リック・フーラー | |
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プロフィール | |
リングネーム |
リック・フーラー ポール・フーラー |
本名 | リチャード・フーラー |
ニックネーム | ザ・ランバージャック |
身長 | 196cm |
体重 | 130kg |
出身地 |
アメリカ合衆国 マサチューセッツ州ミドルボロ |
トレーナー |
ジミー・スヌーカ トニー・アトラス |
デビュー | 1990年 |
リック・フーラー(Richard Fuller)は、アメリカ合衆国のプロレスラー。マサチューセッツ州ミドルボロ出身[1]。
1987年、ミドルボロ高校卒業後、地元であるマサチューセッツ州にてジミー・スヌーカとトニー・アトラスが共同で主宰するレスリングスクールでトレーニングを積み、ノースイースタン地区のインディー団体で活動。1992年から1993年にかけてNEWA(New England Wrestling Association)にて後にWWEでスコッティ・2・ホッティのリングネームで活躍することになるスコット・ガーランドとNEWAヘビー級王座を巡り抗争した。
1997年、WCWに入団。1月23日のNitro、レックス・ルガーを相手にデビューするが敗戦。デビュー後以降、Nitroを始めとしたWCW系列の各番組に出場するもメインイベンターたちのジョバーになることが多く、また若手の踏み台へ。4年間で結局チャンスを得られないまま2000年にWCWから解雇された。
WCW解雇後はカオティック・レスリング(Chaotic Wrestling)やNECW(New England Championship Wrestling)といった北米のインディー団体を中心に活動。ベテランレスラーながら若手レスラーの壁という役割をこなし、2008年3月、EPW(Eastern Pro Wrestling)に参戦した際、NEWAで抗争を繰り広げたスコッティ・2・ホッティと再会。EPWヘビー級王座を保持するスコッティに挑戦するも敗戦した。同年6月、カオティック・レスリングにて後にWWEに所属することになるダレン・ヤングことフレッド・サンプソンとタッグを組み、カオティック・レスリング・タッグチーム王座を獲得。
同年7月5日、新日本プロレスに参戦。ツインメッセ静岡にて後藤洋央紀 & ジャイアント・バーナードと組み、真壁刀義 & 矢野通 & カール・アンダーソンのシックスマン・マッチでデビュー。参戦当初は中邑真輔がリーダーを務めるユニットであるRISEに加入し、ジャイアント・バーナードと外国人タッグで活動し、同月21日の月寒アルファコートドームにてIWGPタッグ王座を保持する真壁 & 矢野組に挑戦するも敗戦した。9月5日、後楽園ホールでのメインイベントの中邑 & 後藤 vs 真壁 & 矢野のタッグマッチにてバーナードと共に裏切り中邑と後藤を襲撃し、ヒールユニットであるGBHに加入。G1タッグリーグにバーナードと出場し、11月5日の後楽園ホールにて決勝トーナメント進出を決める試合で中邑 & 後藤組と対戦するが敗戦した。
他、アメリカのインディー団体を中心に多数のタイトルを獲得。