トリナ・ロビンス (Trina Robbins、1938年 8月17日 [ 5] - 2024年 4月10日 )は、アメリカ合衆国 の漫画家 、コミック研究者[ 6] 、フェミニスト 。
ニューヨーク市 ブルックリン 生まれ。米国で1960年代に始まったアンダーグラウンド・コミック 運動に関わった作家の中でも女性としてもっとも影響力が高く、「アンダーグラウンド・コミックの女王」と呼ばれた。ロビンスが発刊に関わった It Ain't Me, Babe Comix (1970年)や Wimmen's Comix (1972年-1992年)は女性によって制作・出版された最初のコミックだった。
1980年代からは大手出版社でスーパーヒーロー ・ジャンルの作品に携わり始め、DCコミックス で『ワンダーウーマン 』の作画を女性として初めて手掛けた。1990年代以降は著述活動が主体となり、女性コミック史に関する先駆的な著作を残している。また女性によるコミック創作や女性読者を振興する活動を国際的に行っている。2013年にアイズナー賞 殿堂入り。
1938年、ニューヨークに生まれる。旧姓はパールソン[ 5] 。ユダヤ系の両親は教師とジャーナリストで、父親は急進的社会主義者 だった。ロビンスは両親からリベラル な道徳観を教えられた。幼少期は探偵ものコミック『ザ・スピリット (英語版 ) 』のほか、ターザン の女性版「ジャングルの女王シーナ 」を筆頭にワンダーウーマン やメアリー・マーベル (英語版 ) のような女性主人公の冒険もの、「パッツィ・ウォーカー (英語版 ) 」や「ミリー・ザ・モデル (英語版 ) 」のような少女もの作品を愛読していた[ 5] 。高校に入るころいったんコミックを卒業したが[ 10] 、青年期にはジャック・カービー やスティーヴ・ディッコ がマーベル・コミックス で描いていたサイケデリック なスーパーヒーロー作品によって関心を再燃させた。
1950年代から1960年代にかけてSFファンダム で活発に活動し、ヒューゴー賞 ファンジン 部門を受けた『ハバクク (英語版 ) 』誌などでイラストレーションを発表した。クイーンズ・カレッジ やクーパー・ユニオン で芸術を学んだがドロップアウトした。ロサンゼルスで雑誌のヌードモデルをしている間に出版人ポール・ロビンスと結婚した[ 5] 。ロビンスとの結婚生活中に服装制作を仕事にするようになり、10年ほどで離婚するとニューヨークに戻って「ブロッコリー」という名のブティックを開いた。店は芸術家の溜まり場となった[ 11] 。
1965年にアンダーグラウンド新聞 『イースト・ヴィレッジ・アザー (英語版 ) 』と出会い、大麻 やサイケデリック文化を扱ったコミック・ストリップに新鮮な魅力を感じた[ 13] 。ロビンスは同紙に「ブロッコリー」の宣伝スペースをもらい、そこにコミックを描き始めた[ 13] 。タブー破りの題材と、子ども向けコミックの無邪気さを兼ね備えた作風だった[ 10] 。同紙から派生したタブロイド判のコミック紙『ゴシック・ブリンプ・ワークス (英語版 ) 』(1968年-1969年)にも寄稿した。1969年、ウォレン・パブリッシング (英語版 ) の長寿キャラクターとなる『ヴァンピレラ 』第1号(フランク・フラゼッタ 画)で主人公のコスチュームをデザインした[ 14] 。同年に第二波フェミニズム に触れ、生涯にわたる影響を受けることになる[ 5] 。またこのころ、西海岸で活動を始めていたロバート・クラム の『ザップ・コミックス (英語版 ) 』を知り、慣習にとらわれない自由なコミックに衝撃を受けた[ 11] 。
1970年にアンダーグラウンド・コミック運動の発信地だったサンフランシスコ に移り[ 13] 、フェミニスト系の新聞 It Ain't Me, Babe (→「私そういう女じゃないから」) でイラストレーションを描いた。しかしアンダーグラウンド・コミックブック執筆者(出版者)のサークルにはなかなか迎え入れられなかった[ 16] 。ロビンスはそれが、男性がほとんどを占めるアンダーグラウンド・コミック界の性差別 によるものだと考えた[ 5] [ 13] 。運動の中心人物だったクラムの作品にも女性嫌悪 が見られると主張しており、「人々がクラム作品の恐るべき暗黒面に敢えて目を向けようとしないのは異様に思える。[… ] レイプと殺人のどこが面白いというのか?」と書いている。
ロビンスは同じ立場だったバーバラ・メンデス (英語版 ) とともにワンショット(単号)のコミックブック It Ain't Me, Babe Comix (1970年)を刊行した。女性のための女性像を提示するメッセージ性の強い作品だった。編集から制作まで女性だけによるコミックブックとして米国初の作品であり[ 13] 、コミック史に転機をもたらしたと評価されている[ 5] 。同誌の好評を受けて、同じ出版社から女性作家の作品発表の場となるレギュラー誌 Wimmen’s Comix (英語版 ) が1972年に創刊され、ロビンスも立ち上げに携わった[ 13] 。創刊号に掲載されたロビンスの短編 "Sandy Comes Out"(→サンディのカムアウト ) はコミック・ストリップ 史上初めてポルノグラフィ ではないオープンなレズビアン 女性を描いていた[ 22] 。Wimmen’s Comix はその後20年近くにわたって刊行され続け、多くのフォロワーを生み出した。
1970年代半ばにはアンダーグラウンド・コミックの販路だったヘッドショップ (英語版 ) (マリファナ 喫煙具などを販売するヒッピー 文化の小売店)が衰退し、ロビンスも活動の場をほかに求め始めた[ 5] [ 13] 。1976年の Wet Satin; Women's Erotic Fantasies は女性によるエロティカ だったが、わいせつ物として批判を受け1号限りで終わった。1978年の Mama! Dramas は、ロビンス自身を始めとするシングルマザー作家の体験談を集めたアンソロジーだった。1980年代前半、サックス・ローマー の Dope やタニス・リー の『銀色の恋人 (英語版 ) 』のような小説作品のコミック化を手掛けた。
1982年のサンディエゴ・コミコン でコミックと女性についてのパネルに参加した。
1980年代には米国の大手出版社にはたらきかけて女性向け作品を出そうと試みた。マーベル・コミックス 社では子供向けインプリント であるスター・コミックス (英語版 ) で『ミート・ミスティ』(1986年)全7号を描いた。マーベル社の古い少女キャラクター、ミリー・ザ・モデルが成人してモデル事務所を経営し、姪のミスティを育てるというリメイク作品だった。DCコミックス では看板キャラクターの一人ワンダーウーマン を描いている(後述 )。次いで1987年から翌年にかけて独立系出版社イクリプス・コミックス (英語版 ) でも全8号のティーン向けシリーズ『カリフォルニア・ガールズ』を出した。しかし当時の米国では男性顧客中心のコミック専門店 が流通の主体となりつつあり、これらの少女向けタイトルは大きな売り上げにつながらなかった。この時期からしばらくの間、「女性はコミックを読まない」という風潮がコミック界に定着した。
1990年、中絶の権利 をテーマとした全米女性同盟 (英語版 ) のためのチャリティ・コミック Choices: A Pro-Choice Benefit Comic Anthology for the National Organization for Women を編集し、ロビンス自身の出版レーベル(アングリー・イシス・プレス)から刊行した。寄稿者はほとんどが女性で、アンダーグラウンド系、オルタナティブ系 、クィア系、メインストリーム系、コミック・ストリップ系の錚々たるコミック作家が集められていた。
1990年代の初め、コミック界の時流から外れたと感じて作画家としての活動を止め、原作や活字本の執筆を主体にし始めた[ 5] [ 28] 。2000年、少女読者に向けた1960年代レトロ風味のスーパーヒーロー・シリーズ GoGirl! を出した。ロビンスが原作を書き、主にアン・シモンズが作画を担当した。イメージ・コミックス から5号が発行された後にダークホース・コミックス に移籍し、2006年まで刊行が続けられた。2010年、1950年代に作られた女性私立探偵ハニー・ウェスト のコミックシリーズ全7号の原作を書いた。2000年代に日本漫画 の英訳出版が盛んになると、ビズメディア から刊行された少女漫画 作品のダイアログ(英訳文のリライト)を手掛けた[ 32] 。
ワンダーウーマン に公式に手掛けたのは1986年からだった。当時DCコミックス は『クライシス・オン・インフィニット・アース 』で自社のシリーズ全体をリローンチしたところだった。ワンダーウーマンが旧シリーズから新シリーズに切り替わる合間に、カート・ビュシーク (英語版 ) の原作、ロビンスの作画で全4号のリミテッドシリーズ『ザ・レジェンド・オブ・ワンダーウーマン』が出た。ゴールデンエイジ (英語版 ) にまで遡るワンダーウーマンの歴史へのオマージュだった。ワンダーウーマンを女性が描いたのはロビンスが初めてだった[ 34] 。リローンチ後の『ワンダーウーマン・アニュアル』第2号(1989年)にはロビンスが作中人物として登場している。
1990年代の半ば、作画家マイク・デオダート がワンダーウーマンを「バッドガール (英語版 ) 」風に描写するのを批判し、「ほとんど裸の性的過ぎるピンナップ 」と呼んだ[ 35] 。1990年代の後半にはコリーン・ドラン (英語版 ) との共作でドメスティックバイオレンス をテーマにした『ワンダーウーマン: ザ・ワンス・アンド・フューチャー・ストーリー』を書いた。
コミック以外にも、女性コミック史研究の第一人者として多くのノンフィクション書籍を書いている[ 5] [ 37] 。最初の一冊であったキャサリン・アイロンウォード (英語版 ) との共著 Women and the Comics (1983年)は、女性コミック作家の歴史を再発見する内容で高く評価された。それ以降の著作には以下のような例がある。
A Century of Women Cartoonists (キッチンシンク、1993年)
The Great Women Superheroes (キッチンシンク、1997年)
From Girls to Grrrlz: A History of Women’s Comics from Teens to Zines (クロニクル、1999年)
The Great Women Cartoonists (ワトソン=ガプティル、2001年)
近著にはファンタグラフィックス から2013年に刊行された Pretty In Ink がある。ローズ・オニール による1896年のコミック・ストリップ "The Old Subscriber Calls" から現在に至るまで北米コミック界の女性史を書いた本である。そのほか過去のコミックの復刊も行っている。
1994年にはほかの発起人とともにコミック読者やコミック業界人に女性を増やすことを目的とする団体フレンズ・オブ・ルル (英語版 ) を創立した[ 40] 。
2006年、ウィーン のセセッション・ギャラリーにおいて、米国コミック史上の女性作家の作品を展示する "She Draws Comics" のキュレーションを行った[ 37] 。この展示はヨーロッパ各国のほかニューヨーク、サンフランシスコ、京都でも開催された。
フェニミズムの歴史を扱った2014年の映画 She's Beautiful When She's Angry (→怒っているとき彼女は魅力的) にはロビンスが登場している[ 42] [ 43] 。
1960年代にはロックシーンと密接に関わり、ジム・モリソン やバーズ と交友を持っていた。ジョニ・ミッチェル の曲「レディズ・オブ・ザ・キャニオン 」の歌詞に登場する3人の女性の1人はロビンスである。1960年代の後半にはイースト・ヴィレッジ で「ブロッコリー」という店名のブティックを経営し、ママ・キャス 、ドノヴァン 、デヴィッド・クロスビー のような歌手のために衣装を制作していた[ 45] 。
1975年以来サンフランシスコ在住[ 11] 。伴侶はコミック作画家のスティーヴ・レイアロハ (英語版 ) [ 46] 。2017年にファンタグラフィックスから回想録 Last Girl Standing が出ている。
2024年4月10日に脳卒中 との闘病の末に死去。85歳没[ 47] 。
2023年のワンダーコン (英語版 ) において。
歴史的に女性向け作品が少なく、女性の作家や読者の存在もあまり認知されていなかった米国のコミック文化に著述活動を通して「女性コミックス」というカテゴリーを打ち立てたことで知られている。フェミニズム思想を背景にしたオルタナティヴ・コミック 作家としても先駆的な存在であり、欧米の女性コミックの主流であるフェミニズムあるいはレズビアンの視点を中心とする自伝形式・日記形式 の作品の源流に位置している。
1977年サンディエゴ・コミコン に特別ゲストとして参加し[ 49] 、インクポット賞 を受けた[ 50] 。1989年のコミコンではビル・シンケビッチ (英語版 ) とロバート・トリプトー (英語版 ) とともに編集したチャリティ・コミック『ストリップ・エイズUSA (英語版 ) 』で特別業績賞を与えられた。
1992年、ウィスコンシン州のSFコンベンションであるウィスコン (英語版 ) にゲスト・オブ・オナーとして迎えられた[ 51] 。
2002年、スペインで刊行されたコミックを表彰するハクスター賞 (英語版 ) のジョン・ビュッセマ (英語版 ) 特別賞を受賞した[ 52] 。
2011年、トロント のコフラー・ギャラリー (英語版 ) で原画展 Graphic Details: Confessional Comics by Jewish Women が開催された[ 53] 。
2013年7月、サンディエゴ・コミコン においてウィル・アイズナー殿堂 入りを果たした[ 54] 。
2015年、ウェブメディアCBR が行った女性コミック作家のオールタイムベスト投票で作画部門の25位を占めた[ 55] 。
2016年、ウェブメディアコミックス・アライアンス により、男性優位のコミック界で顕著な業績を上げた12人の女性コミック作家の一人に挙げられた[ 56] 。
2017年、コミック関連のメディア企業ウィザード・ワールド (英語版 ) 社からホール・オブ・レジェンズ賞を与えられた[ 57] 。
2020年、ニューヨークのイラストレーター協会 (英語版 ) による展示 "Women in Comics: Looking Forward, Looking Back" においてロビンス自身の原画や女性漫画家作品のコレクションが展示された。またローマ のパラッツォ・メルラーナでも "Women in Comics" として展示された[ 58] 。
特記がない限り原作・作画を兼任している。
It Ain't Me, Babe Comix (ラスト・ガスプ (英語版 ) Last Gasp、1970年)— 発起、寄稿
All Girl Thrills (プリント・ミント (英語版 ) 、1971年)— 編集、寄稿
Wimmen's Comix (ラスト・ガスプ、ast Gasp、レネゲイド・プレス (英語版 ) 、リップオフ・プレス (英語版 ) 、1972年–1992年) — 発起、寄稿
Mama! Dramas (エデュコミックス、1978年)— 編集、寄稿
Dope (イクリプス・コミックス (英語版 ) 、1981年–1983年)— サックス・ローマー による同題小説のコミック版
The Silver Metal Lover (クラウン・ブックス (英語版 ) 、1985年)— タニス・リー による同題小説のコミック版l
Misty (スター・コミックス、1985年–1986年)— リミテッドシリーズ(号数限定の定期刊行物)
The Legend of Wonder Woman (DCコミックス 、1986年)— リミテッドシリーズ
California Girls #1–8(イクリプス・コミックス、1987年–1988年)— 原作/作画、バーブ・ラウシュとの共作
Strip AIDS U.S.A.: A Collection of Cartoon Art to Benefit People With AIDS (ラスト・ガスプ、1988年)— ビル・シンケビッチ、ロバート・トリプトーと共同で編集
Choices: A Pro-Choice Benefit Comic Anthology for the National Organization for Women (アングリー・アイシス・プレス、1990年)— 編集、寄稿
Wonder Woman: The Once and Future Story (DCコミックス、1998年)— 原作(作画コリーン・ドラン)
GoGirl! #1–5(イメージ・コミックス )2000年–2001年)— 原作
GoGirl! #1–3(ダークホース・コミックス 、2002年–2006年)— 原作、#2–3は新作
Honey West #1, 2, 6, 7(ムーンストーン・ブックス、2010年)— 原作
Honey West and The Cat #1–2(ムーンストーン・ブックス、2013年)— 原作
East Village Other (イーストヴィレッジ・アザー、1960年代後半)
Gothic Blimp Works (イーストヴィレッジ・アザー、1969年)
Moonchild Comix #3(Nicola Cuti、ムーンチャイルド・プロダクションズ、1970年)[ 59] [ 60]
Swift Comics (バンタム・ブックス (英語版 ) 1971)
Girl Fight Comics #1–2(プリント・ミント、1972年、1974年)
Tuff Shit Comics (プリント・ミント、1972年)
Barbarian Comics #4(カリフォルニア・コミックス、1972年)
Comix Book (英語版 ) (マーベル・コミックス、キッチンシンク・プレス、1974年–1976年)
Tits & Clits Comix (英語版 ) #3(ナニー・ゴート・プロダクションズ、1977年)
Gates of Eden (ファンタコ・エンタープライズ (英語版 ) 、1982年)
Good Girls (ワンダフル・パブリッシング・カンパニー、1985年)
Gay Comics (英語版 ) #6, #11, #25(ボブ・ロス (英語版 ) 、1985年、1986年、1998年)
War News (ジム・ミッチェル (英語版 ) 、1991年)— 第1次湾岸戦争 への抗議として発刊されたアンダーグラウンド紙[ 61]
Alien Apocalypse 2006 (フロッグ、2000年)
9-11: September 11, 2001 (Artists Respond) (ダークホース、ケイオス、イメージ、2002年)
The Phantom Chronicles (ムーンストーン・ブックス、2007年)
Girl Comics (英語版 ) (マーベル・コミックス、2010年)
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女性MANGA研究プロジェクト、ロビンス, トリナ、大城房美 ほか 編『She Draws Comics : 100 Years Of America’s Women Cartoonists』花書院、2009年。