フグー | |
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右手前の艦が「フグー」(1931年 - 1934年、トゥーロン港にて) | |
基本情報 | |
建造所 | ナント、ブルターニュ造船所 |
運用者 | フランス海軍 |
級名 | ラドロア級駆逐艦 |
艦歴 | |
発注 | 1927年5月3日 |
起工 | 1927年9月27日 |
進水 | 1928年8月4日 |
竣工 | 1930年6月15日 |
最期 | 1942年11月8日、沈没 |
要目 | |
基準排水量 | 1,380 トン |
満載排水量 | 2,000 トン |
全長 | 107.2 m |
最大幅 | 9.9 m |
吃水 | 3.5 m |
主缶 | 三胴式水管ボイラー |
主機 | ギア―ド・タービン×2基 |
推進 | スクリュープロペラ×2軸 |
出力 | 31,000馬力 (23,000 kW) |
速力 | 33ノット (61 km/h; 38 mph) |
航続距離 | 3,000海里 (5,600 km; 3,500 mi)/15ノット |
乗員 | 士官:9名、下士官兵:153名(戦時) |
兵装 |
フグー (仏: Fougueux) はフランス海軍の駆逐艦。ラドロア級。
ナントのAteliers et Chantiers de Bretagneで建造[1]。1927年5月3日発注[1]。同年9月21日起工[1]。1928年8月4日進水[1]。1929年11月15日就役[1]。1930年6月15日竣工[1]。
スペイン内戦中の1938年8月9日、「フグー」と駆逐艦「フロンデュール」は政府軍機から爆撃された[2]。
1940年1月14日、20BS船団護衛中に潜望鏡の航跡発見により「フグー」は爆雷攻撃を行った[3]。1月24日、56KS船団護衛中に貨物船「Alsacien」がドイツ潜水艦「U44」の攻撃で沈没し、「フグー」は爆雷攻撃を行ったが「U44」を逃した[4]。3月29日、76KS船団護衛中に「フグー」はソナーで探知した目標(おそらく沈船)に対して爆雷攻撃を行った[3]。
5月中旬、「フグー」と駆逐艦「フロンデュール」、「シクローヌ」、「シロコ」はZuid-BevelandやWalcherenでの戦闘に介入[5]。 5月下旬には「フグー」はブローニュ防衛戦に参加した[6]。23日、「フグー」と駆逐艦「フロンデュール」、「オラージュ」はドイツ軍機の攻撃を受け、「オラージュ」は沈没し、「フロンデュール」は損傷した[6]。「フグー」も翌日爆撃で直撃弾1発と至近弾1発を受けた[6]。
6月18日にブレストからダカールへ向け出航した戦艦「リシュリュー」を駆逐艦「フロンデュール」とともに護衛[7]。燃料の問題で「フグー」と「フロンデュール」は6月20日にカサブランカ沖で「リシュリュー」と別れ、カサブランカに入港した[7]。
6月25日、フランスとドイツの休戦が発効。この時の「フグー」の所在地はカサブランカであった[8]。
9月24日、ダカール攻撃に対する報復として「フグー」と駆逐艦「フロンデュール」、「エペ」、「フルール」はカサブランカより出撃[9]。翌朝、ジブラルタル沖でイギリス駆逐艦「ホットスパー」と遭遇し交戦した[10]。
1941年4月、イギリスに拿捕されたバナナ運搬船「Fort de France」救出に派遣される[11]。「Fort de France」は「フグー」に続いて派遣された駆逐艦「アルバトロス」などによって奪還された[12]。
1942年2月、戦艦「ダンケルク」をメルス・エル・ケビールからトゥーロンまで護衛[13]。
1942年11月8日、連合国軍はモロッコとアルジェリアへの上陸を実行(トーチ作戦)。カサブランカ付近ではアメリカ海軍第34.1任務群(戦艦「マサチューセッツ」、重巡洋艦「ウィチタ」、「タスカルーサ」他)、第34.9任務群(重巡洋艦「オーガスタ」、軽巡洋艦「ブルックリン」他)、第34.2任務群 (空母「レンジャー」他)とフランス軍との間で戦闘(カサブランカ沖海戦)が生起した。
その日の朝、大型駆逐艦「ミラン」、「アルバトロス」、駆逐艦「ブーロネー」、「ブレストア」および第2水雷隊(駆逐艦「フグー」、「フロンデュール」、「ラルション」)はカサブランカより出撃し、フェダラ沖の敵輸送船攻撃に向かった[14]。この部隊は「ミラン」に座乗するGervais de Lafond少将が率いた[15]。フェダラ沖には第34.9任務群がいた[15]。
F4Fワイルドキャットの機銃掃射を受けて「ブーロネー」が脱落するが、フランス軍はアメリカ駆逐艦「ウィルクス」、「スワンソン」、「ラドロー」などと交戦[15]。その後、Gervais de Lafondは部隊を反転させたが、炎上するオイルタンクの煙によって信号が伝わらなかった第2水雷隊は別行動となった[15]。
8時43分、「オーガスタ」が「フグー」に対して発砲[15]。また「フグー」はF4Fワイルドキャットの機銃掃射を受けて航海長などが戦死した[15]。8時50分、8インチ砲弾が「フグー」の近くに着弾し、若干の浸水を生じさせた[15]。この頃になって第2水雷隊も反転した[15]。
アメリカ軍側は第34.1任務群が戦闘に加わり、9時40分に16インチ砲弾が「フグー」を直撃[16]。艦長Sticcaは総員退艦命令を出した[17]。「フグー」は10時に沈没した[17]。「フグー」の戦死者は14名であった[18]。