十楽寺 | |
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山門 | |
所在地 | 徳島県阿波市土成町高尾字法教田58 |
位置 | 北緯34度7分14.7秒 東経134度22分40.53秒 / 北緯34.120750度 東経134.3779250度座標: 北緯34度7分14.7秒 東経134度22分40.53秒 / 北緯34.120750度 東経134.3779250度 |
山号 | 光明山 |
院号 | 蓮華院 |
宗旨 | 古義真言宗 |
宗派 | 高野山真言宗 |
本尊 | 阿弥陀如来 |
創建年 | (伝)大同年間(806年 - 810年) |
開基 | (伝)空海(弘法大師) |
正式名 | 光明山 蓮華院 十楽寺 |
札所等 |
四国八十八箇所第7番 (霊場会には不参加) |
法人番号 | 4480005003087 |
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十楽寺(じゅうらくじ)は徳島県阿波市土成町高尾法教田にある高野山真言宗の寺院。光明山(こうみょうざん)、蓮華院(れんげいん)と号す。本尊は阿弥陀如来。四国八十八箇所第七番札所。本尊の阿弥陀如来坐像及び脇侍の観音菩薩立像と勢至菩薩立像の3躰は鎌倉期の作と云われている[1]。
寺伝によれば、空海(弘法大師)がこの地に逗留した際に阿弥陀如来を感得し、楠にその像を刻み本尊として祀ったとされる。その際に、空海は人間の持つ八苦(生、老、病、死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦)を離れ、極楽浄土に往生すると受けられる十の光明に輝く楽しみ(聖衆来迎楽、蓮華初会楽、身相神通楽、五妙境界楽、快楽無退楽、引接結縁楽、聖衆倶会楽、見仏聞法楽、随心供仏楽、増進仏道楽)が得られるようにと山号・寺号を「光明山十楽寺」とした[2]。当初は現在地よりおよそ3km離れた十楽寺谷の堂ヶ原に堂宇を建立したものと推定されている。
阿波北部でも有数の広大な七堂伽藍を有していたが、天正10年(1582年)に長宗我部元親の兵火によりすべてが焼失、しかし、本尊・脇仏・舎利仏など大切なものは住職真然と弟子が運び出し大門ケ原に安置したが、弟子は矢に射られ死んでしまった。その後、寛永12年(1635年)に現在地で再建された。
竜宮門形式の山門を入ると前に水子地蔵が並んでいる。左側の石段を数段上ると遍照殿の額がかけられた中門(「縁結門」と「縁切門」の2つの入り口がある)がありその上層は愛染堂となっている。中門の向かいに手水鉢があり左に奥へ入ると本堂が、さらに左へ行くと治眼疾目救歳地蔵の小堂があって、その先の石段を上ると大師堂がある。本堂の向かいのあたりに十三不動明王像がある。納経所は中門を背にして右にある。