Chuck D | |
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Chuck D 2000年 | |
基本情報 | |
出生名 | Carlton Douglas Ridenhour |
別名 | Carl Ryder, Mistachuck, Chucky D, Chuck Dangerous, The Hard Rhymer, The Rhyme Animal |
生誕 |
1960年8月1日(63歳) アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク市 |
出身地 | ニューヨーク州ロングアイランド |
ジャンル |
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職業 |
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活動期間 | 1984年 - |
共同作業者 |
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公式サイト |
www |
カールトン・ダグラス・リーデンアワー(Carlton Douglas Ridenhour、1960年8月1日 - )は、Chuck D(チャックD)として知られる、アメリカ合衆国ニューヨーク市クイーンズ区生まれ[1]、同州ナッソー郡ルーズベルト出身のラッパー。ヒップホップ・グループのパブリック・エナミーやプロフェッツ・オブ・レイジのメンバーとして活動している。
ニューヨーク市のクイーンズ区生まれ。その後ナッソー郡のルーズベルトで育ち、ルーズベルト高等学校を卒業[2]。卒業後はグラフィックデザインを学ぶためアデルフィ大学へ進学。同大学では学生が運営するラジオ局・WBAUで活動。WBAUでは後にボム・スクワッドで活動を共にするハンク・ショックリーや、ビル・ステフニー(後にデフ・ジャム・レコーディングスのエグゼクティブ・プロデューサー)と出会う[3]。1984年に学士を取得[4]。2013年には名誉博士号を受章している[5]。
WBAUでは「Chuckie D.」としてステフニーの番組に出演。番組のテープを聴いたデフ・ジャム・レコーディングスの設立者、リック・ルービンがリーデンアワーにラップを始めないかと呼びかけた。ルービンはプロデューサーにショックリー、マーケティングにステフニー、DJをノーマン・ロジャース(後のターミネーターX)とする計画を立案。リーデンアワーは「Chuck D」(チャックD)と名乗り、アデルフィ大学在学時に知り合ったウィリアム・ドレイトン(フレイヴァー・フレイヴ)と共にヒップホップ・グループ「パブリック・エナミー」を結成[3]。1987年に1stアルバム『Yo! Bum Rush the Show』をリリースした。
1996年にマーキュリー・レコードと契約し、ソロとして初のアルバム『Autobiography of Mistachuck』をリリース。
2012年12月11日、パブリック・エナミーのメンバーとして、ロックの殿堂(2013年度)の受賞が発表された[6]。
2016年にレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのトム・モレロらと共にプロフェッツ・オブ・レイジを結成した。
ソロ・アルバム