ラブアン直轄植民地
Crown Colony of Labuan (英語 )
(国旗)
(国章)
国歌 : God Save the Queen (英語) 女王陛下万歳 (1848年–1901年) God Save the King(英語) 国王陛下万歳 (1901年–1946年) ラブアンの地図(1888年)
ラブアン直轄植民地 (ラブアンちょっかつしょくみんち、英語 : Crown Colony of Labuan )は、かつてボルネオ島 北西部に置かれていたイギリス の直轄植民地 である。1846年 にブルネイ帝国 からラブアン を割譲し、1848年 に設立された。ラブアン本島に加え、周辺のブルング島、ダアト島、クラマン島 (英語版 ) 、パパン島、ルスカン・ケシル島、ルスカン・ベサル島の6島から構成されていた。
ラブアンは、当時のイギリス人にとって第2のシンガポール (英語版 ) になると期待されていた。だが、ラブアンでの石炭 産業は上手くいかず、見限った投資家たちが資金を引き上げた結果、全ての機械設備と入植した中国人労働者 を現地に残しただけで何の利益も上げられなかった。残された中国人労働者たちは、現地で生産される燕の巣 や真珠 、サゴヤシ 、樟脳 などを用いて新たな商売を展開し、のちにココヤシ やゴム 、サゴヤシを中心とした産業で成功を収めることとなる。
第二次世界大戦 が勃発すると、東南アジア に勢力圏を拡大した大日本帝国 によって突如イギリスの統治は終焉を迎えた。大戦中は日本の統治下に置かれたラブアンだが、末期には日本のボルネオ守備軍である第37軍 の司令官が連合国 に降伏した地となった。短期間の軍政を経て、1946年 に北ボルネオ直轄植民地 へ編入される形で消滅した。
ラブアンで初めて翻るユニオン・ジャック (1846年 12月24日 )
1841年 にジェームズ・ブルック がボルネオ南西部でサラワク王国 を建国し、続いて周辺の海賊征伐に乗り出した。ちょうどそのころ、彼はイギリス政府に対し半ばしつこくラブアンの存在を売り込んでいた。ブルックは他のヨーロッパ 諸国を牽制するためにも、イギリスの海軍 拠点や植民地 、保護国 をボルネオ北部沿岸に設立するよう要請している。要請を受けたイギリスは、海軍本部 からチャールズ・ベスーン (英語版 ) を派遣し、1844年 11月より海軍拠点建設に向けた調査を開始した。この調査には、同時期に東南アジアで調査を行っていたエドワード・ベルチャー と帆走フリゲート 「サマラン 」も同行している。
1845年 、外務省 はブルックをブルネイ帝国 との外交官に任命し、ベスーンへの協力を仰いだ。同時に、外務大臣の第4代アバディーン伯爵ジョージ・ハミルトン=ゴードン はブルネイ帝国のスルターン に対し、他国とのいかなる条約も締結しないよう要請する書簡を送っている。この時すでに、ブルネイ帝国領はイギリスの拠点として目論まれていた。1845年 2月24日 、ベスーンは木造スループ 「ドライヴァー (英語版 ) 」を伴って香港 を離れ、より島の調査に乗り出した。調査中、船員たちはボルネオ島の他のどの沿岸部の住人よりも、ラブアンの住人が石炭鉱床に適していることを見出した。これを受け、イギリスはラブアン島が次のシンガポールとなる夢を膨らませることとなる。1846年 12月18日 、ブルックはブルネイのスルターンであるオマール・アリー・サイフッディーン2世 (英語版 ) とラブアン条約 (英語版 ) を締結し、ラブアンの所有権がイギリス へ移った。
ロドニー・マンディ (英語版 ) は6等艦 「アイリス (英語版 ) 」でブルネイに赴き、正式かつ最終的にイギリス政府が島の領有を決断するまでスルターンとの調和を保った。1846年 12月24日 、島のイギリス領有 に際し、彼はスルターンのアブドゥル・モミン (英語版 ) を立会人とした。ブルックは一連の移行を取り仕切り、1848年 にラブアンはイギリスの直轄植民地 および自由港 となった。初代総督にはブルックが就任している。1890年 より、ラブアン直轄植民地は北ボルネオ会社 の管理下に置かれ、再びイギリス政府による支配に戻ったのは1904年 のことである。1906年 10月30日 、イギリスは海峡植民地 にラブアンを編入して拡大する提案を行い、1907年 1月1日 にラブアン直轄植民地は海峡植民地に編入されることとなった。
第二次世界大戦 が勃発すると、1942年 1月3日 に大日本帝国海軍 はラブアンの海岸に停泊した。島に置かれていた債券などは、日本軍に渡らないようイギリスによって焼き捨てられていた。残りの日本軍はボルネオ西部のメンパクルに向かい、軍の強化を図った。まもなくボルネオは陥落し、ラブアン直轄植民地も大日本帝国領に組み込まれることとなった。一帯はボルネオ守備軍 によって統治され、島の名前も初代守備軍司令官の前田利為 に因んで「前田島(まえだしま、英語 : Maeda Island )」と改名されている。日本はこの地に2か所、ボルネオ全体で11か所の飛行場 を建設する計画を立てていた[ 27] 。この計画遂行に際し不足する労働力はジャワ島 から補い、最終的に約10万人のジャワ人 を一連の飛行場建設に従事させている。
ラブアンに上陸したオーストラリア第24旅団 (英語版 ) (1945年 6月10日 )
1945年 6月10日 、アメリカのダグラス・マッカーサー とオーストラリアのレスリー・モーシェッド (英語版 ) が指揮する連合国が、100隻の護送船を伴ってラブアンに上陸した。オーストラリア第9師団 (英語版 ) は上陸とともに攻撃を開始し、オーストラリア第24旅団 (英語版 ) は海空の大規模な援護射撃の下、島の南東部とヴィクトリア港北部のブラウン・ビーチに2個大隊を上陸させた。この上陸はフィリピン南部からさらにラブアンまで進軍することを決定したマッカーサーによるものであり、彼自身軽巡洋艦 「ボイシ 」に乗艦しながらこの作戦に立ち会っている。8月15日 に日本は無条件降伏 し、第37軍司令官の馬場正郎 も9月9日 にラブアンのラヤン=ラヤン・ビーチで降伏した。その後馬場は第9師団の本部に赴き、第9師団長のジョージ・ウートン (英語版 ) の前で降伏文書に署名した。公式な降伏式典は翌日に開かれている。ラブアン直轄植民地の中心都市だったヴィクトリア (英語版 ) は連合軍の爆撃で壊滅していたが、戦後再建された。島名は前田島からラブアンに戻り、イギリスの軍政を経て1946年 7月15日 に北ボルネオ直轄植民地 へ編入、ラブアン直轄植民地は消滅した。
総督が執務などで使用していた建物
ラブアンがブルネイ帝国から割譲されて直轄植民地が設置されると、島の統治はラブアン総督が担うこととなった。第6代総督のジョン・ポープ・ヘネシー (英語版 ) は、ダブリン都市警察 (英語版 ) を引き連れて町の清掃を行い、任期中に島民の健康増進に努めた。1880年 以降、石炭産業の失敗からラブアンに対する直轄植民地としての期待は失われていき、北ボルネオや海峡植民地へ管轄権が2度ほど移行している。イギリスによる統治の末期には、イギリス政府の利益に基づいているにも関わらず、当局によって現地の先住民たちによる政治参加が推奨された。
イギリスに発見されて以来、本島では石炭 が産出された。それ以外の産業 としては、燕の巣 や真珠 、サゴヤシ 、樟脳 などがある。イギリスは、ラブアンの首都であるヴィクトリアが、香港 やシンガポールに匹敵するような都市に成長することを望んでいた。しかしそれが叶うことは無かった。特に石炭生産の減少は多くの投資家を撤退させる要因となった[ 40] 。石炭産業 が衰退してからは、ラブアンの産業の中心はココヤシやゴム、サゴヤシへと転換していった。北ボルネオの管理下で、収益は1889年 に20,000ドル (英語版 ) 、1902年 には56,000ドルへと増加した。同年の輸入額は1,948,742ドル、輸出額は1,198,945ドルである。
ヴィクトリア女王が描かれたラブアンの2セント切手c. 1885
島の人口は、1864年 に約2,000人、1890年 に5,853人、1911年 に6,545人、そして1941年 には8,963人と推移していった。人口の中心は主にマレー人 (ブルネイ系マレー人 (英語版 ) やケダヤン人 (英語版 ) を含む)と華僑 から構成されており、残りはヨーロッパ人 とユーラシアン だった。ヨーロッパ人は大部分が政府関係者や企業関係者であり、華僑は島内の産業を担う商人が多く、マレー人は漁民が大半を占めていた。
1894年 、ラブアン=サンダカンで電信 網が整備された。また、1864年 まで島内では郵便局が運営され、郵便物には丸い消印が押されていた。なお、イギリス領インド帝国 や香港の切手はいくつかの郵便で使用されていたが、ラブアンの切手は恐らく個人で運用されていた。郵便はシンガポール経由で送られていた。1867年 より海峡植民地の切手を使用するようになったが、1879年 5月より再び独自に切手を発行するようになった。
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