Villevêque | |
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行政 | |
国 | フランス |
地域圏 (Région) | ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏 |
県 (département) | メーヌ=エ=ロワール県 |
郡 (arrondissement) | アンジェ郡 |
小郡 (canton) | アンジェ6小郡 |
INSEEコード | 49377 |
郵便番号 | 49140 |
市長(任期) |
ジル・サンソン[1] (2014年 - 2020年) |
自治体間連合 (fr) | C.A. d'Angers Loire Métropole |
人口動態 | |
人口 |
2870人 (2013年) |
人口密度 | 102人/km2 |
住民の呼称 | Villevêquois, Villevêquoise |
地理 | |
座標 | 北緯47度33分42秒 西経0度25分20秒 / 北緯47.5616666667度 西経0.422222222222度座標: 北緯47度33分42秒 西経0度25分20秒 / 北緯47.5616666667度 西経0.422222222222度 |
標高 |
平均:22m 最低:14m 最高:51 m |
面積 | 28.03km2 |
公式サイト | Site de Villevêque |
ヴィレヴェック (Villevêque)は、フランス、ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏、メーヌ=エ=ロワール県のコミューン。
ボージョワ地方にあるアンジューのコミューンで、スーセルの南に位置する。アンジェとは14kmの距離である[2]。ロワール川 (支流)沿いにあり、川の左岸にある[3]。
町は、かつてアンジェ司教が住まいとしていた、ロワール川を見下ろす位置に佇むシャトーを中心とする[4]。
司教の町と呼ばれたこの地で、アンジェ司教は休暇を過ごしていた[5]。
古くの名はPariocha de Villa Episcopi(1259年)、Ville lévesque(1289年)、Burgus、castrum de Villa Episcopi(1292年)、La Paroisse de Vile évesque(1295年)である[6]。Villevêqueの名でコミューンとなり、フランス革命時代に革命的な名であるポール・デュ・ロワール(Port-du-Loir)に変えられたが、その後再びヴィレヴェックとなった。
11世紀、現在の町には教区の中心があったことが証明されている。教会の所有する荘園はのちに司教のドメーヌとなった。封土の領主はアンジェ司教自身が務めた[7]。12世紀、城は要塞の様相となった。2度、王の命令によって解体されたが、ビュエイユの司教によって再建された。建物は15世紀に改造されている[8]。
1962年 | 1968年 | 1975年 | 1982年 | 1990年 | 1999年 | 2008年 | 2013年 |
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1330 | 1317 | 1701 | 2207 | 2432 | 2607 | 2754 | 2870 |
参照元:1962年から1999年まで人口の2倍カウントなし。1999年までEHESS/Cassini[9]、2004年以降INSEE[10][11]