ベルサイユのばら | |
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宝塚大劇場の前のモニュメント | |
脚本 | 植田紳爾 |
初演日 | 1974年8月29日 |
初演場所 | 宝塚大劇場 |
オリジナル言語 | 日本語 |
ジャンル | 宝塚歌劇 |
舞台設定 | 18世紀のフランス |
『ベルサイユのばら』は、宝塚歌劇団のミュージカル作品。原作は池田理代子の同名漫画『ベルサイユのばら』。
1974年の初演以来再演を繰り返し、2006年1月9日には通算上演回数1500回を突破、2014年6月27日には通算観客動員数500万人を記録した[1]、宝塚歌劇団史上最大のヒット作である。
初演時に演出を担当したのは俳優の長谷川一夫。宝塚歌劇団の専属脚本家、植田紳爾が潤色・脚本化し、長谷川と共に演出を担当した。
初演までは上演反対の意見も多かったが(詳しくは別項「ベルばらブーム」参照)、初演は大成功を収め、空前絶後の社会現象になった。
この作品は、初演当時テレビに押されて停滞気味であった宝塚歌劇団の人気を復活させる作品となったばかりではなく、非宝塚歌劇団ファンの一般人にとっても「宝塚歌劇団」の代名詞的な作品になっている。上演すればかなりの集客を常に期待できる演目であるため、宝塚歌劇団にとって「ここ一番の真剣勝負」というときに上演されることが多い。
長谷川の死後は、長谷川の遺した「型」を生かしつつ、植田が脚本・演出を取り仕切っている。最近では、谷正純が演出陣に加わっている。
2005年12月6日、NHK総合テレビの『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』にて、初演が行われるまでの経緯と舞台裏の再現ドラマが特集された(この放送内容は宝塚歌劇団関連会社のTCA(宝塚クリエイティブアーツ)より発売された「ベルサイユのばらGRAND HISTORY」の特典ディスクに収録されている[2]。ただし、著作権上の理由により、中島みゆきの曲、及び長谷川一夫出演映画と歌舞伎映像使用場面は割愛してある)[3]。また、2022年7月15日の同チャンネル『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』においても、同様の特集を「ベルサイユのばら オスカルになりたかった私たち」という題で生放送され、池田理代子、榛名由梨らがインタビューに答えた。
2008年より『外伝 ベルサイユのばら』として、池田理代子が新たに書き下ろしたストーリーにより、新作が上演されている。
上演ごとに内容が異なるので、基本的なあらすじを記す。
貴族の出身のオスカルは、世継ぎの生まれぬ父親によって、女でありながら男として育てられた、男装の麗人である。
幼くして両親を亡くしたアンドレは、オスカルの乳母をつとめる祖母のマロン・グラッセに引き取られる。ジャルジェ家へ迎えられ、オスカルの世話役を仰せつかり、それ以来、片時も傍を離れず影となって支える。いつしかオスカルを親友から一人の女性として見るようになるが、アンドレは平民の身分であった。
アンドレは、オスカルをかばって目を怪我して以来、段々と目が見えなくなってしまう。オスカルは王宮守護の近衛隊から国民を守る軍隊衛兵隊への転属を自ら志願し、隊長を務めることになる。最初は隊員の誰もが、「女の貴族には従えない」と反発していたが、オスカルの博愛精神と純粋な心に、いつしか結束が固まっていく。
アンドレは、オスカルとオスカルのかつての部下で貴族の将校ジェローデルとの結婚話にショックを受け、オスカルを殺してでも永遠に自分のものにしようとするが、寸前で思いとどまり、今までの自分の想いを告げる。最初はとまどったオスカルだが、そのうちに自分の中のアンドレへの想いに気づきはじめる。
そんな中、フランス国内の情勢は急速に悪くなっていった。貧富の差が拡大し、平民の不満は頂点に達し、いつ貴族と平民が血と血で争うことになっても、おかしくない状況となっていく。ついにオスカルは、衛兵隊の指揮官として、パリ出動の先陣に立つことになる。
今、パリに行けば、生きて帰れるかわからない。パリ出動前夜オスカルはアンドレに自らの思いを吐露し、二人はついに結ばれる。
しかしアンドレは目が不自由なためにセーヌ河畔の橋上でオスカルの身を案じながら銃弾に倒れる。翌7月14日、悲しみを振り切り、気丈にも衛兵隊を率いてバスティーユに向かうオスカル。後に「フランス革命」と呼ばれた、平民が絶対王政の象徴だった、バスティーユ監獄を篭絡した日。オスカルは、弱き者の力になると、平民の盾となって貴族の部隊と戦うのだった。
激戦の中、銃弾に倒れたオスカルは「バスティーユに白旗が!」と叫ぶ部下アランの言葉を妹同然の娘ロザリーの腕の中で聞く。フランス革命がなされたその瞬間に、生涯の幕を閉じるのだった。
絶命したオスカルに「オスカル、オスカル…」と聞き覚えのある声が呼びかける。その声に目覚めてオスカルが立ち上がるとアンドレが現われる。一足先に戦死したアンドレが天国からオスカルを迎えに来たのだった。アンドレに抱擁されるオスカル。地上では実らなかった「身分違いの恋」をここに成就し、二人は天国へ旅立つのだった。
原作漫画においては、オスカルがバスティーユ攻撃中に敵弾に撃たれた直後に、傷の手当てをするロザリーが「あ…アンドレ アンドレ 聞いてちょうだい お願いよ!! オスカルさまを…オスカルさまをつれていかないで つれていかないで お願い!!」というセリフや、オスカルの死後、二人の死を悼んでベッドで休んでいるマロングラッセ(アンドレの祖母、オスカルの乳母)の頭上にオスカルとアンドレ(の魂のようなもの)が二人寄り添う画は出てくる[4]。 しかし、一足先に戦死したアンドレの魂がそのあとバスティーユ攻撃で戦死したオスカルの魂を天国から迎えに来る明確なシーンを演じるのは宝塚歌劇団の舞台作品におけるオリジナルである。 差異の理由は、原作はオスカルの死後も物語が続くが、「宝塚歌劇 ベルサイユのばら -オスカル編- -オスカルとアンドレ編- -アンドレとオスカル編-」においてはオスカルの戦死によって物語を終結させなくてはならない。 また、「主役の男女二人(オスカルとアンドレ)はラストシーンに必ず出番がある」という宝塚歌劇独特のしきたりがあるため。
オーストリア皇女、マリー・アントワネットは、政略結婚で14歳の時にフランス王太子、後のルイ16世の元に嫁ぐ。無知で幼く、単純に奇麗なドレスを喜ぶ少女であった。
アントワネットは18歳の時にパリ・オペラ座の仮面舞踏会にて生涯の恋人、スウェーデン貴族のフェルゼンと遭遇する。その時、アントワネット付きの近衛仕官だったのが、金髪の男装の麗人オスカル。異国に生を受けた3人はその夜、運命の出会いを果たす。
フェルゼンとの道ならぬ恋に思いを募らせるアントワネットに「国家の母としての義務を忘れるな」と諫めるオスカル。アントワネットは「軍服を着ているうちに女の気持ちを忘れてしまった」とオスカルを詰った。しかしオスカルもまたフェルゼンへのかなわぬ思いに悩んでいた。親友として親交を暖めていたオスカルとフェルゼンだったが、オスカルの胸のうちには女としての想いが芽生えていたのだ。
フェルゼンはアントワネットを深く愛していた。2人の愛が醜聞となりアントワネットを破滅させると感じたフェルゼンは男らしく身を引く決心をする。彼は、愛を胸に秘めてスウェーデンに帰国した。
フランス国内の不穏な空気は高まり、貧しい民衆達の不満は爆発寸前だった。近衛隊から衛兵隊へ転属したオスカルは民衆達の暴動に備えて1789年7月12日、パリ出動を命じられる。
オスカルの養育係の孫である平民のアンドレは護衛として常にオスカルに寄り添ってきた。彼は身分違いと知りながら心密かに長年オスカルを愛していた。オスカルも常に自分を支えてくれるアンドレの大きな愛に気づき、彼を愛するようになる。パリに進駐することになれば身分を捨て命をかけて戦わねばならないと覚悟したオスカルはアンドレとの結婚を決意し、ついに2人は結ばれる。オスカルは貴族の身分を捨て民衆と共に戦うことを宣言し、貴族側の軍隊との戦闘に突入した。アンドレはオスカルの身を案じながら戦死し、翌7月14日(フランス革命記念日)、民衆達はバスティーユ監獄を襲撃した。愛する人の死を耐えながら気丈に軍隊を指揮するオスカル。しかし彼女も銃弾に倒れ、部下の衛兵隊員アランの「バスティーユに白旗が!」という言葉を聞きながら息絶えた。
革命の勢いに押された群集はベルサイユに押し寄せ、アントワネットは民の声にベルサイユを離れパリに行くこととなる。彼女の窮地を知ったフェルゼンは彼女を救うべく、命がけで急遽スウェーデンからフランスにやってきた。
国王の処刑後、コンシェルジュリ牢獄に囚われていたアントワネットのもとにフェルゼンは彼女を脱獄させるためにやってくる。「別に囚われている子供たちを置いては行けない」と脱獄を断るアントワネットにフェルゼンは涙ながらに説得するが、アントワネットは拒み通す。アントワネットはフェルゼンの絶叫がこだまする中、フランスの王妃らしく誇り高く毅然として断頭台へと向かうのだった。
原作漫画においては、コンシェルジュリー牢獄に移されたマリーアントワネットのもとにジャルジェ将軍が面会に訪れマリーに脱走計画を明かすが、「子供たちをおいて逃げるわけにはいかない」と拒否するシーンはある[4]。しかしフェルゼンがコンシェルジュリー牢獄に極秘面会に訪れ、脱走を持ちかけるラストシーンは宝塚歌劇団の舞台作品におけるオリジナルである。 差異の理由は“主役の男女二人(フェルゼンとマリー)はラストシーンに必ず出番がある”という宝塚歌劇独特の仕来りがあるため。
1970年前後、宝塚歌劇団はスターを輩出し、ブロードウェイ・ミュージカルの翻訳上演も始めるなど(海外作品の初紹介は1967年。)、新機軸を打ち出してもいたが、テレビの普及や娯楽の多様化の影響を拭い去るには至らず、赤字決算となっていた。平日には客席に閑古鳥が鳴く日も増えており、歌劇団存続を危ぶむ声が歌劇団内部にも広がり始めた[5]。危機感を感じたスタッフたちには「舞台に責任を持つ専属演出家[注 1]をはじめ、ほぼ歌劇団内部の人間のみでの舞台作り、という旧来からの制作体制では、観客の嗜好に対応し続けていけるのか」との認識があり、その結果、新しい方向性を求め、外部からの演出家の招聘が行なわれ[注 2]、その一環として、戦前からの宝塚ファンでもあった長谷川一夫も招かれ、1971年、宝塚歌劇団で『我が愛は山の彼方に』の演出を手がけた(脚本・共同演出:植田紳爾)。
10世紀朝鮮半島を舞台にした『我が愛は山の彼方に』は長谷川演出ということで話題作となり、観客動員で一定の成果を挙げ、宝塚歌劇団は長谷川一夫に更に演出を依頼、長谷川が、宝塚歌劇団での2作目は洋物(外国を舞台にした作品)を手がけたいと希望、また脚本・共同演出担当として、評価していた植田を指名した。
長谷川の要望を受け題材の選定に入った植田は、交流のあったファンから、約半年前に「『ベルサイユのばら』は宝塚歌劇団にぴったりの作品」と聞かされており、題材として検討(もっとも植田自身、ファンから初めて聞いた時は、宝塚歌劇団で漫画を舞台化した例もほとんどなかったため、真剣に考えていなかったという)。
原作を通読した植田は登場人物たちの愛の描き方に感銘を受け「この作品は舞台化すればいける、ぜひ手がけたい」との手応えも感じて、企画案を長谷川に相談、はじめ長谷川は「描かれているのは王妃の浮気の話。清く正しく美しく(が方針)の宝塚ではやったらあかん」と指摘、主に物語の内容面から乗り気でなかったという。植田は、本作のような華やかなコスチューム・プレイが長谷川の演出とも相性が良いのでは、と考えてもおり「宝塚歌劇らしい作品にします」と脚本での工夫などを改めて言明して長谷川を説得、なんとか長谷川の賛同を得て上演計画が動きだしたという[6]。
漫画を舞台化してのヒットの実績が歌劇団になかったこともあり、企画を提案された歌劇団内部では首脳陣から反対の声もあがったが、長谷川の賛同を得ていたことが決め手のひとつとなって、なんとか上演が決定、原作者・池田は宝塚歌劇好きで、舞台化を快く了承(植田の回想によると「安めの原作料の支払いだけで上演許可をくれた」という[6])。多忙な長谷川が稽古や演出のために時間をとれる時期を考慮して[7]、月組公演として公演時期も正式に決定する。
しかし、宝塚歌劇団から上演・配役が公表されると、原作ファンから「原作での八頭身のオスカルを日本人が演じるのは無理、イメージが壊れるから上演の中止を」などと批判的な投書が多数届き[8]、植田のもとにもたびたび剃刀を入れた脅迫の投書が送られてくる事態となる。
上記のような逆風の中稽古が始まり、演技を磨くのはもちろん、出演者たちは、鬘や衣装がよく馴染むよう入念に調整、原作の絵柄を化粧台に置き、参照しつつ化粧する[9]など、「原作のイメージが壊れる」と訴えるファンたちにも舞台を見て納得してもらおうと、工夫を重ねた。
演出の長谷川も「漫画の舞台化なのだから、原作と全く同様に目を輝かせるのは無理でも、照明を活かして役者の目に星を飛ばせないものか」と着目、照明のあたり方を研究した末、2階席に視線を送れば照明が目にうまく写り込むことに気づき、最も照明を活かせる位置の座席番号を把握した。そして生徒たちにその座席番号まで指示して視線の配り方を徹底指導し(その際、2階席の手すりから1階席に落とし込むよう視線の配り方を指導した[8])、照明や衣装を活かして最大限に美しく演じる二枚目俳優らしい切り口で、劇画から飛び出してきたような舞台を追求していった。
また、若き日に歌舞伎界で女形修業を積んだ後、映画界に転じて二枚目大スターとなった長谷川は、その経歴を生かして、男女を演じ分けて手本を見せつつ、観客から見て美しいラヴシーンを出演者たちに教えていった。「役者が苦労してこそ、観客には美しく見える」という彼ならではの美学により、体の捻りを多用した演技を伝授、彼の指導により生み出された数々の演技・所作は、長谷川の遺産ともいえる“型”として、最近の上演にまで受け継がれている。
宝塚大劇場で迎えた初日は開幕前、出演者全員が一言も発しない異様な集中力が漲っていた。そして終演後、「3階席から歓声が降ってきました」と喜ぶ榛名由梨たちの声を聞いて、植田は作品の成功を確信したという[6]。初日観客数は約9割の動員であったが、翌日から連日満員御礼の盛況が続き、思わぬ反響に歌劇団は沸き、「翌年に第2弾を」と決定する。翌年の上演は一本立て上演となり、花組公演に決定、トップスターの個性等からオスカルとアンドレを中心とし、一本立てとなってより長い公演時間を確保できることもあって、「今宵一夜」の場面等を植田が加筆、大当たり作品の第2弾とあって、植田がオスカル役に安奈淳を推したことが論議を呼んだりもした(当該公演の項目参照)が、結果は初演版以上の大ヒットを記録。結局76年まで、更に雪組、星組、月組による各本公演が続く大ブームとなった。
ベルばらブームが歌劇団の話題のみにとどまらず、社会現象にまで膨らんだこともあって、「ブームは一過性のもの」との評も聞かれ、植田は「次に作る作品がベルばら以上の作品でなければ、ベルばらブームはたまたまのものだったと言われる」と痛感、次回作にはベルばらに物語、スケール、知名度等で匹敵する作品を、と考慮を重ねた結果、77年、植田脚本・演出で宝塚版「風と共に去りぬ」(風と共に去りぬ (宝塚歌劇))を上演、ベルばらに次ぐヒットを記録。以降「風と共に去りぬ」は78年まで全4組により上演、ベルばらも80年まで毎年地方公演で上演され、歌劇団は一連のブーム終焉後の急失速を回避できた。2作品はその後折に触れて再演され続け、21世紀の現在に至るまで、歌劇団の財産となっている。
月組初演を皮切りに4組で上演。
宝塚歌劇75周年・フランス革命200年を記念して再演。
宝塚[18] | 東京[20] | |
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朝香じゅん | 8月10日-8月17日 | 11月3日-11月9日 |
紫苑ゆう | 8月18日-9月19日 | 11月10日-11月19日 |
麻路さき | 8月29日-9月19日 | 11月20日-11月28日 |
オスカル[21] | ジェローデル 少佐[21] | |
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9月22日-10月3日 | 涼風真世 | 北斗ひかる |
10月5日-10月17日 | 一路真輝 | |
10月19日-10月31日 | 大輝ゆう | 真矢みき |
11月2日-11月7日 | 安寿ミラ |
マロン・グラッセ[21] | プロヴァンス 伯爵[21] | |
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9月22日-10月26日 | 葉山三千子 | 泉つかさ |
10月27日-11月7日 | 鞠村奈緒 | 卯月佳 |
オスカル[24] | ヨーゼフ 二世[25] | |
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3月29日-4月3日 | 涼風真世 | 安寿ミラ |
4月4日-4月8日 | 紫苑ゆう | |
4月9日-4月24日 | 真矢みき | |
4月26日-5月8日 | 安寿ミラ | 真矢みき |
宝塚[26] | 東京[28] | |
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杜けあき | 3月28日-4月4日 | 7月2日-7月6日 |
日向薫 | 4月5日-4月9日 | 7月7日-7月12日 |
天海祐希 | 4月11日-5月2日 | 7月13日-7月31日 |
大浦みずき | 5月3日-5月7日 | - |
宝塚 | 東京[28] | |
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天海祐希 | 3月28日-4月9日[26] 5月3日-5月7日[26] |
7月2日-7月12日 |
愛川麻貴 | 4月11日-5月2日[31] | 7月13日-7月31日 |
宙組と星組が東西同時上演。ポスターを横尾忠則が担当。
宝塚[32] | 東京[33] | |
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彩輝直 | 4月28日-5月14日 | 6月29日-7月23日 |
水夏希 | 4月6日-4月27日 | 7月24日-8月12日 |
宝塚[32] | 東京[33] | |
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彩輝直 | 4月6日-4月27日 | 7月24日-8月12日 |
水夏希 | 4月28日-5月14日 | 6月29日-7月23日 |
東京[33] | 宝塚[34] | |
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香寿たつき | 3月30日-4月13日 | 8月17日-10月1日 |
湖月わたる | 4月14日-4月27日 | - |
樹里咲穂 | 4月28日-5月6日 |
東京[35] | 宝塚[34] | |
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星原美沙緒 | - | 8月17日-8月27日 9月11日-10月1日 |
未沙のえる | 8月28日-9月10日 | |
汝鳥伶 | 3月30日 - 5月6日 | - |
マリー・アントワネット生誕250年を記念して再演。
役者名 | 日程 |
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朝海ひかる(雪組) | 1月1日(日)-1月3日(火) |
貴城けい(雪組) | 1月5日(木)-1月10日(火) |
霧矢大夢(月組) | 1月12日(木)-1月19日(木) |
水夏希(雪組) | 1月20日(金)-1月26日(木) |
大空祐飛(月組) | 1月27日(金)-2月6日(月) |
アンドレ | ベルナール | |
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2月17日(金)-3月3日(金) | 立樹遥 | 柚希礼音 |
3月4日(土)-3月14日(火) | 柚希礼音 | 立樹遥 |
3月16日(木)-3月21日(火) | 立樹遥 | 柚希礼音 |
3月23日(木)-4月2日(日) | 柚希礼音 | 立樹遥 |
宝塚[40] | 東京[41] | |
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湖月わたる(星組) | 2月10日(金)-2月12日(日) | - |
春野寿美礼(花組) | 2月20日(月)-2月23日(木) | - |
瀬奈じゅん(月組) | 3月6日(月)-3月12日(日) | - |
貴城けい(雪組) | 2月13日(月)-2月19日(日) 3月17日(金)-3月20日(月) |
4月7日(金)-4月24日(月) |
水夏希(雪組) | 2月24日(金)-3月5日(日) 3月13日(月)-3月16日(木) |
5月6日(土)-5月21日(日) |
安蘭けい(星組) | - | 4月25日(火)-5月5日(金) |
宝塚歌劇100周年を記念して再演。
開演時間 (日本標準時) |
オスカル | アンドレ | ベルナール | ミッシェル | アルマン | ロセロワ | ヴェール | シャロン | ジェローデル | |
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1月1日(火) | 13:00 | 龍真咲 | 明日海りお | 美弥るりか | 響れおな | 宇月颯 | 煌月爽矢 | 鳳月杏 | 星那由貴 | 珠城りょう |
1月2日(水) | 11:00 | |||||||||
15:00 | ||||||||||
1月3日(木) | 11:00 | |||||||||
15:00 | ||||||||||
1月5日(土) | 貸切公演 | |||||||||
15:00 | ||||||||||
1月6日(日) | 11:00 | |||||||||
15:00 | ||||||||||
1月7日(月) | 13:00 | 蘭寿とむ | 明日海りお | 煌月爽矢 | 珠城りょう | 鳳月杏 | 響れおな | 宇月颯 | 美弥るりか | |
1月8日(火) | 11:00 | |||||||||
15:00 | ||||||||||
1月10日(木) | 11:00 | |||||||||
15:00 | ||||||||||
1月11日(金) | 13:00 | 壮一帆 | ||||||||
1月12日(土) | 11:00 | |||||||||
15:00 | ||||||||||
1月13日(日) | 11:00 | |||||||||
15:00 | ||||||||||
1月14日(月) | 貸切公演 | 明日海りお | 美弥るりか | 響れおな | 宇月颯 | 煌月爽矢 | 鳳月杏 | 星那由貴 | 珠城りょう | |
15:00 | ||||||||||
1月15日(火) | 13:00 | |||||||||
1月17日(木) | 11:00 | |||||||||
15:00 | ||||||||||
1月18日(金) | 13:00 | 明日海りお | 龍真咲 | |||||||
1月19日(土) | 11:00 | 龍真咲 | 明日海りお | |||||||
15:00 | ||||||||||
1月20日(日) | 11:00 | 明日海りお | 龍真咲 | |||||||
15:00 | ||||||||||
1月21日(月) | 13:00 | 龍真咲 | 明日海りお | |||||||
1月22日(火) | 13:00 | 明日海りお | 龍真咲 | |||||||
1月24日(木) | 11:00 | |||||||||
1月25日(金) | 15:00 | |||||||||
1月26日(土) | 11:00 | 龍真咲 | 明日海りお | |||||||
15:00 | 明日海りお | 龍真咲 | ||||||||
1月27日(日) | 11:00 | |||||||||
15:00 | 龍真咲 | 明日海りお | ||||||||
1月28日(月) | 13:00 | 明日海りお | 龍真咲 | |||||||
1月29日(火) | 11:00 | |||||||||
15:00 | 龍真咲 | 明日海りお | ||||||||
1月31日(木) | 11:00 | |||||||||
15:00 | 明日海りお | 龍真咲 | ||||||||
2月1日(金) | 13:00 | |||||||||
2月2日(土) | 11:00 | |||||||||
15:00 | 龍真咲 | 明日海りお | ||||||||
2月3日(日) | 貸切公演 | |||||||||
15:00 | 明日海りお | 龍真咲 | ||||||||
2月4日(月) | 13:00 | 龍真咲 | 明日海りお |
開演時間 (日本標準時) |
オスカル | アンドレ | |
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2月15日(金) | 15:30 | 龍真咲 | 明日海りお |
2月16日(土) | 11:00 | ||
15:30 | |||
2月17日(日) | 11:00 | ||
15:30 | |||
2月19日(火) | 13:30 | ||
18:30 | |||
2月20日(水) | 13:30 | ||
2月21日(木) | 13:30 | 明日海りお | 龍真咲 |
18:30 | |||
2月22日(金) | 13:30 | ||
2月23日(土) | 11:00 | 龍真咲 | 明日海りお |
15:30 | |||
2月24日(日) | 貸切公演 | ||
15:30 | 明日海りお | 龍真咲 | |
2月26日(火) | 貸切公演 | 龍真咲 | 明日海りお |
18:30 | 明日海りお | 龍真咲 | |
2月27日(水) | 13:30 | 龍真咲 | 明日海りお |
2月28日(木) | 13:30 | 明日海りお | 龍真咲 |
3月1日(金) | 13:30 | 龍真咲 | 明日海りお |
3月2日(土) | 11:00 | ||
15:30 | 明日海りお | 龍真咲 | |
3月3日(日) | 貸切公演 | ||
15:30 | 龍真咲 | 明日海りお | |
3月5日(火) | 11:00 | ||
15:30 | 明日海りお | 龍真咲 | |
3月6日(水) | 13:30 | 龍真咲 | 明日海りお |
3月7日(木) | 13:30 | 明日海りお | 龍真咲 |
18:30 | 龍真咲 | 明日海りお | |
3月8日(金) | 13:30 | ||
3月9日(土) | 貸切公演 | ||
15:30 | 明日海りお | 龍真咲 | |
3月10日(日) | 11:00 | ||
15:30 | 龍真咲 | 明日海りお | |
3月12日(火) | 13:30 | 明日海りお | 龍真咲 |
18:30 | 龍真咲 | 明日海りお | |
3月13日(水) | 13:30 | ||
3月14日(木) | 貸切公演 | 明日海りお | 龍真咲 |
18:30 | 龍真咲 | 明日海りお | |
3月15日(金) | 13:30 | ||
3月16日(土) | 11:00 | 明日海りお | 龍真咲 |
15:30 | 龍真咲 | 明日海りお | |
3月17日(日) | 11:00 | ||
15:30 | 明日海りお | 龍真咲 | |
3月19日(火) | 13:30 | 龍真咲 | 明日海りお |
3月20日(水) | 11:00 | ||
15:30 | 明日海りお | 龍真咲 | |
3月21日(木) | 貸切公演 | 龍真咲 | 明日海りお |
18:30 | 明日海りお | 龍真咲 | |
3月22日(金) | 13:30 | 龍真咲 | 明日海りお |
3月23日(土) | 11:00 | ||
貸切公演 | 明日海りお | 龍真咲 | |
3月24日(日) | 11:00 | ||
15:30 | 龍真咲 | 明日海りお |
オスカル | アンドレ | ランベスク公爵 | ベルナール | アラン | ロセロワ | フランソワ | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
4月23日-4月30日 | 凰稀かなめ | 柚希礼音 | 未涼亜希 | 早霧せいな | 彩凪翔 | 彩風咲奈 | 帆風成海 |
5月24日-5月26日 | 早霧せいな | 龍真咲 | 彩凪翔 | 彩風咲奈 | 帆風成海 | 久城あす | |
上記以外の日程 | 未涼亜希 | 鳳翔大 |
宝塚歌劇110周年を記念して再演[52]。
公演日 | 公演場所 |
---|---|
3月7日(金) | 梅田芸術劇場・メインホール (大阪府) |
3月8日(土) | |
3月9日(日) | |
3月12日(水) | まつもと市民・芸術館(長野県) |
3月13日(木) | コラニー文化ホール(山梨県立県民文化ホール) |
3月15日(土) | 日本特殊陶業市民会館フォレストホール(名古屋市民会館) (愛知県) |
3月16日(日) | |
3月18日(火) | 伊勢市観光文化会館(三重県) |
3月19日(水) | 三重県文化会館(三重県) |
3月21日(金) | 北九州ソレイユホール(旧・九州厚生年金会館) (福岡県) |
3月22日(土) | 福岡市民会館(福岡県) |
3月23日(日) | |
3月25日(火) | アルカスSASEBO(長崎県) |
3月26日(水) | 長崎ブリックホール(長崎県) |
公演日 | 公演場所 |
---|---|
8月29日(金) | 梅田芸術劇場・メインホール (大阪府) |
8月30日(土) | |
8月31日(日) | |
9月3日(水) | オーバード・ホール(富山県) |
9月5日(金) | 府中の森芸術劇場(東京都) |
9月6日(土) | 相模女子大学グリーンホール(グリーンホール相模大野) (神奈川県) |
9月7日(日) | 市川市文化会館(千葉県) |
9月9日(火) | 酒田市民会館「希望ホール」 (山形県) |
9月11日(木) | 秋田市文化会館(秋田県) |
9月13日(土) | イズミティ21(宮城県) |
9月14日(日) | |
9月15日(月) | |
9月17日(水) | リンクステーションホール青森(青森市文化会館) (青森県) |
9月18日(木) | 大館市民文化会館(秋田県) |
9月20日(土) | ニトリ文化ホール(旧・北海道厚生年金会館) (北海道) |
9月21日(日) |
※氏名の後ろの「()」の文字はその年当時の所属組
※月組・雪組出演者以外は宝塚[59]・東京[60]共通。月組・雪組は宝塚のみ。花風みらいは、宝塚では1月19日より全日程、東京では全日程休演。
※花組・月組・星組出演者以外は宝塚[61]・東京[62]共通。
※月組・星組・宙組出演者以外は宝塚[67]・東京[68]共通。
この節の加筆が望まれています。 |
青背景が主演男役、ピンク背景が主演娘役を示す。1970年代にはスターシステムが確立していないため、ダブルトップスター制がある。不明点は空白とする。
2013年月組[66] | 2013年雪組[47] | 2014年宙組[71] | |
---|---|---|---|
劇場 | 宝・東 | 宝・東 | 宝・東 |
オスカル | 龍真咲 明日海りお |
早霧せいな 凰稀かなめ[注 24] |
凰稀かなめ |
アンドレ | 龍真咲 明日海りお 蘭寿とむ 壮一帆[注 25] |
未涼亜希 柚希礼音 龍真咲[注 26] |
朝夏まなと 緒月遠麻 |
アントワネット | - | 愛加あゆ | - |
フェルゼン | 紫門ゆりや | 壮一帆 | - |
ジェローデル | 珠城りょう 美弥るりか[注 27] |
夢乃聖夏 | 七海ひろき 朝夏まなと |
アラン | 星条海斗 | 彩風咲奈 彩凪翔[注 28] |
緒月遠麻 七海ひろき |
ベルナール | 美弥るりか 明日海りお[注 29] |
彩凪翔 早霧せいな[注 30] |
蓮水ゆうや |
ロザリー | 愛希れいか | 早花まこ | 実咲凜音 |
オスカル(子供時代) | 咲妃みゆ | - | 星吹彩翔 |
アンドレ(子供時代) | 海乃美月 | - | |
小公子 | 春海ゆう | 永久輝せあ | 和希そら |
小公女 | 咲妃みゆ
海乃美月 |
星乃あんり
彩月つくし |
真みや涼子 瀬戸花まり |
脚本・演出(スタッフ) | 植田紳爾 | ||
演出(スタッフ) | 鈴木圭 | 谷正純 |
2024年雪組[73] | |
---|---|
劇場 | 宝・東 |
オスカル | 朝美絢 |
アンドレ | 縣千 |
アントワネット | 夢白あや |
フェルゼン | 彩風咲奈 |
ジェローデル | 諏訪さき |
アラン | 眞ノ宮るい |
ベルナール | 華世京 |
ロザリー | 野々花ひまり |
ジャンヌ | 音彩唯 |
メルシー伯爵 | 汝鳥伶 |
ルイ16世 | 奏乃はると |
プロバンス伯爵 | 真那春人 |
ブイエ将軍 | 悠真倫 |
オスカル(子供時代) | - |
アンドレ(子供時代) | - |
王子 | 星沢ありさ |
王女 | 音綺みあ |
小公子 | 紀城ゆりや |
小公女 | 華純沙那
白綺華 |
脚本・演出(スタッフ) | 植田紳爾 |
演出(スタッフ) | 谷正純 |
※1976年月組は役替り公演とする。
2013年月組[66] | 2013年雪組[47] | 2014年宙組[71] | |
---|---|---|---|
劇場 | 宝・東 | 宝・東 | 宝・東 |
オスカル | 煌月爽矢 | 煌羽レオ | 和希そら |
アンドレ | 鳳月杏 | 帆風成海 | 実羚淳 |
アントワネット | - | 夢華あみ | - |
フェルゼン | 星那由貴 | 彩風咲奈 | - |
ジェローデル | 天翔りいら | 久城あす | 桜木みなと |
アラン | 珠城りょう | 永久輝せあ | 留依蒔世 |
ベルナール | 輝月ゆうま | 月城かなと | 瑠風輝 |
ロザリー | 海乃美月 | 星乃あんり | 伶美うらら |
ディアンヌ | |||
脚本・演出(スタッフ) | 植田紳爾 | ||
演出(スタッフ) | 鈴木圭 | 谷正純 |
2024年雪組[73] | |
---|---|
劇場 | 宝・東 |
オスカル | 紀城ゆりや |
アンドレ | 華世京 |
アントワネット | 白綺華 |
フェルゼン | 蒼波黎也 |
ジェローデル | 律希奏 |
アラン | 風立にき |
ベルナール | 苑利香輝 |
ロザリー | 音彩唯 |
ジャンヌ | 瑞季せれな |
メルシー伯爵 | 霧乃あさと |
ルイ16世 | 希翠那音 |
プロバンス伯爵 | 絢斗しおん |
ブイエ将軍 | 夢翔みわ |
王子 | 清羽美伶 |
王女 | 祈菜さあや |
小公子 | 結翔恋 |
小公女 | 愛空みなみ
星沢ありさ |
脚本・演出(スタッフ) | 植田紳爾 |
演出(スタッフ) | 谷正純 |
1976年花組 | 1977年花組 | 1978年雪組 | 1979年花組 | 1980年雪組 | |
---|---|---|---|---|---|
公演 | 地方公演 | ||||
オスカル | 安奈淳 | 安奈淳 | 汀夏子 | 松あきら | 汀夏子 |
アンドレ | 榛名由梨 | 松あきら | 麻実れい | みさとけい | 麻実れい |
アントワネット | 上原まり | 城月美穂 | 邦月美岐 | 城月美穂 | |
フェルゼン | 松あきら | みさとけい | 常花代 | 汐見里佳 | 常花代 |
ジェローデル | 新城まゆみ | 新城まゆみ | 尚すみれ | 央いおり | 尚すみれ |
アラン | 汐見里佳 | 汐見里佳 | |||
ベルナール | 立ともみ | 室町あかね | 真咲佳子 | ||
ロザリー | 美樹ひろみ | 花鳥いつき | |||
ジャンヌ | 八汐みちる | 昇路みちる | |||
脚本・演出(スタッフ) | 植田紳爾 |
1991年雪組 | 1991年花組 | 2005年星組 | 2006年雪組 | |
---|---|---|---|---|
公演 | 地方公演 | 全国ツアー | ||
オスカル | 杜けあき[29] | 真矢みき[29] | 涼紫央[81] | 水夏希[注 62] |
アンドレ | 海峡ひろき[29] | 愛華みれ[29] | 立樹遥[81] | 壮一帆 |
アントワネット | 鮎ゆうき[29] | ひびき美都[29] | 白羽ゆり[81] | - |
フェルゼン | 高嶺ふぶき[29] | 大浦みずき[29] | 湖月わたる [81] | - |
ジェローデル | 轟悠[29] | 宝樹芽里[29] | 麻尋しゅん[81] | 沙央くらま |
アラン | 風見玲央[29] | - | - | 緒月遠麻 |
ベルナール | 和光一[29] | 舵一星[29] | 綺華れい[81] | 悠なお輝 |
ロザリー | 朝霧舞[29] | 峰丘奈知[29] | 琴まりえ[81] | 舞風りら |
ジャンヌ | 小乙女幸[29] | |||
メルシー伯爵 | 麻月鞠緒[29] | 未沙のえる[81] | ||
グスタフ3世 | 未沙のえる[29] | 英真なおき[81] | ||
ソフィア | 香坂千晶[29] | |||
ジャルジェ将軍 | 飛鳥裕[29] | |||
ルイ16世 | 星原美沙緒[29] | 大真みらん[81] | ||
プロバンス伯爵 | 磯野千尋[29] | 紫蘭ますみ[81] | ||
ポリニャック伯爵夫人 | 真咲佳子[29] | |||
シャルロット | 早原みゆ紀[29] | |||
シッシーナ夫人 | 北小路みほ[29] | しのぶ紫[81] | ||
脚本・演出(スタッフ) | 植田紳爾 | |||
演出(スタッフ) | - | 谷正純 |
2014年雪組 | 2014年花組 | 2014年宙組 | 2015年花組 | |
---|---|---|---|---|
公演 | 全国ツアー | 中日劇場 | 全国ツアー | 梅田・台湾 |
オスカル | 早霧せいな[注 62] | 芹香斗亜 | 七海ひろき | 柚香光 |
アンドレ | 夢乃聖夏 | 望海風斗 | 蒼羽りく | 芹香斗亜 |
アントワネット | - | 蘭乃はな | 実咲凜音 | 花乃まりあ |
フェルゼン | 蓮城まこと[注 63] | 明日海りお | 朝夏まなと | 明日海りお |
ジェローデル | 鳳翔大 | 鳳真由 | 澄輝さやと | 鳳真由 |
アラン | 彩凪翔 | 真輝いづみ | 実羚淳 | 真輝いづみ |
ベルナール | 彩風咲奈 | 大河凜 | 星吹彩翔 | 瀬戸かずや |
ロザリー | 咲妃みゆ | 花乃まりあ | 瀬音リサ | 城妃美伶 |
ジャンヌ | ||||
脚本・演出(スタッフ) | 植田紳爾 | |||
演出(スタッフ) | 谷正純 |
この節の加筆が望まれています。 |
※氏名の後ろに「宝塚」、「東京」の文字がなければ両劇場共通。
※氏名の後ろに「宝塚」、「東京」の文字がなければ両劇場共通。
※氏名の後ろに「宝塚」、「東京」の文字がなければ両劇場共通。
※氏名の後ろに「宝塚」、「東京」の文字がなければ両劇場共通。
※氏名の後ろに「宝塚」、「東京」の文字がなければ両劇場共通。
※氏名の後ろに「東京」、「宝塚」の文字がなければ両劇場共通。
※氏名の後ろに特に文字がなければ星組・雪組の両公演共通のスタッフ。
※氏名の後ろに「宝塚」、「東京」の文字がなければ両劇場共通。
※氏名の後ろに「宝塚」、「東京」の文字がなければ両劇場共通。
※氏名の後ろに「宝塚」、「東京」の文字がなければ両劇場共通。
植田にとっても本作が初めての洋物であった。ただ植田は日本や東洋を舞台にした作品に専念してきた間も、洋物進出が認められた時に備えて、題材を選んではおり、歌劇団がロココ朝の舞台美術に関し、日本でも有数のノウハウを蓄積してきたことを聞いていたことから、「ロココの女王」として知られたマリー=アントワネットを中心にした作品なら、質の高い舞台美術に支えられた上演ができると、本作を知る前からアントワネットを自作で取り上げる腹案はあったといい、本作の舞台化はその願いの結実でもあった[5]。
1975年花組版で植田は最終的にオスカル役に安奈を推したが、安奈が初役で観客動員力としては未知数だったのに対し、共にトップスターをつとめる榛名は、月組初演で評判をとったオスカル役経験者であり、榛名が花組版でオスカルを再演するとなれば、初演を観劇してくれた相当数のファンたちを再観劇に呼び込める可能性もあり、興行としては榛名の方が「計算できる」として、“榛名オスカル”を推す意見も根強かった。東京宝塚劇場を管理する東宝の担当者も、興行的観点から“榛名オスカル”を当然視していたようで、植田の“安奈オスカル”の意向を伝え聞くと、植田を呼び出して「商売を全くわかっていない」と配役変更を迫ってきたという。呼びつけられた上でのこのような仕打ちに、植田は全く納得がいかず「でしたら、東京公演はなしで結構です」と、啖呵を切って帰ったと述懐している[5]。
1975年花組版で“安奈オスカル”を植田が決断した際、植田は榛名と二人だけで話し合い「今回もオスカルを演ったら、(君は)オスカルのイメージが抜けなくなる。アンドレに回って演技の幅をぜひ広げてほしい」と話して説得したという。植田は当時を回想した際「榛名も残念だったと思うが、納得してくれた」と榛名に感謝している[5]。
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