中央区(ちゅうおうく)は、千葉県千葉市を構成する行政区の一つ。千葉市ならびに千葉県の行政・商業の中心であり、区内に千葉県庁、千葉市役所が所在する。
千葉駅を中心に商業地区が並び、本千葉駅から京成千葉中央駅にかけての東側には県庁や裁判所など行政機関が集中している。
区南部の蘇我副都心は、かつては東京湾の埋立地にあるJFEスチール東日本製鉄所の企業城下町であったが、現在は規模を縮小し、跡地は商業施設(ハーバーシティ蘇我)や千葉市蘇我スポーツ公園となっている。
千葉県庁や千葉市役所、千葉地方裁判所、千葉県警察本部など千葉県内の行政機関が集中している中心的な区である。金融機関や企業の本店・支店も多い。近年は都心回帰や、千葉駅周辺再開発の影響によりマンションが増えたため、人口は増加傾向にある。
急峻な山などはなく、ほとんどは平坦な地形である。中心を下総台地(台地)が占め、その中に樹枝状に谷底低地。北東側及び台地を二分する形で氾濫低地。南側の千葉港周辺は広域埋立地。広域埋立地と台地の間に、海岸低地と砂州・砂堆に区分される。
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千葉臨港部の街並み
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都川の増水時の危険を伝える看板(本町公園)
千葉市のうち、旧市域の大部分と旧千葉郡蘇我町、生浜町(おゆみ野に属する部分を除く)、千城村の一部、都村の一部の区域と埋立地から成る。
区名は公募に寄せられた案の中から決定した。当初、方角や「中央」は区名として採用しない方針であり、現区名への支持も低かったが、他にふさわしい案がなかったことから、方針に反して現区名が多数寄せられたという経緯がある。他に「千葉区」、「港区」、「亥鼻区」(千葉城の別名から)といった案もあった。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により区域内に以下の町村が発足する(いずれも千葉郡。現存しない地名は〈 〉で現在の地名を記した)。
- 千葉町 ← 千葉町、寒川村、登戸村、千葉寺村、●黒砂村(●は現稲毛区)
- 蘇我野村 ← 曽我野村〈蘇我町〉、今井村、宮崎村、大森村、赤井村、小花輪村〈花輪町〉、生実郷
- 都村 ← 辺田村〈都町〉、矢作村、●貝塚村、●加曽利村、●川野辺新田〈若松町〉(●は現若葉区)
- 千城村 ← 川戸村、仁戸名村、星久喜村、●大宮村、●小倉村、●大草村、●金親村、●坂月村(●は現若葉区)
- 生実浜野村 ← 浜野村、村田村、○北生実村、○南生実村、●有吉村(○は一部、●は全域が現緑区)
- 1890年(明治23年)05月23日 - 蘇我野村が町制を施行し蘇我町と改称する。
- 1921年(大正10年)01月01日 - 千葉町が市制を施行し千葉市となる。
- 1925年(大正14年)01月01日 - 生実浜野村が生浜村と改称する。
- 1928年(昭和03年)11月10日 - 生浜村が町制を施行し生浜町となる。
- 1937年(昭和12年)02月11日 - 蘇我町、都村が千葉市に編入される。
- 1944年(昭和19年)02月11日 - 千城村が千葉市に編入される。
- 1955年(昭和30年)02月11日 - 生浜町が千葉市に編入される。
- 1992年(平成04年)04月11日 - 千葉市の政令指定都市移行に伴い当区を設置。中央コミュニティーセンター内に区役所を設置。
- 1995年(平成07年)07月00日 - 区役所を千葉市美術館内に移転[1]。
- 2019年(令和.元年)05月07日 - 区役所をきぼーる内(現在地)に移転[2][3]。
- 1995年 167,663
- 2000年 170,911
- 2005年 184,637
- 2010年 199,364
- 2015年 205,070
千葉市役所
千葉中央警察署
- 千葉駅前交番
- 京成千葉中央駅前交番
- 千葉公園前交番
- 西千葉交番
- 登戸交番
- 本千葉駅前交番
- 千葉寺駅前交番
- 蘇我駅前交番
- 白旗交番
- 浜野駅前交番
- 星久喜交番
- 本町交番
- 都交番
千葉市消防局
総務省
法務省
財務省
厚生労働省
防衛省
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農林水産省
国土交通省
司法
警察庁
千葉県
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JFEスチール東日本製鉄所(旧川崎製鉄千葉製鉄所)、JERA千葉火力発電所などが所在し、千葉港では水深12メートル岸壁3バース(うちコンテナバースは1バース)、水深10メートル岸壁5バースが整備されており、千葉中央ふ頭および出洲ふ頭では、主にコンテナ貨物と完成自動車貨物、RORO船貨物(紙・パルプ、化学工業品、鋼材)などを取り扱っている[4]。コンテナターミナルは商港的機能の強化を図るためガントリークレーン2基体制となっている[5]。
- 市役所前市民センター
- 生浜市民センター
- 松ヶ丘市民センター
- Qiball福祉フロア
- 千葉駅連絡所
- 蘇我駅前連絡所
- 中央コミュニティセンター
- 中央コミュニティセンター松波分室
- 蘇我コミュニティセンター
- 松ケ丘公民館
- 生浜公民館
- 新宿公民館
- 宮崎公民館
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- 葛城公民館
- 椿森公民館
- 川戸公民館
- 星久喜公民館
- 千葉市中央図書館
- 千葉市みやこ図書館
- 千葉県文書館
- 千葉市民会館
- 千葉市文化センター
- ちば市民活力創造プラザ
- ハーモニープラザ
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- 千葉都町郵便局 (〒260-0001)
- 千葉道場郵便局 (〒260-0005)
- 千葉中央四郵便局 (〒260-0013)
- 千葉駅東口郵便局(旧・千葉文化交流プラザ内郵便局) (〒260-0015)
- 千葉駅前大通り郵便局(旧・千葉Bee-One内郵便局) (〒260-0015)
- 千葉院内郵便局 (〒260-0017)
- 千葉新宿郵便局 (〒260-0021)
- 千葉CCプラザ内郵便局 (〒260-0026)
- 千葉新町郵便局 (〒260-0028)
- 新千葉郵便局 (〒260-0031)
- 千葉登戸郵便局 (〒260-0032)
- 西千葉駅前郵便局 (〒260-0033)
- 千葉椿森郵便局 (〒260-0042)
- 千葉松波郵便局 (〒260-0044)
- 千葉仁戸名郵便局 (〒260-0801)
- 千葉宮崎郵便局 (〒260-0806)
- 千葉星久喜郵便局 (〒260-0808)
- 千葉生実郵便局 (〒260-0813)
- 千葉曽我野郵便局 (〒260-0822)
- 浜野郵便局 (〒260-0824)
- 千葉市場前郵便局 (〒260-0832)
- 千葉今井郵便局 (〒260-0834)
- 千葉鵜の森郵便局(旧・千葉白旗郵便局) (〒260-0841)
- 千葉寺町郵便局 (〒260-0844)
- 本千葉駅前郵便局(旧・千葉寒川郵便局) (〒260-0854)
- 千葉県庁内郵便局 (〒260-0855)
- 千葉亥鼻郵便局 (〒260-0856)
- 千葉大学病院内簡易郵便局 (〒260-0856)
千葉市は、1市で1つの二次医療圏(千葉保健医療圏)を構成する。三次医療圏は千葉県医療圏(管轄区域:千葉県全域)。
医療提供施設は特筆性の高いもののみを記載する[6]。
国立
私立
私立
県立
私立
県立
市立
私立
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- 千葉市立鶴沢小学校
- 千葉市立仁戸名小学校
- 千葉市立登戸小学校
- 千葉市立弁天小学校
- 千葉市立星久喜小学校
- 千葉市立本町小学校
- 千葉市立松ヶ丘小学校
- 千葉市立都小学校
- 千葉市立宮崎小学校
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- 千葉県医療技術大学校(県立、専修学校専門課程、2011年3月末に閉校)
- 千葉女子専門学校(学校法人増田学園)
- 千葉情報経理専門学校(学校法人秋葉学園)
- 千葉理容専門学校(財団法人市原学園)
- 千葉調理師専門学校(学校法人芳野学園)
- 千葉日建工科専門学校(学校法人日建千葉学園)
- 千葉デザイナー学院(学校法人花沢学園)
- 東洋理容美容専門学校(学校法人東洋理容美容学園)
- パリ総合美容専門学校千葉校(学校法人パリ美容国際学園)
- 上野法科ビジネス専門学校(学校法人上野法律学園)
- 国際医療福祉専門学校(学校法人阿弥陀寺教育学園)
- 京葉介護福祉専門学校(学校法人清峯学園)
- 中央介護福祉専門学校(学校法人土岐学園)
- 京葉調理師学校(財団法人市原学園)
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蘇我臨海地区再開発事業の一環として、千葉みなと駅と蘇我駅間に寒川新駅(仮称)を設置する構想があり、千葉市企画調整局により基本調査・設計が行われている。
- 東日本旅客鉄道(JR東日本)
- 総武線各駅停車
- 総武快速線
- 京葉線
- ■ 総武本線・■ 成田線
- ■ 内房線
- ■ 外房線
- 京成電鉄
- 千葉線
- 京成千原線
- 千葉都市モノレール
- 1号線
- 2号線
- 国道14号 - 東京都日本橋を起点に、中央区広小路交差点に至る。通称千葉街道。
- 国道16号 - 首都圏環状道路の千葉市内区間部。
- 国道51号 - 中央区広小路交差点を起点に、成田を経由し、茨城県水戸市に至る。千葉市内区間では、通称佐倉街道と称される。
- 国道126号 - 稲毛区穴川インター交差点を起点に、千葉県銚子市に至る。通称東金街道。
- 国道357号 - 中央区村田町を起点に、東京湾岸を通過し、神奈川県横須賀市に至る東京湾岸道路の一般国道部。通称湾岸道路でも知られる。
- 千葉県道20号千葉大網線 - 千葉市中央区神明町を起点に同市緑区を経て、千葉県大網白里市仏島に至る。愛称大網街道。
- 千葉県道66号浜野四街道長沼線 - 千葉市中央区浜野町を起点に千葉県四街道市を経由し、千葉市稲毛区長沼原町に至る。
千葉氏に関係する由来を持つ寺社が多い。
- 亥鼻城(千葉城):大治元年(1126年)千葉常重により築城、康正元年(1455年)廃城と伝えられる。現在模擬天守閣(千葉市立郷土博物館)が建つ。
- 小弓城跡:小弓公方足利義明の本拠地。別名小弓御所・南生実城
- 生実藩陣屋跡:森川氏が一万石で配される。廃藩置県まで13代にわたり生実地区を支配。別名北生実城。陣屋の一角に、森川氏の菩提寺、重俊院がある。
- 大覚寺山古墳:南生実町 千葉県指定文化財 1971年3月26日指定
- 曽我野藩陣屋跡:明治3年(1870年)3月、下野国高徳藩知事であった戸田忠綱は、曾我野に移封となり、曾我野藩を立藩。徳川幕府最後の立藩である。明治4年7月14日廃藩。
- 旧制千葉医科大学附属病院
- 千葉刑務所
- 川崎銀行千葉支店:中央区役所の工事の際、中に保存できるように建築され現在、区役所の一部になっている。区役所のさや堂ホールは川崎銀行時代の部分を使っている。
- 旧千葉県庁舎跡:明治44年竣工。ルネッサンス様式。昭和38年に取り壊された。