明知大学校 명지대학교 | |
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大学設置 | 1956年 |
創立 | 1948年 |
学校種別 | 私立 |
設置者 | 学校法人明知学園 |
本部所在地 | 京畿道龍仁市処仁区南洞山38-2、ソウル特別市西大門区南加佐洞50-3 |
キャンパス |
自然(龍仁)キャンパス 京畿道龍仁市処仁区南洞山38-2 人文(ソウル)キャンパス ソウル市西大門区南加佐洞50-3 |
学部 |
人文大学 社会科学大学 経営大学 法科大学 自然科学大学 工科大学 芸術体育大学 建築大学 |
ウェブサイト | 明知大学校公式サイト |
明知大学校 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 명지대학교 |
漢字: | 明知大學校 |
平仮名: (日本語読み仮名) | みょんじだいがっこう |
片仮名: (現地語読み仮名) | ミョンジデハッキョ |
英語表記: | Myongji University |
明知大学校(ミョンジだいがっこう、英称: Myongji University)は、京畿道龍仁市処仁区南洞山38-2、ソウル特別市西大門区南加佐洞50-3に本部を置く大韓民国の私立大学である。1956年に設置された。大学の略称はMJU。
明知大学校の所有者である学校法人明知学園は、幼稚園から大学まで小中等教育機関(幼稚園、小学校、中学校、高等学校、短大、大学)をすべて備えた学校法人である。明知大学校は、2019年QS世界大学ランキングでアジア351~400位、2020年にはアジア401~450位にランクされた。明知大学のキャンパスは人文系列、自然工学芸術·体育系列に分離された二元化キャンパス体制で、人文キャンパスはソウル特別市西大門区南加佐洞に、自然キャンパスは京畿道龍仁市処仁区南洞に位置している。2019年基準の学部生は19,608名(人文キャンパス 18,144名、自然キャンパス 9,303名)、大学院生は 2,881名、教職員は897名である。 韓国政府が実施する大学基本力量診断評価では2020年最優秀等級である「自律改善大学」を受けた。 標語は愛、真理、奉仕であり、象徴は白馬である。
明知大学校は約15万人余りの卒業生を送り出しており、彼らは政治、経済、学術、芸術、スポーツなど様々な分野で優秀な人材として社会に貢献している。明知大学校は韓国ではじめて設立された学科を多数保有しており、特に芸術体育大学の地位が高いことからスポーツ界や芸能界でも有名な同窓生を輩出している。 代表的にサッカー選手の朴智星、李乙容、俳優のパク・ボゴム、歌手のジュンス、ユンホ(東方神起)、キー ・テミン(SHINee)、ソンミン(SUPER JUNIOR)、キム・グァンソクらがいる。
2008年には韓国政府が明知大学校を外国人学部奨学生招待委託教育機関に選定した。世界非営利教育機関であるスタStudy Abroad Foundation (SAF) は、明知大学校を韓国を20位圏内の優秀大学に選定した。特に明知大学校の建築大学は、国際建築家連盟(UIA)の審査を経て、韓国内1次で5年制建築学科が承認され、2007年、韓国内1次で国際建築学教育認証(KAAB)を受けた。また、明知大学校工科大学は工学教育認証プログラム(ABEEK)認証を、経営大学は経営学教育認証プログラム(KABEA)認証を取得している。
明知大学校のスローガンは「君は明知を灯す灯火なり」と「救国明知」である。これは明知大学校が8~90年代民主化運動の先鋒に立った時に作られたスローガンだ。 明知大学校は過去の民主化運動の中心地であり、特に1991年に在学中に警察から殴られた姜慶大氏の死亡は韓国社会に大きな影響を与えた。
人文キャンパスはソウル交通公社6号線の繒山駅と、自然キャンパスは龍仁軽電鉄の明知大駅と隣接している。
キリスト教を建学の精神とする。
1948年に設置されたソウル高等家政学校が始まりである。ソウル高等家政学校の設置者は全炯棕が運営する財団法人無窮学園であり、初代校長に金在俊が就任した。その後1952年、槿花女子初級大学に改編され、更に1955年、ソウル女子初級大学となる。ソウル女子初級大学は経営難により廃校となる。財団は兪尚根に引き継がれて1956年、2年制男女共学のソウル物理師範大学が開校する。1962年、ソウル物理師範大学は文理実科大学に改編され、更に翌1963年3月に4年制の明知大学に改編された。財団法人無窮学院も学校法人明知学園に名称が変更された。この時期、明知大は韓国で初めて貿易学科(現在の国際通商学科)、栄養食品学科(栄養)、栄養食品学科(家政)を開設した。 この他にも明知大工科大学の主軸学科である土木工学科、建築工学科、化学工学科などが誕生する。1974年、西大門区南加佐洞に新校舎が建てられ、大学本部が移転する。1979年、京畿道龍仁市にもキャンパスが建てられ、1983年に大学本部が移転する。1983年9月、明知大学は総合大学に昇格し、明知大学校となる。初代学長に朴一慶が就任する。
1983年から1989年まで、主幹学科は全部龍仁で運営されていた明知大学は、龍仁にある明知大学人文系列の学生たちを全部ソウルキャンパスに召喚し、現在の二元化キャンパス体制を完成することになる。また、1984年から1988年まで国際大学(現在の西京大学校)を買収して運営したが、1988年に売却した。1991年には、警察による姜慶大氏殴打事件で明知大経済学科に在学中の姜慶大氏が死亡する事件が起きた。 この事件によって、大学生の連鎖焼身など韓国政府を危機に追い込んだデモ政局が形成されたりもした。その後、ソウル市長、首相、大統領権限代行まで務めた高建氏が1994年から1997年まで総長を歴任した。 明知大は、首相2人を含め、最高位職の人々が総長を多く歴任した大学でもある。21世紀の明知大学は、約2000人を収容できるチャペル館、構造模型をコンピュータ機器と連動させてリアルタイムで解析する最先端施設で建設実験を可能にする構造実験センター、韓国内初のユビキタス型図書館である邦牧学術情報館と最先端文化、教育施設である教育複合施設を開館した。現在、明知大は11単科大学、16学部43学科17専攻の学士課程を踏むことができる在籍学生2万人規模の大型私学に発展した。
人文(ソウル)キャンパス(ソウル特別市)には文系の学部が、自然(龍仁)キャンパス(龍仁市)には理系と芸術系と体育系の学部がそれぞれ置かれている。
芸術学部に囲碁の専門学科が置かれていたが、2025年から募集を停止し廃止されることとなった[1]。
明知大学校はソウル総長フォーラムに所属しており、これによりソウル市内の32の大学との単位交流を実施している。
その他の交流中の大学は次のとおりである。
日本
中国
この他にも数百の東南アジア、アメリカ、ヨーロッパ、南アメリカなどの大学と交流を行っている。
また、明知大学はSAFプログラム(The Study Abroad Foundation)の会員学校であるため、明知大学の学生は海外の会員学校に留学でき、その他の特典も受けられる。