生誕 |
1929年9月2日 フランス・ソーヌ=エ=ロワール県ヴァレンヌ=サン=ソヴァール |
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死没 |
2024年3月26日(94歳没) アン県ヴィリア |
時代 |
20世紀の哲学 21世紀の哲学 |
地域 | 西洋哲学 |
学派 | ヘーゲル主義 |
研究分野 | 哲学史、ドイツ観念論、歴史哲学、政治哲学、倫理学 |
影響を受けた人物
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影響を与えた人物
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ベルナール・ブルジョワ(Bernard Bourgeois, 1929年9月2日 - 2024年3月26日)は、フランスの哲学者である。フランス国内においては道徳政治科学アカデミーの会員であり、2014年には会長を務めた。ソーヌ=エ=ロワール県ヴァレンヌ=サン=ソヴァール出身。
カントからマルクスに至る近代ドイツ哲学が専門で、ヘーゲルの著作の仏訳も行った。
研究テーマは、論理学と弁証法、理性と政治・法律、歴史哲学、宗教と哲学と教育の関係。
ベルナール・ブルジョワは高等師範学校を1951年に卒業し、1954年に哲学のアグレガシオンに合格した。
1954年から1957年まで、アルジェリアで兵連隊に従軍した後、1957年から1963年までマコンのリセで教えた。
その後、リヨン大学文学部に着任した。1972年、ソルボンヌ大学で博士号を取得し、リヨン第二大学、リヨン第三大学の教授を1989年まで続けた。1979年3月、リヨン第三大学の副学長になり、リヨン第一大学の状況に対して憂慮を示した[1]。
1989年、パリ第一大学パンテオン=ソルボンヌの教授に就任した。
次に挙げるように多くの役職を任ぜられてきた。リヨン大学文学部長、フランス国立大学カウンシル会員、ユネスコのフランス委員会委員、そしてフランス科学基金、国際哲学アンスティチュ、フランス哲学会の研究混成ユニット(UMS)ディレクター。
また、アグレガシオンの審査委員を1980年から1986年の間、そして1998年から1999年の間務めた。
1991年から、フランス哲学会の会長を務めた。
『形而上学・道徳評論(Revue de métaphysique et de morale)』のディレクター、そして「人間の倫理・連帯のためのオスタ・デライ基金(Fondation Ostad Elahi – éthique et solidarité humaine)」の理事を2002年2月の設立時から務めている[2]。
2002年12月、道徳政治科学アカデミーの哲学部門会員に選ばれた。
2024年3月26日、アン県ヴィリアにおいて94歳で死去[3]。
ベルナール・ブルジョワによるヘーゲル研究は、ジャン・ヴァール、アレクサンドル・コジェーヴからジャン・イポリットにまで続く20世紀フランス哲学の問題系に連なっている。哲学界の支配的人物であるヘーゲルを中心として、実存主義、現象学、マルクス主義、そして脱構築主義といった哲学運動が具体化していったのである。
ブルジョワの理解では、ヘーゲル主義とはマルクス主義の単なる先駆者なのではなく、むしろマルクス主義の方が歴史における挿入句であり、ヘーゲル主義こそが自由の哲学なのである。ブルジョワはフランシス・フクヤマによる歴史の終焉テーゼ、すなわちリベラル民主主義が人類のイデオロギー進化の最終地点であるという主張に反論している[4]。