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ベシクタシュ時代(2007年) | ||||||
名前 | ||||||
本名 |
デイヴィソン・ロジェリオ・ダ・シウヴァ Deyvison Rogério da Silva | |||||
ラテン文字 | Bobô | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | ブラジル | |||||
生年月日 | 1985年1月9日(40歳) | |||||
出身地 | ペルナンブーコ州グラヴァタ | |||||
身長 | 186cm | |||||
体重 | 85kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | FW (CF) | |||||
利き足 | 右足 | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2004-2005 | コリンチャンス | 31 | (3) | |||
2005-2011 | ベシクタシュ | 144 | (58) | |||
2011-2012 | クルゼイロ | 6 | (1) | |||
2012-2015 | カイセリスポル | 67 | (32) | |||
2015-2016 | グレミオ | 29 | (6) | |||
2016-2018 | シドニーFC | 57 | (42) | |||
2018-2019 | アランヤスポル | 11 | (0) | |||
2019-2020 | ハイデラバードFC | 13 | (5) | |||
2020 | オエステ | 6 | (1) | |||
2021-2022 | シドニーFC | 43 | (17) | |||
代表歴 | ||||||
2005 | ブラジル U20 | 13 | (7) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2021年1月1日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
ボボー(ポルトガル語: Bobô)ことデイヴィソン・ロジェリオ・ダ・シウヴァ(ポルトガル語: Deyvison Rogério da Silva, 1985年1月9日 - )は、ブラジル・ペルナンブーコ州グラヴァタ出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはフォワード。
2004年にSCコリンチャンス・パウリスタのユースから昇格した。
2005年のシーズン途中にベシクタシュJKに期限付き移籍すると、リーグ戦14試合で5得点し、後に完全移籍した。
2006-07シーズンはリーグ戦で12得点し、その年はクラブが出場したすべての大会でチームの最高得点を叩き出した。テュルキエ・クパスでも得点王に輝いた。
2007-08シーズンのUEFAチャンピオンズリーグではホームのファーストレグ、対リヴァプールFC戦で後半37分に得点し、劇的な勝利に貢献した。また、ホームのセカンドレグ、対オリンピック・マルセイユ戦でも後半43分に得点し勝利に導いた。クラブは同大会グループリーグ6試合で2勝4敗の成績で、勝利した試合では必ず得点を記録していた。
2008-09シーズンはリーグ戦32試合で12得点し、トルコ・カップでも11得点を記録し、この大会では2シーズン振りの得点王を獲得した。
2011年にはクルゼイロECに移籍し、母国復帰となった。
2012年、再びトルコに渡り、カイセリスポルに所属。同クラブでリーグ合計32得点をあげた。
2015年7月25日に、2016年末までの契約でグレミオFBPAに移籍[1]。
2016年8月5日に、AリーグのシドニーFCにマーキープレーヤーとしての移籍話が報じられ[2]、同月17日に1年契約、100万豪ドルでの移籍となった[3]。FFAカップのブラックタウン・シティFC戦でデビュー、1得点2アシストを記録し3-0で勝利を収めた[4]。リーグ戦デビューとなったウェスタン・シドニー・ワンダラーズFCとのシドニー・ダービーにおいても、1得点1アシストの活躍でチームを4-0の勝利に導いた。フィリップ・ホロシュコ、ミロシュ・ニンコヴィッチ、アレックス・ブロスケらと強力な攻撃陣を形成し、クラブは14試合で34得点を記録した。
2017年2月24日のメルボルン・シティFCで加入後の得点が2桁に到達[5]。翌月3日のメルボルン・ヴィクトリーFCとのダービー「ザ・ビッグ・ブルー」で、ホロシュコによるクロスからリーグ優勝を決定付けるゴールを挙げる[6]。
オーストラリアでの最初のシーズンで15得点を記録し、クラブの2009-10シーズン以来となるリーグ優勝に貢献した[7]。
2017年8月2日、FFAカップのダーウィン・ローヴァーズFC戦で4得点し8-0で大勝した[8]。続くバンクスタウン・ベリーズFCとの試合でも1ゴールし、クラブは準決勝へ進出した。サウス・メルボルンFC (5-1) 戦で2得点し決勝へ駒を進めると[9]、同じ週に行われたリーグ戦第2節ウェリントン・フェニックスFC戦でもゴールネットを揺らし3-2の接戦を制した[10]。
アデレード・ユナイテッドFCとのFFAカップ決勝戦で112分に決勝点を挙げ、クラブを優勝に導くと共に自身も同大会8ゴールを収め得点王となった[11]。
2017年12月23日、ウェリントン・フェニックスFCを相手にリーグ戦自身初のハットトリックを記録[12]、4-1でアウェイ戦を制した。次節パース・グローリーFC戦 (6-0) でも3得点を挙げ、リーグ史上2人目となる2試合連続ハットトリックを達成した[13]。
3月29日のパース・グローリーFC戦でリーグ戦24得点目を挙げ、Aリーグにおけるシーズン歴代最多得点記録を更新。最終的に27ゴールでリーグ得点王を獲得し、ベストイレブンにも選出された[14]。
2018年7月、アランヤスポルへ1年契約で移籍した[15][16]。
2019年、インドに渡りインディアン・スーパーリーグのハイデラバードFCに移籍。
2021年、シドニーFCに復帰。
2022年5月2日、現役引退を表明した[17]。
2008年2月4日に膝と足首の怪我で離脱したアレシャンドレ・パトに代わって、代表に初めて招集された。2月6日に行われたアイルランド戦にベンチ入りするも、出場はしなかった。