かとう かずひこ 加藤 和彦 | |
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生誕 | 1947年3月21日 |
出身地 | 日本・京都府京都市伏見区 |
死没 | |
学歴 |
龍谷大学経済学部 中退 東京都立竹台高等学校 卒業 |
ジャンル | 現代音楽 |
職業 | |
担当楽器 |
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活動期間 | 1965年 | - 2009年
レーベル | |
配偶者 | 福井ミカ(1970年 - 1975年), 安井かずみ(1977年-1994年、死別) |
共同作業者 |
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加藤 和彦 (かとう かずひこ、1947年3月21日[1] - 2009年10月16日[2])は、日本の音楽家。作曲、編曲、音楽プロデュース、撥弦楽器や鍵盤楽器などの演奏・歌唱を通じて、制作者・実演家として活動した。愛称は「トノバン」[注釈 1]。
1960年代フォークグループ『ザ・フォーク・クルセダーズ』(通称フォークル)でデビュー。その後、ソロ活動に移行し、並行して1970年代初頭から中盤にかけてロックバンド『サディスティック・ミカ・バンド』で活動するなど、斬新なアイデアに満ちた創作活動で、1960年代後半から70年代の日本のミュージックシーンをリードした。
1970年に、のちにサディスティック・ミカ・バンドのヴォーカリスト・ミカになる福井ミカと結婚するが1975年に離婚。サディスティック・ミカ・バンドも同年に解散した。1977年に作詞家の安井かずみと再婚する。安井が病に倒れる1990年代初頭まで「作詞・安井かずみ/作曲・加藤和彦」のコンビで、通称『ヨーロッパ三部作』[注釈 2] などのソロ作品のほか、数々の作品を他ミュージシャンに提供した。時代の先端を行くファッショナブルな2人のライフスタイルも世間の注目を集めた[注釈 3]。作曲家カルロ・サヴィーナ (Carlo Savina)に師事して音楽理論、オーケストレーションを学び、1980年代から映画・舞台音楽、1990年代後半からはスーパー歌舞伎の音楽など、ポップミュージックの垣根を越えたさまざまなジャンルの音楽も幅広く手がけていた。
京都市伏見区に生まれる。生後すぐに神奈川県に移り、小学校4年まで鎌倉と逗子市で過ごし[book 1]、その後京都に戻り1年で東京へ転居し、高校卒業まで日本橋で育つ[book 1][book 2]。加藤自身「実は江戸っ子なんです」と述べている[book 1]。
1963年に発表された、ボブ・ディランの『くよくよするなよ (Don't Think Twice, It's All Right)』に影響を受け、ギターを始める。1965年に東京都立竹台高等学校を卒業後[3]、仏師だった祖父の後を継ぐ気持ち半分で[book 3] 京都市伏見区の実家に近い仏教系大学龍谷大学に入学する。このころからアマチュア・フォークグループ、「ザ・フォーク・クルセダーズ」の活動を始める。
1967年にザ・フォーク・クルセダーズの解散記念として、自費でアルバム(インディーズではない)『ハレンチ(破廉恥)・ザ・フォーク・クルセダーズ』を制作。その中の『帰って来たヨッパライ』に対するリクエストがラジオ局に殺到し、プロデビューの話が持ち込まれる。加藤は難色を示したが、北山修の説得[book 4] を受けて龍谷大学経済学部を中退する。東芝音楽工業株式会社と契約し、1年限定でプロの世界に入る。
1968年に、ザ・フォーク・クルセダーズの2枚目のシングルとして予定していた『イムジン河』が発売中止となる。1968年7月1日に『水虫の唄』(作詞・作曲:山田進一、補作詞:足柄金太、補作曲:河田藤作)をアルバム『紀元貮阡年』の先行シングルとして発売した。彼らは曲に合わせていろいろな名前を使い分け、このシングルは「ザ・ズートルビー」という名前で発表した。1968年10月17日にザ・フォーク・クルセダーズは解散する。
1969年にシングル『僕のおもちゃ箱』を発表し、ソロ活動を開始。同時に作曲家としての作品提供も始め、キングストン・トリオのメンバーであるジョン・ステュワートに因んだ「ジョン」というペンネームを用いて自身のファンクラブ「クラブ・ジョン」を設立し、楽譜の出版なども行う。
シンガーとしては「トノヴァン」の愛称に示されるようなドノヴァンの影響下にある歌唱法を確立していく[book 5]。この時期は頻繁にロンドンを訪れ、吉田克幸と知り合う。1970年7月に福井ミカと結婚。1971年4月5日 、北山修との連名によるシングル『あの素晴しい愛をもう一度』を発表。
1971年11月に配偶者のミカをボーカルに据えたサディスティック・ミカ・バンドを結成。ロンドンポップ、グラム・ロック、レゲエ、琉球音階などを導入するなど、実験精神に溢れたサウンドを展開。
1973年に、英国滞在時にザ・フォーク・クルセダーズの印税を投入して購入したPA機器、WEMを用いて、日本初のPA会社「ギンガム」を設立[book 1]する。1973年にナショナル住宅建材株式会社のCMに使われた『家をつくるなら』をソロ名義でシングル発売する。
1974年にクリス・トーマスのプロデュースによるセカンド・アルバム『黒船』を発表する。10月2日から23日まで、ロキシー・ミュージックのオープニング・アクトとしてイギリス・ツアーを催す[4]。1975年にミカと離婚し、サディスティック・ミカ・バンドは解散する。
1976年にシングル『シンガプーラ』を発表し、ソロ活動を再開する。1977年に同シングルの作詞を手がけた安井かずみと再婚し、以後、安井とのコンビで数多くの作品を発表した。1979年にワーナー・パイオニア[注釈 4] へ移籍する。
1983年にCBS/SONYへ移籍し、ソロ・アルバム『あの頃、マリー・ローランサン』を発表。同年、村上龍原作の映画『だいじょうぶマイ・フレンド』の音楽監督を務め、以後多くの映画音楽を手がける。1980年代後半からは舞台音楽も手がけ、「スーパー歌舞伎」を加藤と共同で制作した市川猿之助は「歌舞伎史上初めて洋楽オーケストラを歌舞伎に取り入れた」と語った[5]。1984年公開のアニメ映画『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』の劇中歌『愛・おぼえていますか』で第2回日本アニメ大賞主題歌賞を受賞する。
1985年6月15日、国立競技場で5万人の観客を集めて開催された国際青年年 (IYY) 記念イベント"ALL TOGETHER NOW"にサディスティック・ユーミン・バンド(ヴォーカルは松任谷由実)として出演。1987年、東芝EMIに移籍し、ソロ・アルバム『マルタの鷹』を発表。1989年、サディスティック・ミカ・バンドを再結成。ヴォーカリストとして桐島かれんを迎え、アルバム『天晴』を発表。
1991年2月、安井かずみとの最後の共作となったソロ・アルバム『ボレロ・カリフォルニア』を発表。同年8月には画家の金子國義、CGアーティストの庄野晴彦と協同で日本初のマルチメディアソフト『Alice』を制作。1994年、安井かずみが死去。
1995年、クラシック音楽のソプラノ歌手、中丸三千繪と再々婚。1996年9月からNHK趣味百科「アコースティック・ギター入門」に講師として石川鷹彦とともに出演。教材として『あの素晴しい愛をもう一度』などを取り上げた。10月にはフジテレビ系『ポンキッキーズ』挿入歌として、西田ひかるとのデュエット曲『メロディー』を発表。2000年、中丸と離婚。
2002年、ザ・フォーク・クルセイダーズを新結成。同時に催された「新結成解散コンサート」は市川猿之助と共に歌舞伎の口上で幕を開けた。2005年、PlayStation 2用ゲームソフト『天外魔境III NAMIDA』の音楽を担当。指揮に佐渡裕、演奏に新日本フィルハーモニー交響楽団、歌手にサラ・ブライトマンを起用した。
2006年、サディスティック・ミカ・バンドを再々結成。ヴォーカルに木村カエラを迎え、アルバム『NARKISSOS』を発表。2007年には坂崎幸之助とのユニット「和幸(かずこう)」を結成。第1期ソロ時代の楽曲『不思議な日』なども取り上げた。
2008年3月、加藤を中心として小原礼、屋敷豪太、土屋昌巳が集まり、「男4人じゃムサい」とANZAをボーカルに起用し、VITAMIN-Q featuring ANZAを結成した。バンド名はエレクトリックギターやベースのパーツとして使われるオイルコンデンサーの名前から取られている[6]。同年12月、『VITAMIN-Q』発表。
2009年10月2日、東京国際フォーラムでの松任谷由実のコンサートにゲスト出演し、「黄色いロールスロイス」にギターとヴォーカルで参加。これが公の場に姿を見せた最後の機会となった。
2009年10月17日、長野県北佐久郡軽井沢町のホテルで遺体となって発見された。死因は首吊りによる自殺と見られている[2][7][注釈 5]。62歳没。
2009年12月10日、北山修と坂崎幸之助の主催で「加藤和彦さんを偲ぶ会 KKミーティング」が行われる。生前の関係者が多数参加し、500名ほどが参加した[8]。
2012年3月にNHK「ハイビジョン特集」にて安井の闘病生活を題材とした単発ドラマ「優雅な生活が最高の復讐である」が放映され、安井役を麻生祐未、加藤役を袴田吉彦が演じた[9]。
2018年より毎年「あの素晴しい歌をもう一度コンサート」がで開催されている(ニッポン放送主催)[注釈 6]。コンサートの最後には「あの素晴らしい愛をもう一度」を出演者全員で歌うことが恒例となっている[10]。
2024年5月31日、加藤の関係者らが語るドキュメンタリー映画『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』が劇場公開された[11]。
# | 発売日 | タイトル | B面 | 規格 | 規格品番 | オリコン最高位 |
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東芝音楽工業 / EXPRESS | ||||||
1st | 1969年4月10日 | 僕のおもちゃ箱 | 明日晴れるか | EP | EP-1143 | 70位 |
2nd | 1969年9月10日 | ネズミ・チュウ・チュウ・ネコ・ニャン・ニャン | 日本の幸福 | EP | EP-1173 | 圏外 |
3rd | 1969年10月10日 | ぼくのそばにおいでよ | アーサーのブティック | EP | EP-1184 | 圏外 |
東芝音楽工業 / DOUGHNUT | ||||||
4th | 1973年3月20日 | 家をつくるなら | 不思議な日 | EP | DTP-2815 | 圏外 |
5th | 1976年11月30日 | シンガプーラ | キッチン&ベッド | EP | DTP-10161 | 圏外 |
ワーナー・パイオニア / ワーナー・ブラザース・レコード | ||||||
6th | 1979年10月21日 | アラウンド・ザ・ワールド | ジョージタウン | EP | K-19W | 圏外 |
7th | 1980年4月25日 | ソルティ・ドッグ | レイジー・ガール | EP | K-26W | 70位 |
8th | 1980年8月1日 | おかえりなさい秋のテーマ - 絹のシャツを着た女 | サン・サルヴァドール | EP | K-33W | 36位 |
9th | 1980年11月28日 | ルムバ・アメリカン | パリはもう誰も愛さない | EP | K-34W | 圏外 |
10th | 1981年7月25日 | ロスチャイルド夫人のスキャンダル | 浮気なGIGI | EP | K-1507W | 圏外 |
Kitty Records | ||||||
11th | 1983年3月25日 | だいじょうぶマイ・フレンド | 街に風が吹く時 | EP | 7DS-0035 | 96位 |
CBS/SONY | ||||||
12th | 1983年8月25日 | 優しい夜の過し方 | あの頃、マリー・ローランサン | EP | 07SH 1380 | 圏外 |
13th | 1985年9月21日 | ハリーズBAR | 真夜中のバレリーナ ソング・フォー・ヴェネツィア |
12inch | 12AH 1912 | 圏外 |
東芝EMI / TM FACTORY | ||||||
- | 1992年8月5日 | INNOCENCE〜AGURI'S THEME | The Silverstone[注釈 7] | 8cmCD | TODT-2862 | 圏外 |
ソニー・ミュージックエンタテインメント | ||||||
14th | 1999年12月18日 | 愛はピカピカ | 愛はピカピカ(リミックス・ヴァージョン) | Maxi | SRCL 4740 | 圏外 |
発売日 | タイトル | B面 | 規格 | 規格品番 | 発売元 | オリコン最高位 |
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チッチとサリー[注釈 8] | ||||||
1970年3月5日 | チッチとサリー | カフェ・ル・モンドのメニュー[注釈 9] | EP | EP-1208 | 東芝音楽工業 / EXPRESS | 圏外 |
加藤和彦と北山修 | ||||||
1971年4月5日 | あの素晴しい愛をもう一度 | 僕を呼ぶ故郷 | EP | CTP-2415 | 東芝音楽工業 / CAPITOL | 10位 |
吉田拓郎・加藤和彦 | ||||||
1985年12月5日 | ジャスト・ア・RONIN | RONIN | EP | 7K-206 | フォーライフ・レコード | 68位 |
吉田拓郎 & 加藤和彦 | ||||||
1993年12月22日 | 純情 | 5月の風[注釈 10] | 8cmCD | TODT-3161 | 東芝EMI / EASTWORLD | 93位 |
西田ひかる with 加藤和彦 | ||||||
1996年10月1日 | メロディー | メロディー (ひかるヴァージョン) | 8cmCD | PCDA-00899 | ポニーキャニオン | 67位 |
発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | オリコン最高位 | |
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東芝音楽工業 / EXPRESS | |||||
1st | 1969年12月1日 | ぼくのそばにおいでよ | LP | EP-7729 | 圏外 |
東芝音楽工業 / CAPITOL | |||||
2nd | 1971年10月5日 | スーパー・ガス | LP | CTP-9040 | 圏外 |
東芝EMI / DOUGHNUT | |||||
3rd | 1976年12月20日 | それから先のことは… | LP | DTP-72223 | 圏外 |
4th | 1978年2月5日 | ガーディニア | LP | DTP-72295 | 圏外 |
ワーナー・パイオニア / ワーナー・ブラザース・レコード | |||||
5th | 1979年10月25日 | パパ・ヘミングウェイ | LP | K-10019W | 67位 |
6th | 1980年9月25日 | うたかたのオペラ | LP | K-12001W | 10位 |
7th | 1981年7月25日 | ベル・エキセントリック | LP | K-12501W | 48位 |
CBS/SONY | |||||
8th | 1983年9月1日 | あの頃、マリー・ローランサン | LP | 28AH1600 | 48位 |
CT | 28KH1356 | ||||
1983年9月21日 | CD | 35DH48 | 圏外 | ||
9th | 1984年11月1日 | ヴェネツィア | LP | 28AH1791 | 84位 |
CT | 28KH1581 | ||||
1985年8月25日 | CD | 32DH268 | 圏外 | ||
東芝EMI / EASTWORLD | |||||
10th | 1987年12月5日 | マルタの鷹 | LP | RT28-5059 | 圏外 |
CT | ZT28-5059 | ||||
CD | CT32-5059 | ||||
11th | 1991年2月27日 | ボレロ・カリフォルニア | CD | TOCT-5998 | 圏外 |
CT | TOTT-5998 |
発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | オリコン最高位 | |
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東芝EMI / DOUGHNUT | |||||
1st | 1977年10月5日 | Catch-22 | LP | DTP-60230/1 | 圏外 |
ワーナー・パイオニア / ワーナー・ブラザース・レコード | |||||
2nd | 1982年3月 | アメリカン・バー | LP | K-6004 | 圏外 |
CT | LKF-1009 | ||||
CBS/SONY | |||||
3rd | 1985年12月21日 | Le Bar Tango | LP | 40AH1983/4 | 圏外 |
CT | 40KH1812/3 | ||||
CD | 32DH347 | ||||
Pヴァイン | |||||
4th | 1999年2月25日 | 加藤和彦の世界 | CD | PCD-1472 | 圏外 |
EMIミュージック・ジャパン / EXPRESS | |||||
5th | 2002年12月11日 | Memories 加藤和彦作品集 | CD | TOCT-10895 | 圏外 |
日本コロムビア | |||||
6th | 2012年10月3日 | 加藤和彦作品集 | CD | COCP-37459/60 | 圏外 |
ユニバーサルミュージックジャパン | |||||
7th | 2017年10月25日 | ヨーロッパ三部作・ベストセレクション | CD | UPCY-7443 | 圏外 |
8th | 2024年5月22日 | The Works Of TONOBAN 〜加藤和彦作品集〜 | SHM-CD | UICZ-8235/6 | TBA |
発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | オリコン最高位 |
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東芝EMI / EASTWORLD | ||||
1983年7月16日 | 探偵物語 オリジナル・サウンドトラック | LP | WTP-90250 | 圏外 |
CT | ZH28-1350 | |||
CD | CA35-1036 | |||
2005年4月13日 | 天外魔境III NAMIDA オリジナル・サウンドトラック | CD | TOCP-67618 | 圏外 |
発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | 備考 | オリコン最高位 |
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東芝EMI / TM FACTORY | |||||
1992年8月5日 | LE PILOTE | CD | TOCT-6541 | 加藤和彦/マーク・ゴールデンバーグ名義 1992年のF1世界選手権に参戦したフットワーク無限ホンダのイメージ・アルバム。 |
圏外 |
発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 | オリコン最高位 |
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ギューン・カセット / 美音堂 | ||||
2003年12月3日 | Catch-35 | CD | ENBN-004/5 | 圏外 |
Sony Music Associated Records | ||||
2004年6月2日 | あの頃、マリー・ローランサン2004 A TRIBUTE TO K.Yasui & K.Kato | CCCD | AICL-1533 | 圏外 |
CD | AICL-1632 |
発売日 | 商品名 | 歌 | 楽曲 | 備考 |
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1969年11月 | カレッジポップス・コンサート実況録音盤 | 加藤和彦 | 「ぼくのそばにおいでよ」 | ゲストとして参加。 |
1970年3月 | カレッジ・ポップス出初式 | 「カフェ・ル・モンドのメニュー」 | ||
1970年12月 | カレッジ・ポップス・イン・U.S.A. | V.A. | 「カリフォルニア・ドリーミン」 | サポートメンバーとして参加し、12弦ギターを演奏している。 |
「アーリー・イン・ザ・モーニング」 | ||||
「あなたの世界」 | ||||
「サマータイム〜時には母のない子のように」 | ||||
「ジス・リトル・ライト」 | ||||
「ロード・トゥ・フリーダム」 | ||||
「真白き富士の嶺」 | ||||
「ソーラン節」 | ||||
「さらば」 | ||||
「グッドナイト」 | ||||
「ラ・バンバ〜聖者が町にやって来る〜おたまじゃくしはかえるの子」 | ||||
「真白き富士の嶺」 | ||||
「ソーラン節」 | ||||
「さらば」 | ||||
「グッドナイト」 | ||||
「シング・アウト:ラ・バンバ」 | ||||
「シング・アウト:聖者が町にやって来る」 | ||||
「シング・アウト:おたまじゃくしはかえるの子」 | ||||
「クローズイング:アイ・アイ・アイ」 | ||||
1971年4月 | S.O.S.コンサート〜フォークとロックの大合同演奏会 | 加藤和彦 | 「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」 | ゲストとして参加。 |
「もしも」 | ||||
「ふしぎな日」 | ||||
1971年9月 | 北山修・ばあすでい・こんさあと | 北山修・加藤和彦 | 「あの素晴しい愛をもう一度」 | 大阪毎日ホールにおける実況盤 |
1971年12月 | ヤング・ジャパン国際親善演奏旅行 | 加藤和彦 | 「家をつくるなら」 | ゲストとして参加。 |
「ララ・ムラ」 | ||||
1972年6月5日 | ジローズ・サヨナラ・コンサート | ジローズ | 「家をつくるなら」 | |
1973年8月 | ラブ・ゼネレーション〜ラブ・ゼネレーション・ライヴ・コンサート | 加藤和彦とサディスティック・ミカ・バンド | 「ピクニック・ブギ」 | |
「銀河列車」 | ||||
1981年2月21日 | スネークマン・ショー | ドクター・ケスラー | 「メケ・メケ」 | |
1983年 | 渚にて… | スティーヴ・ハイエット | 「Standing There」 | ギターとして参加。 |
1988年4月6日 | 抱きしめたい | 加藤和彦 | 「ハニー・パイ」 | ビートルズのトリビュート・アルバム。 |
1995年4月1日 | ゲンスブール・トリビュート'95 | MICHELLE FLYNN | 「うまうまマンボ」 | セルジュ・ゲンスブールのトリビュート・アルバム。 プロデュース、アレンジを担当。 |
2009年4月8日 | そしてもう一度夢見るだろう | 松任谷由実 | 「黄色いロールスロイス」 | ユーミンのオリジナル・アルバム。 |
曲名 | タイアップ | 収録作品 |
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家をつくるなら | ナショナル住宅 CMソング | シングル「家をつくるなら」 |
シンガプーラ | シンガポール航空 CMソング | シングル「シンガプーラ」 |
ソルティ・ドッグ | SUNTORY TROPICAL'80 イメージソング | シングル「ソルティ・ドッグ」 |
おかえりなさい秋のテーマ - 絹のシャツを着た女 | 資生堂『おかえりなさい、秋の色』イメージソング | シングル「おかえりなさい秋のテーマ - 絹のシャツを着た女」 |
だいじょうぶマイ・フレンド | (株)キティ・フィルム作品 東宝株式会社配給映画『だいじょうぶマイ・フレンド』オリジナル・サウンドトラック主題歌 | シングル「だいじょうぶマイ・フレンド」 |
優しい夜の過し方 | 東急建設 CMソング | シングル「優しい夜の過し方」 |
ジャスト・ア・RONIN | (株)東京放送・(株)電通提携作品/配給・東宝(株)『幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬』テーマ曲 | コラボレーションシングル「ジャスト・ア・RONIN」 |
INNOCENCE〜AGURI'S THEME | 東芝『Dynabook』CMソング | シングル「INNOCENCE〜AGURI'S THEME」 |
純情 | テレビ東京12時間ドラマ『織田信長』主題歌 | コラボレーションシングル「純情」 |
メロディー | フジテレビ系『ポンキッキーズ』メロディ | コラボレーションシングル「メロディー」 |
愛はピカピカ | PlayStation・ソフト『fun! fun! Pingu 〜ようこそ南極へ〜』エンディング・ソング | シングル「愛はピカピカ」 |
※その他
この節の加筆が望まれています。 |
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※五十音順、アルバムは太字で表記。