ベニーザディップ | |
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ランドン・ナイトの勝負服 | |
欧字表記 | Benny the Dip |
品種 | サラブレッド |
性別 | 牡 |
毛色 | 黒鹿毛 |
生誕 | 1994年 |
死没 | 2003年 |
父 | Silver Hawk |
母 | Rascal Rascal |
母の父 | Ack Ack |
生国 | アメリカ合衆国(ケンタッキー州) |
生産者 | Landon Knight |
馬主 | Mr.Landon Knight & Claiborne Farm |
調教師 | ジョン・ゴスデン(イギリス) |
競走成績 | |
生涯成績 | 11戦5勝 |
獲得賞金 | 876,268ポンド |
ベニーザディップ(Benny the Dip)はアメリカ合衆国で生産されイギリスで調教を受けた競走馬。競走馬引退後は種牡馬になった。
2戦目で勝ち上がると、3連勝でロイヤルロッジステークスを制し初重賞制覇を果たす。しかし続くレーシングポストトロフィーでは1番人気に推されるものの3着と敗れる。だが翌年初戦のクラシックトライアルの2着を経て挑んだダービーステークスの前哨戦であるダンテステークスでは2着に2と2分の1馬身差をつけて完勝し、ダービーステークスの有力馬の一頭として期待された。そして迎えたダービーステークスでも、のちのセントレジャー勝ち馬のシルヴァーペイトリアークを短頭差抑えてG1制覇を果たした。
しかし、エクリプスステークスではピルサドスキーの2着、インターナショナルステークスではシングスピールの3着、チャンピオンステークスではピルサドスキーの6着と、ダービーステークス以降はいわゆる「ヴィンテージ世代」には歯が立たなかった。チャンピオンステークスを最後に引退した。
1998年から種牡馬として繋養されたが、目立った成績は残せなかった。2003年にアイルランドで骨折事故により安楽死となった[1]。
ベニーザディップの血統(ロベルト系 / Turn-to4×4=12.50%、Nearco4×5=9.38%、Nasrullah5×4=9.38%) | (血統表の出典) | |||
父 Silver Hawk 1979 鹿毛 |
父の父 Roberto1969 鹿毛 |
Hail to Reason | Turn-to | |
Nothirdchance | ||||
Bramalea | Nashua | |||
Rarelea | ||||
父の母 Gris Vitesse1966 芦毛 |
Amerigo | Nearco | ||
Sanlinea | ||||
Matchiche | Mat de Cocagne | |||
Chimere Fabuleux | ||||
母 Rascal Rascal 1981 黒鹿毛 |
Ack Ack 1966 鹿毛 |
Battle Joined | Armageddon | |
Ethel Walker | ||||
Fast Turn | Turn-to | |||
Cherokee Rose | ||||
母の母 Savage Bunny1974 鹿毛 |
Never Bend | Nasrullah | ||
Lalun | ||||
Tudor Jet | Tudor Minstrel | |||
Precious Lady F-No.9-a |
本馬の半姉であるワキアからサイレンススズカ、ラスカルスズカが出ている。また半弟であるクリプティックラスカル(父:Cryptoclearance)は種牡馬として日本に輸出されている。