テリー・テルオ・カワムラ Terry Teruo Kawamura | |
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生誕 |
1949年12月10日 アメリカ合衆国 ハワイ州 ホノルル |
死没 |
1969年3月20日(19歳没) ベトナム共和国 キャンプ・ラドクリフ |
所属組織 | アメリカ陸軍 |
最終階級 | 伍長 |
戦闘 | ベトナム戦争 |
テリー・テルオ・カワムラ(Terry Teruo Kawamura、日本姓:河村、1949年12月10日 - 1969年3月20日)は、アメリカ陸軍第173空挺旅団第173工兵中隊伍長。ベトナム戦争時の活躍により、名誉勲章受章者となった。
ハワイ州ホノルルに、中国系クォーターであるハワイ人の父と日系人の母の間に生まれる[1]。
陸軍に入隊後、南ベトナムに派遣される。1969年3月20日に同国にあるキャンプ・ラドクリフにて、敵から投擲された爆発物に覆い被さって戦死し、付近にいた2人の戦友の命を救った。僅か19歳で命を落とし、自らを犠牲にして仲間を救った功績により名誉勲章を受章した。
死後、故郷ホノルルにあるミリラニ・メモリアルパークに埋葬された。
カワムラが受賞した名誉勲章には下記のように記されている。
カワムラ伍長は第173工兵中隊の一員として、自らの生命の危険を顧みない、勇敢かつ大胆不敵な行動により、課せられた以上の任務を果たし、その名を残すこととなった。敵の爆破部隊が彼の部隊の兵舎を自動火器により襲撃した際、カワムラ伍長は強烈な火炎をものともせず、武器を取りに向かった。その瞬間の激しい爆発は、屋根に穴を空け、部屋に居た者を気絶させた。カワムラ伍長は武器を手に取り、敵へ反撃しようと試みたが、別の弾薬が屋根の穴を通して、床に放り投げられたことに気が付いた。彼は2人の戦友が危険に晒され、警告を叫んでいることに気が付いたが、逃げるどころか、躊躇せずクルリと向きを変え、全力で弾薬に身を投げ出した。自身の危険を一切顧みないカワムラ伍長の行動により、2人の命が救われた。カワムラ伍長によって示された驚異的な勇気と無私無欲の精神は、軍隊の最も崇高な伝統を維持し、また、彼本人やその部隊、ひいてはアメリカ陸軍への大きな信頼をもたらすものであった。