. ^ Genera and Subgenera of Mesozoic Bivalvia Proposed on the Materials from Japan and its Adjacent Areas”. 東大. 2022年8月13日閲覧。
  34. ^ Glycymeris himenourensis”. 熊本博物館. 2022年8月15日閲覧。
  35. ^ タマキガイ”. 北海道大学総合博物館. 2022年8月15日閲覧。
  36. ^ Strioterebrem (Punctoterebra) makiyamai”. 京都大学総合博物館. 2022年8月15日閲覧。
  37. ^ マツモリタマキガイ”. 福島県立博物館. 2022年8月15日閲覧。
  38. ^ Glycymeris minochiensis (Yokoyama)”. 東京大学総合研究博物館. 2022年8月15日閲覧。
  39. ^ 延原尊美 (2022). “糸魚川淳二先生のご逝去を悼んで”. 日本貝類学会研究連絡誌ちりぼたん 52 (2): 212-216. 
  40. ^ Glycymeris minoensis (Yokoyama)”. 京都大学総合博物館. 2022年8月16日閲覧。
  41. ^ Glycymeris nakamurai Makiyama”. 島根大学総合博物館. 2022年8月16日閲覧。
  42. ^ いわきの石炭をつくった植物たち”. 福島県立博物館. 2022年8月16日閲覧。
  43. ^ Glycymeris (Glycymeris) nipponica (Yokoyama, 1920)”. 東京大学総合研究博物館. 2022年8月16日閲覧。
  44. ^ 馬場 1991
  45. ^ 出雲地域の地質の特徴について”. 島根大学. 2022年8月16日閲覧。
  46. ^ 掛川層群”. ブリタニカ国際大百科事典. 2022年8月16日閲覧。
  47. ^ 柴 2001
  48. ^ 貝の考古学(1) 貝から読み取る先史時代の人々の交流”. 市原市埋蔵文化調査センター 忍澤成視. 2019年2月22日閲覧。
  49. ^ 市場魚介類図鑑 タマキガイ”. 藤原昌髙. 2019年2月22日閲覧。
  50. ^ 市場魚介類図鑑 ホンタマキガイ”. 藤原昌髙. 2022年8月16日閲覧。

参考文献

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外部リンク

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