交響曲第60番 ハ長調 Hob. I:60 は、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが1774年頃に作曲した交響曲。『うかつ者』(あるいは『迂闊者』、Il distratto)の愛称で知られる。
愛称については、日本では他にも『愚か者』や『うつけ者』、『迂闊な男』、『うっかり者』、『ぼんやり者』、『うすのろ』など、CDや出版物によって様々に表記されている。
本作は、フランスの劇作家ジャン=フランソワ・ルニャールが1697年に書いた喜劇『ぼんやり者』(Le Distrait)をドイツ語に翻案した『うかつ者』(Der Zerstreute, 全5幕)のために書かれた劇付随音楽(ハイドンはこの劇のために序曲・各幕の間の間奏曲(4曲)、およびフィナーレを作曲し、カール・ヴァール(Karl Wahr)一座によって1774年にエステルハーザで上演された)を交響曲の形にまとめた[1][2][3]ものであり、そのため本作は、他のハイドンの交響曲と異なり全6楽章から構成される。
自筆原稿は存在しないが、古い筆写譜に「うかつ者」(Il Distratto)または「喜劇『うかつ者』のためのシンフォニア」(Sinfonia per la Comedia intitolato il Distratto)と注記されている[4]。
本作はハイドンの生前から非常に人気があり、1774年11月のブラチスラヴァでの演奏は大成功を伝えているが、晩年のハイドンはあまりこの作品のことをよく思っていなかったらしく、1803年にマリア・テレジア・フォン・ネアペル=ジツィーリエン(フランツ2世の皇后)がウィーンで本作を演奏するためにハイドンに楽譜を要求した際には、ハイドンはヨーゼフ・エルスラー(エステルハージ家のオーボエ奏者)宛ての手紙でこの作品を「古いシュマーン」(den alten Schmarrn)と呼んでいる[5][4](「シュマーン」(Schmarrn)はオーストリアの食べ物の名前だが、ほかに「つまらないもの」という意味もある)。
オーボエ2、ファゴット、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦五部。
この頃までハイドンの交響曲はファゴットのパートが独立して存在しておらず、チェロおよびコントラバスの楽譜を演奏した[2]。
また、初期の楽譜ではC管のホルンまたはトランペットのいずれかが指定されているが、1803年にマリア・テレジア・フォン・ネアペル=ジツィーリエンに送った版(上記ヨーゼフ・エルスラーの兄弟であるヨハン・エルスラーによって筆写された)では、ホルンとトランペットの両方が指定されている[2]。
ハイドンの交響曲としては他に類を見ない変則的な6楽章制を採るが、曲は喜劇の内容を反映して諧謔に富み、また民謡風の部分が多い。抒情的で静かな音楽の途中で、ふざけた、茶化すような曲想が乱入してきたり(第2楽章および第5楽章)、和声法の反則が侵されたり(第4楽章)、バルカン半島やハンガリーの民俗音楽の粗野な一面が誇張されたり(第3楽章および第4楽章)と、堅苦しくない性格が何かと打ち出されている。これらは、原作となったドタバタ劇の主人公の、うっかりした性格に関連している。演奏時間は約30分。