ノクニッツァ | ||||||||||||||||||||||||||||||
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頭蓋骨と部分的な骨格を含むホロタイプ標本のブロック
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地質時代 | ||||||||||||||||||||||||||||||
後期ペルム紀キャピタニアン | ||||||||||||||||||||||||||||||
分類 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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学名 | ||||||||||||||||||||||||||||||
Nochnitsa Kammerer and Masyutin, 2018 | ||||||||||||||||||||||||||||||
種 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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ノクニッツァ(学名:Nochnitsa)は、ヨーロッパロシアを流れるヴャトカ川の川岸に分布する最上部グアダルピアン統から化石が産出した、ゴルゴノプス亜目に属する絶滅した獣弓類の属[1]。頭蓋骨や右前肢をはじめとする部分的な骨格が知られており、全長は不明であるが、頭蓋骨長が8.2センチメートルであることから小型の属と推測されている[1]。ゴルゴノプス類の頭蓋骨の形態形質は顕著に表れており、鼻梁から頭頂部にかけて平坦な頭蓋天井や異歯性といった特徴を確認できる[1]。ゴルゴノプス科の中では基盤的な位置に置かれる[1]。
ノクニッツァの標本はKPM 310という1個だけが知られており、本標本は1994年にロシアの古生物学者Albert J. Khlyupinがヨーロッパロシアのキーロフ州コテリニチでヴャトカ川の川岸に分布するRed Bedsで発見したものであった。標本はVanyushonki部層から産出しており、この地層からはゴルゴノプス亜目のヴィアトコゴルゴンを含め他の同時代の獣弓類が発見されている。地質年代は明らかではないが、グアダルピアン世の末期からローピンジアン世の前期と見られている。発見された標本はヴャトカ古生物学博物館でOlga Masyutinaによるプレパレーションを受けた[2]。
2018年に古生物学者クリスチャン・カンメラーとウラジミール・マシューチンは科学雑誌PeerJに2本の論文を投稿し、コテリニチで発見されたゴルゴノプス類とテロケファルス類の新属を命名した[2][3]。ゴルゴノプス類に焦点を当てた論文の方ではKPM 310は新属新種のホロタイプ標本に指定され、Nochnitsa geminidensが命名された[2]。
ノクニッツァはスラブ神話に登場する生物にちなんで命名された。これはゴルゴノプス亜目の数多くの属の属名の由来となっているギリシア神話に登場する生物ゴルゴーンになぞらえたものであり、また本属の夜行性の生態を反映したものでもある。種小名geminidensは「双子の歯」を意味し、本種の固有派生形質である対をなして配列する歯に由来する[2]。
ノクニッツァは小型のゴルゴノプス類であり、頭蓋骨長は82ミリメートルに過ぎない。比較的長い吻部には左右それぞれに5本の門歯と1本の犬歯および犬歯以降の歯が6本存在した。犬歯以降の歯は3組の歯が長い歯隙で隔てられており、これは本属の固有派生形質である。それぞれの歯の組において、後側の歯の方が大きい。下顎は比較的細長く、他のゴルゴノプスと異なり強靭な先端部を持たない[2]。
ノクニッツァのホロタイプ標本には頭蓋骨と体骨格要素の一部が保存されており、頸椎や胴椎および肋骨がある。右前肢も保存されており、部分的に関節する[2]。
頸椎においてaxial spineは広くかつ丸みを帯びており、他の穂ゴルゴノプス類と形態が類似する。胴椎は肋骨に挟まれた神経棘と横突起の断片が保存されており、肋骨は単純で長く伸びている。肩甲骨は長く伸びており、狭く、かつ弱く湾曲しており、同サイズのゴルゴノプス類のものと類似する。ただし、肩甲骨の棘が前後に拡大しているイノストランケビアと異なる[2]。
上腕骨は比較的細長く、筋肉の付着する三角筋陵が短くかつ発達しない。尺骨と橈骨は遠位で顕著に湾曲しており、橈骨の遠位端は骨体の分離した縁を形成する。肘頭の突起は尺骨に認められないが、これは病変に起因する可能性がある。保存された近位の手首の要素は尺骨と橈骨およびおそらく中手骨と思われる2つの小さな不規則な要素からなる。尺骨は近遠位方向に最も長い手首の骨であり、近位端と遠位端で幅が拡大する。橈骨はより短く、丸みを帯びる。中心骨の可能性がある骨は保存が悪いが、弱く湾曲するように見える。他のゴルゴノプス類に基づくと、中心骨の窪んだ表面はおそらく橈骨と関節するものである。近位手根骨と中手骨の間には小さな不規則な骨が複数存在しており、おそらく遠位手根骨であると思われるが、保存状態が劣悪であるためこれ以上の同定は不可能である。他の手首の骨に比べて非常に長いため、最も保存が良好な2本の骨はおそらく既知のゴルゴノプス類の手首の中で最も長いことが知られている第3中手骨と第4中手骨と考えられる。これらより短いもののまだ細長い要素は第5中手骨の可能性がある。保存状態の悪い半分関節した一連の骨は指と思われ、そのうち1本は手根骨で終わる可能性がある。指骨と思われる骨の大きさから、これらはおそらく第3中手骨と第4中手骨から乖離した第3指と第4指に相当する。ただし指骨の数を確定させることは困難である。また、一般にゴルゴノプス類に存在することが多い縮小した円盤状の指骨の明確な証拠はない[2]。
ノクニッツァは既知の範囲内で最も基盤的なゴルゴノプス科の属に位置付けられており、これはテロケファルス類と同様の低い下顎結合や、長く伸びた歯の列といった複数の共有原始形質に基づくものである。こうした形質状態は派生的な属には存在しない[2]。カンメラー自身が過去に行った系統解析から派生したものではあるが[4]、カンメラーとマシューチンによる2018年の解析ではゴルゴノプス類の系統関係が大きく見直され、派生的なゴルゴノプス類はロシアの分岐群とアフリカの分岐群に大別された[2]。この系統解析においてもノクニッツァは基盤的な位置に置かれており[5][6]、2つの分岐群が枝分かれする以前の段階に位置されている[1]。
以下のクラドグラムはKammerer and Rubidge (2022)に基づく[6]。
ゴルゴノプス亜目 |
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ノクニッツァはコテリニチの産地から発見されているが、当該の産地にはヴャトカ川の川岸に沿って一連のペルム系の赤色の単層が露出している。ノクニッツァの標本は特にVanyushonki部層から産出しており、これはコテリニチのサクセッションの中で最古の岩相であり、淡い色か茶色の泥岩(シルト岩と粘土岩、細粒砂岩も含む)と灰色の泥岩からなり、この露頭の底部には暗赤色の泥岩がある。こうした泥岩はおそらく氾濫原に停滞した水塊やあるいは氾濫した浅い一時湖で懸濁して堆積したものと思われるが、堆積物の主要な構造が失われているため、厳密な堆積環境は不明である。植物の根や幹が存在することから、堆積当時は比較的湿潤で植生が豊かであったことが示唆される。コテリニチの動物相の年代は不確かであるが、南アフリカ共和国で発見された中期ペルム紀の後期から後期ペルム紀の前期にかけての地層と同じ年代である可能性がある[2][7]。
Vanyushonki部層からはノクニッツァと同時代の四肢動物の化石が豊富に産出しており、関節した骨格や完全な骨格も知られている。近縁なヴィアトコゴルゴンの他には、異歯亜目のスミニアやテロケファルス類のチリノヴィア、ゴリニクス、カレニテス、ペルプレキシサウルス、スカロポドン、スカロポドンテス、ヴィアトコスクスがいる。パレイアサウルス類のデルタヴジャティアは特に化石が豊富であり、側爬虫類のエメロレテルも知られている[2][3][8]。貝虫の化石も発見されている[7]。
化石記録から示されるように、コテリニチの動物相はゴリニクスやヴィアトコスクスをはじめとする大型のテロケファルス類が支配的であった。これら2属はゴルゴノプス類であるノクニッツァやヴィアトコゴルゴンよりも大型であり、このことから当時のゴルゴノプス類は大型のテロケファルス類よりも小型の捕食動物としての地位を占めていたことが示唆される。このことは、キャピタニアンの大量絶滅事変の後にゴルゴノプス類から前述の2属を大きく上回る体格の属種が登場した事実からも裏付けられている[3][5]。こうした生態的地位はゴルゴノプス類の多様化が起こる前にあたる南アフリカ共和国カルー盆地のPristerognathus Assemblage Zoneでも同様のものが見られる[3]。しかし、カンメラーはフォルキスのような大型のゴルゴノプス類が既に存在したことも指摘しており、ゴルゴノプス類の全ての属がそうした生態的地位にあったわけではないとした[6]。