Ray Childress | |||||||||
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基本情報 | |||||||||
ポジション |
ディフェンシブエンド ディフェンシブタックル | ||||||||
生年月日 | 1962年10月20日(62歳) | ||||||||
出身地 |
アメリカ合衆国 テネシー州メンフィス | ||||||||
身長: | 6' 6" =約198.1cm | ||||||||
体重: | 272 lb =約123.4kg | ||||||||
経歴 | |||||||||
大学 | テキサスA&M大学 | ||||||||
NFLドラフト | 1985年 / 1巡目全体3位 | ||||||||
初出場年 | 1985年 | ||||||||
初出場チーム | ヒューストン・オイラーズ | ||||||||
所属歴 | |||||||||
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受賞歴・記録 | |||||||||
オールプロ選出(3回) | |||||||||
1990, 1991, 1992 | |||||||||
プロボウル選出(5回) | |||||||||
1988, 1990, 1991, 1992, 1993 | |||||||||
その他受賞・記録 | |||||||||
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NFL 通算成績 | |||||||||
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Player stats at PFR | |||||||||
レイ・チルドレス(Ray Childress 1962年10月20日- )はテネシー州メンフィス出身のアメリカンフットボール選手。NFLのヒューストン・オイラーズなどで1985年から1996年までプレーした。ポジションはディフェンシブエンド、ディフェンシブタックル。プロボウルに5回選出されている[1]。
テキサス農工大学3年次の1983年に15サック、117タックルをあげてオールアメリカンのファーストチームに選ばれた。1984年にも10サック、124タックルをあげてオールアメリカンに選ばれている。大学であげた25サックはラインバッカーを除く当時の学校記録であった。また360タックルは当時大学歴代4位の記録であった。2010年にカレッジフットボール殿堂入りを果たした[2]。
1985年のNFLドラフト全体3位でヒューストン・オイラーズに指名されて入団した[3]。
1988年10月30日のワシントン・レッドスキンズ戦ではNFL記録タイの3ファンブルリカバーを記録した[4][5]。この年にはリーグ歴代3位タイの7ファンブルリカバーを記録した[1]。
1990年にオイラーズのディフェンスコーディネーター、ジム・エディが3-4ディフェンスから4-3ディフェンスに切り替えた際、ディフェンシブエンドとしてプロボウルに選ばれたこともあり、ノーズガードとしても起用されていた彼は、ディフェンシブタックルにコンバートされ、その後4回ディフェンシブタックルとしてプロボウルに選ばれた。1990年から1993年までの間、オイラーズは強力なランディフェンスを誇った。
彼はランディフェンスだけでなくパスディフェンスでも力を発揮、オイラーズの歴代2位のサック、歴代6位のタックルをあげている。サック、タックルでオイラーズの歴代10傑に入っているディフェンシブラインマンは他にエルビン・ベセアのみである。
1986年から1989年までチームトップのQBサックをあげ、1992年にはディフェンシブタックルとしてのシーズン記録である13サックをあげた。また11年間のキャリアで13試合で2サック以上をあげた。
サラリーキャップ制が導入された影響でキャリアの最後のシーズンとなった1996年だけダラス・カウボーイズで控え選手としてプレーした。
1985年から1994年までの10シーズンで欠場したのはストライキのあった1987年を除くとわずか3試合であり、154試合に出場した。
現役引退後、1999年にテキサス州のカーディーラー企業ローレンス・マーシャルを買収したがアメリカの景気の後退もあり2009年会社は営業を停止した[6]。
2008年にテキサス州スポーツの殿堂入りを果たしている[2]。
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AP通信 オールプロ ファーストチーム選出(1回) | ||||||
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