Nick Price | |
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基本情報 | |
名前 | ニック・プライス |
生年月日 | 1957年1月28日(67歳) |
身長 | 183 cm (6 ft 0 in) |
体重 | 86 kg (190 lb) |
国籍 | ジンバブエ |
出身地 | 南アフリカ共和国・ダーバン |
経歴 | |
プロ転向 | 1977年 |
成績 | |
優勝回数 |
米国18・国際24 メジャー大会:3勝 |
賞金王 | 米国ツアー:1993年・94年 |
世界ランク最高位 | 1位 |
賞金ランク最高位 | 1位(米国1993年・94年) |
殿堂表彰者 | |
選出年 | 2003年 |
選出部門 | PGAツアー |
ニコラス・レイモンド・レイジ・プライス(Nicholas Raymond Leige Price, 1957年1月28日 - )は、ジンバブエのプロゴルファー。1990年代を代表するゴルファーの1人として、メジャー大会通算「3勝」を挙げた名選手として知られる。1993年と1994年の2年連続でアメリカPGAツアー賞金王(賞金ランキング1位)になり、1994年は世界ランキングでも年間最終ランキング1位に輝いた。PGAツアーでメジャー3勝を含む通算18勝、国際試合で24勝を挙げる。
ニック・プライスの出身地は南アフリカ・ダーバンであるが、8歳の時にジンバブエ(当時の国名はローデシア)に引っ越した。彼がゴルフを始めたのはその後だったという。17歳の時にアメリカ・カリフォルニア州サンディエゴにある「トーリー・パインズ・ゴルフクラブ」(Torrey Pines)で行われる「世界ジュニアゴルフ選手権」で優勝し、1977年に20歳でプロ入り。1978年からヨーロッパツアーに参戦を開始し、1980年の「キヤノン・ヨーロピアン・マスターズ」で優勝した。1983年に「NECワールドシリーズ・オブ・ゴルフ」(現在のブリヂストン招待選手権)でアメリカPGAツアー初優勝。しかし、その後に数年間の低迷期が訪れ、プライスのゴルフ経歴が開花したのは1990年代に入ってからであった。
1991年にPGAツアーの「バイロン・ネルソン・クラシック」と「カナディアン・オープン」に優勝してから、プライスは全盛期を迎える。1992年の第74回全米プロゴルフ選手権では4日間アンダーパーで廻り、メジャー大会初優勝を達成。1993年はPGAツアーで年間4勝を挙げたが、その中にはメジャー大会に次ぐ規模を誇る「プレーヤーズ選手権」(3月最終週)の優勝も含まれている。1994年、ニック・プライスはジ・オープンと全米プロゴルフ選手権でメジャー大会2連勝を成し遂げ、メジャー通算「3勝」を飾った。ジ・オープンはターンベリー開催で、最終日に16番ホールでバーディ、17番ホールで約20mのイーグルパットを決めて、12アンダーパーで2位のイェスペル・パルネヴィクに1打差での優勝であった。全米プロゴルフ選手権は2年ぶり2度目の優勝となる。これでプライスは1993年と1994年の2年連続でPGAツアーの賞金王となり、「年間最優秀選手」にも選出された。1994年はメジャー大会2連勝もあり、世界ランキングでも年間最終ランキング1位になっている。なお、3勝を挙げたメジャー大会では、1997年6月に白血病で亡くなった"スクイーキー(Squeeky)"ジェフ・メドレンがキャディを務めた。
プロゴルファーの国際化にともなって、1994年からヨーロッパ出身者以外の国際選手たちがアメリカ選抜チームと戦う新しい団体戦「プレジデンツカップ」が創設された。ライダーカップはアメリカ選抜チームとヨーロッパ出身者のみに限定されているため、同じ方式の団体戦としてプレジデンツカップを新設し、ライダーカップと交互に開催することになったのである。ニック・プライスはジンバブエのゴルファーとして、第1回大会の1994年大会からずっと「国際選抜チーム」に参加し、2003年大会まで5回連続で出場した。
その後の成績は、1999年に日本の「サントリーオープン」で優勝がある。最近は2002年5月にPGAツアーの「マスターカード・コロニアル」で優勝した。2002年に、プライスは「ペイン・スチュワート賞」(1999年に飛行機事故死したペイン・スチュワートの功績を讃えて設けられた)を受賞し、2003年に世界ゴルフ殿堂入りを果たした。プライスはまた、南アフリカや南米などを中心にゴルフコースの設計にも携わっている。2007年からは、50歳以上の選手を対象とする「チャンピオンズツアー」に転戦を開始した。
Legend |
メジャー大会 (3) |
Regular PGA Tour (15) |
No. | Date | Tournament | 優勝スコア | 2位との差 | 2位(タイ) |
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1 | 28 Aug 1983 | ワールドシリーズ・オブ・ゴルフ | −10 (66-68-69-67=270) | 4打差 | ジャック・ニクラス |
2 | 5 May 1991 | GTEバイロン・ネルソン・クラシック | −18 (68-64-70-68=270) | 1打差 | クレイグ・スタドラー |
3 | 8 Sep 1991 | カナディアン・オープン | −15 (69-68-65-69=273) | 2打差 | グレグ・ノーマン |
4 | 16 Aug 1992 | 全米プロゴルフ選手権 | −6 (70-70-68-70=278) | 3打差 | ジョン・クック, ニック・ファルド, ジム・ギャラガー・Jr, ジーン・サウアーズ |
5 | 25 Oct 1992 | H.E.B.テキサス・オープン | −25 (67-62-66-68=263) | Playoff | スティーブ・エルキントン |
6 | 28 Mar 1993 | ザ・プレーヤーズ・チャンピオンシップ | −18 (64-68-71-67=270) | 5打差 | ベルンハルト・ランガー |
7 | 27 Jun 1993 | キヤノン・グレーター・ハートフォード・オープン | −17 (65-70-69-65=271) | 1打差 | ロジャー・マルトビー, ダン・フォルスマン |
8 | 4 Jul 1993 | スプリント・ウェスタン・オープン | −19 (66-71-67-67=269) | 5打差 | グレグ・ノーマン |
9 | 1 Aug 1993 | フェデックス・セントジュード・クラシック | −22 (69-65-66-66=266) | 3打差 | ジェフ・マガート, リック・フェール |
10 | 13 Mar 1994 | ホンダ・クラシック | −12 (70-67-73-66=276) | 1打差 | クレイグ・パリー |
11 | 29 May 1994 | サウスウェスタン・ベル・コロニアル | −14 (65-70-67-64=266) | Playoff | スコット・シンプソン |
12 | 1 Jul 1994 | モトローラ・ウェスタン・オープン | −11 (67-67-72-71=277) | 1打差 | グレグ・クラフト |
13 | 17 Jul 1994 | 全英オープン | −12 (69-66-67-66=268) | 1打差 | イェスパー・パーネビック |
14 | 14 Aug 1994 | 全米プロゴルフ選手権 | −11 (67-65-70-67=269) | 6打差 | コリー・ペイビン |
15 | 11 Sep 1994 | ベル・カナディアン・オープン | −13 (67-72-68-68=275) | 1打差 | マーク・カルカベッキア |
16 | 20 Apr 1997 | MCIクラシック | −15 (65-69-69-66=269) | 6打差 | ブラッド・ファクソン, イェスパー・パーネビック |
17 | 2 Aug 1998 | フェデックス・セントジュード・クラシック | −20 (65-67-70-66=268) | Playoff | ジェフ・スルーマン |
18 | 19 May 2002 | マスターカード・コロニアル | −13 (69-65-66-67=267) | 5打差 | ケニー・ペリー, デビッド・トムズ |
No. | Date | Tournament | 優勝スコア | 2位との差 | 2位(タイ) |
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1 | 19 Apr 2009 | アウトバック・ステーキハウス・プロアマ | −9 (66-67-71=204) | 2打差 | ラリー・ネルソン |
2 | 25 Apr 2010 | Liberty Mutual Legends of Golf (with マーク・オメーラ) |
−28 (62-64-62=188) | Playoff | ジョン・クック & ジョーイ・シンデラー |
3 | 6 Jun 2010 | Principal Charity Classic | −14 (67-65-67=199) | 4打差 | トミー・アーマー3世 |
4 | 13 Mar 2011 | 東芝クラシック | −17 (60-68-68=196) | 1打差 | マーク・ウィービー |